朔の孤独
フローライト第九十八話。
朔との動画が出てしまったことで事務所に呼び出されて話し合いになった。事務所側では規則と言うわけではないが、こういうのは困るというのだ。
「じゃあ、どうすればいいんですか?」
美園が聞くとなるべくなら別れて欲しいと言う。冗談じゃないと思って断ると、「今後はこういう撮られるようなことがなければ・・・」と言う。つまり一緒に行動を取るようなことはしばらくやめて欲しいと言われた。
(もう・・・面倒・・・)
美園は仕事が終わると、真っ直ぐ利成の家に行った。明希が出てきて「あれ?みっちゃん。どうしたの?」と言われる。
「利成さんいる?」
「いるけど・・・部屋で仕事してるよ」と言われ、美園はまっすぐ利成の仕事部屋に行った。
「利成さん?」とノックをしてからドアを開けた。
ヘッドホンをしていた利成が振り向く。
「何かあった?」とヘッドホンを利成が外した。
美園はいつもここに来ると座るソファに腰を下ろした。
「もう芸能界やめる」
美園が言うと利成が少し面食らったような顔をした。
「どうして?」
「朔のこと・・・別れろっていうから」
「朔君のこと?」
「そうだよ。あの動画が出されて・・・利成さんも映ってるやつだよ」
「ああ、あの時のね」と利成がパソコンを閉じている。
「そしたら別れろって・・・それが無理ならしばらく一緒に行動するなって」
「そう。それで芸能界やめるんだ」
「そうだよ。やってられないでしょ」
「まあ、そうだね。でもまだ契約期間でしょ?」
「そうだけど・・・」
「じゃあ、それが終るまでもう少しやってみたら?」
「もうやだよ」と美園はソファに横に倒れた。それから「利成さんが言うからやってみたけど、まったく想像通り、こんなことでいちいち言われるし」と言った。
「そうか」
「利成さんはよくやめなかったね。あんなに色々書かれたのに」
「そうだね、俺の場合はそういう記事も、この世界でのステータスになってたからね」
「・・・女たらしの孫って言われたよ」
「誰に?」
「朔のお父さん。天城利成の孫ってわかったら、あの女たらしの孫だから朔の部屋でああいうことしてたのかって」
「ああいうことって?」
「セックスだよ。わかってて聞くのやめてよ」と言ったら利成が笑った。
「わかってないよ。美園は俺が何でもわかってるように思ってるようだね」
「だってそうでしょ?」と美園は起き上がった。
「俺もわからないことは、まだまだたくさんあるよ」
「例えばどんなこと?」
「そうだね・・・女性に関してはいまだわからないね」
「えーそれは嘘でしょ?女性とあんなに付き合ったじゃない?」
「アハハ・・・付き合ったのは、明希と・・・まあ、咲良くらいだよ」
「そんなことないでしょ?たくさん女性がいたじゃない?」
「美園、セックスだけした女性と、付き合った女性は違うんだよ」
「どう違うの?」
「セックスは身体だけ、付き合うは精神的な部分も入ってくるね」
「じゃあ、セックスだけで他の女性には一切、精神的な部分はなかったの?」
「ないね」
「言い切っちゃう?」
「言い切れるよ」
「やばっ。利成さん。そんなに割り切れるもん?」
そう言ったら利成が「アハハ・・・ヤバい?」と笑ってから「割り切れるよ」と言った。
「そうなんだ・・・私はそれはできないな・・・」
「女性は無理でしょ」
「男はできる?」
「できるよ。少なくとも俺はね」
「ふうん・・・」
美園が少し考えるような顔をしていると、「朔君は、俺とは違うから安心していいよ」と利成が言った。
「朔は・・・そうだね」
「やめてどうする?」
「どうって?」
「朔君も悩んでるけど、この先の進路とか聞かれるでしょ?」
「そうだね・・・私は何でもいいけどね」
「何でもいいとは?」
「そのまま、進学してもいいし、専門・・・は面倒だな・・・やっぱり大学かな」
「そう、大学の後は?」
「さあ・・・奏空が常日頃、”今”しかないって言ってるから大丈夫じゃない?今のことさえ決めとけば」
「アハハ・・・そうか、美園は俺と似てるね」
「そうかな?利成さんは高校ん時から色々やってたんだから、私とは違うんじゃない?」
「将来のためには何もやってないよ」
「そうなの?」
「そうだよ、今自分がやりたいことがたまたまね、将来っていうものがあるならそれに結び付いただけで、意図したわけじゃないからね」
「ふうん・・・結婚も?」
「そうだね」
「あー利成さんと結婚したかった・・・」
そう言ったら利成が爆笑した。
「美園と結婚したらどうだったんだろうね?美園は朔君が他の女性としても許せる?」
「えー・・・んー・・・どうだろう・・・想像つかない・・・」
「でも、わからないでしょ?」
「さっき利成さん、朔は俺とは違うって言ったよね?」
「そうだね」
「じゃあ、そういうことは想定しなくていいよね」
「うん、その通り。こうだったらとかこうとかね、必ずしもイコールじゃないからね」
「うん・・・あー・・・それより、どうしたらいいか教えてよ。朔とのこと」
「どうしたらとは?」
「利成さん、私の話し聞いてた?」
「聞いてたよ。朔君とどうしたらいいかなんて美園しかわからないでしょ?」
「あーそうだけど・・・」
「別れる気ないならそのままで、別れるなら別れるでしょ?」
「そうだね」
「美園でも悩むんだね」
「それはどういう意味でしょうか?」
わざと丁寧な言葉を使ったら利成が少し笑った。
「変な意味じゃないよ。好きな人にはなかなか割り切れない思いが浮かんできて悩むものだからね。二択じゃないでしょ?美園の中では別れないことは決まってるんだから」
「そうだね」
「さあ、じゃあどうする?」
利成が楽しそうに言った。
「利成さん、最近私のことも楽しんでるよね?」
「アハハ・・・さすが美園」
「・・・・・・」
結局何の案も浮かばず利成の仕事部屋を出る。階段を降りてリビングに入ると、明希が電話をしていた。
「うん、年末はいつもの通りだよ。んー・・・多分二日かな」
美園が入っていくと明希がちらっとこっちを見てから別な部屋の方に行った。
(恋人からの電話ってわけね)
美園は明希の後姿を見て思う。
(明希さん・・・結局カルマ作っちゃったけど・・・)
まあそれも彼女がしたかったことか・・・と美園はソファに座った。
スマホを開いて何となく見ていると朔が恋しくなってラインをしてみた。
<何してるの?>
いつもはすぐ既読がつくけれど、今日は気が付かないのか既読がつかない。
(また絵でも描いてるのかな・・・)
(あーもう・・・どうしよう・・・)
利成の言う通り、今までこんなに悩んだことはなかった。いつも大体スパッと決まるし、何よりも美園自身がうだうだと悩むのが好きじゃないのだ。
(悩むってエネルギーの無駄遣いだな・・・)
不意にそう思ってだらりとしていた背筋を伸ばしてみた。
(電話でもするか・・・)と美園は朔のスマホを呼び出した。
かなり呼び出し音が続いて美園が諦めかけた時、朔が「もしもし」と出た。
「あ、朔?今何かやってるの?」
今は年末だし、家で何かあるのかと思う。
「・・・・・・」
「朔?」
朔が黙っているので、美園は一瞬電話をかけ間違えたのかと思う。
「・・・美園・・・」と朔の声の様子が少しおかしい。
「どうかした?」
「記者だって人が来て・・・でも、何か違うみたいで・・・」
「え?どういうこと?」
「・・・父親が怒って・・・もう美園と会うなって言うから・・・」
「うん・・・」
「そのまま家を飛び出しちゃって・・・お金もなくて・・・」
「うん・・・今、どこなの?」
「○○〇駅・・・」
「お金ないんでしょ?」
「うん・・・」
「じゃあ、そこで待ってて。すぐ迎えに行くから」
美園はそう言いながら立ち上がって二階への階段を上った。
「うん・・・」と朔が言う。
「絶対待っててよ。動かないでね」
「うん、わかった」
美園は通話をいったん切ると利成の部屋をノックした。
「はい」と言う声と同時にドアを開ける。
「利成さん、仕事中で悪いんだけど、○○〇駅まで連れて行って欲しいの」
「どうかした?」と利成が美園の顔を見た。
「朔が・・・そこの駅にいるの・・・お金も持ってないらしくて・・・」
「朔君?」
利成が車を出してくれて○○〇駅に向かいながら、美園はもう一ど朔に電話をかけた。
「朔?」
「うん・・・」
「もうすぐ着くよ。どこ?」
「駅の前・・・」
「外?」
「うん・・・」
美園が窓から朔を探していると、利成が「いたよ」と車を止めた。朔が駅の前で上着も着ずに寒そうに立っているのが見えた。美園はすぐに車から降りて朔のところまで行った。
「何も上に着ないで出てきたの?」
「うん・・・咄嗟に出てきたから・・・」
「そうなんだ。とりあえず乗って」と朔を車の後部座席に乗せてから自分も乗った。
「家に戻る?」と利成が聞く。
「うん」と美園が言うと、利成が車を発進させた。美園が朔の手を握るとひどく冷たかった。
「記者の人って?」と美園は聞いた。
「・・・どこかの雑誌の名前を言って・・・でも、何も関係ない人だったみたいで・・・」
「そう。それでどうしたの?」
「父親が怒って・・・近頃家の前に誰かがいたり、写真を撮られたり・・・それで美園と別れろって・・・」
「そう・・・それで出てきたの?」
「・・・美園のこと、悪く言うから・・・そうじゃないって言ったら「出て行け」って・・・玄関まで引きずられて母親が泣くから出てきたよ・・・」
「玄関まで引きずられたって・・・お父さんに朔がってこと?」
「うん・・・」
「・・・・・・」
自宅マンションに着いて利成に「ありがとう」と言うと、「困ったらまたおいで」と言われる。朔が頭を下げていた。
マンションの玄関に入ると、咲良が「あれ?」と言う。
「朔君どうしたの?」
「あ、こんばんは」と朔が挨拶をした。
「こんばんは。美園、あんた仕事じゃなかったの?」
「仕事だけど帰りに色々あってね」と美園は自分の部屋の方に行った。朔も後ろからついてきて美園と一緒に部屋に入った。
「寒くない?」と美園は聞いた。今日は雪もちらつきそうなくらい気温が低い。美園は暖房のスイッチを入れた。
「大丈夫」
「朔、事務所の方から朔と別れるかしばらく会わないようにって言われたんだけど・・・」
そう言うと朔が驚いた顔をした後、辛そうに目を伏せた。
「でも、私はそういう気はないから」
美園はきっぱり言った。
「・・・でも、美園が困るでしょ?」
「困んないよ」と美園はベッドの上にドサッと座った。
「・・・俺、いいよ。家も出て行くし・・・」
「何がいいの?出ていくってどういうこと?」
「・・・何か働いて・・・」
「働くのはいいけど、”いいよ”とは?」
「・・・・・・」
「会わなくていいってこと?それとも別れていいよってこと?」
「・・・どっちも・・・」
美園はまだ突っ立ったままの朔を見つめた。朔はうつむいたまま落ち着かなさそうにしている。
「私と別れていいの?」
「・・・・・・」
「朔?」
「良くないけど・・・」
「そうでしょ?」
「・・・・・・」
「まず、座んなよ」と美園は自分の横のスペースを手でポンと叩いた。朔が座って来る。
「別れたら後悔するよね?」
「うん・・・」
「じゃあ、もうそういう考えは捨ててよ」
「うん・・・」
朔が自分の膝を撫でている。ふとその手を見ると爪がだいぶ伸びていた。
「朔、爪切りなよ」
美園は立ち上がって爪切りを探して。
「この辺に入れたはず・・・」と引き出しから爪切りを見つけて朔に渡した。
「はい、あ、ごみ箱のところで切って」とごみ箱も持って来る。
朔が爪を切り始めた。その指は長くて白い。自衛隊どころか肉体労働も無理そうだというのに、朔の父親は朔をまったく愛していないのだろうか?と思う。
「人には向き不向きがあって・・・」と美園は口を開いた。
「朔の手は創造のためにあるんだよ」
また(あれ?)と思う。何でそんなことを思ったのだろう。
「創造?」と朔が聞き返してくる。
「そうだよ。何かを生み出すためだよ。すでにある何かを守るためじゃなくて・・・」
「何かを生み出すの?」
「そう。創造ってそういうことでしょ?すでに出てしまったことはもういいんだよ。それはそのままで。どんどん新しい何かが生まれてくるの。朔の手はそのためにあるんだよ」
「・・・・・・」
朔が自分の手を見ている。美園はまた何でこんなこと言ってるんだろうと不思議だった。
「美園も・・・でしょ?」と朔が言った。
「そうかもね」
玄関のドアの音がして廊下を歩く足音が聞こえてきた。きっと奏空が帰宅したのだろう。少し経つとドアがノックされた。
「美園、あ、朔君もただいま」と奏空が部屋に入ってきて並んで座っていた二人に抱き着いてきた。
「おかえり」と美園が言うと、朔も「おかえりなさい」と照れくさそうに言った。
「咲良がご飯どうするのって聞いてたけど?」
「食べるよ」と美園は立ち上がった。
朔も一緒にみんなで食事を取る。明日はもう大晦日、今年最後の日だった。
「朔君はお正月はどうするの?」と奏空が聞く。
「特には・・・」
「いつも通り?」
「はい・・・」
そこで咲良が「おかわりは?」と朔聞いている。
「あ、もういいです」と朔が答えるのを何となく心配そうに咲良が見ていた。
「朔君、絵は描いてるの?」と奏空が聞いた。
「はい、描いてます」
「今度はどんなの?」と咲良が聞く。
「・・・抽象画で・・・」
「そうなんだ。私は利成みたいな抽象画はよくわかんないけどね、朔君の抽象画は好きだよ」と咲良が笑顔で言う。
そこで誰かのスマホが鳴った。
「あ、朔のだよ」と美園は言った。朔がさっきリビングのテーブルの上に置いたスマホが鳴っていた。朔が立ち上がってリビングの方に行く。それから「もしもし?」と電話に出た。
ダイニングからはリビングが丸見えなので、朔の様子をチラリと見ると、リビングのソファに座って時々「うん・・・」と小さな声で答えていた。
「でも・・・俺は行かないよ・・・」
朔がそう言うのが聞こえてきた。それからずっと無言でいる朔を咲良がまた心配そうに見ていた。
通話を切ってから食卓に戻ってくる朔。普通にテーブルについてまたご飯を食べ始めた。
「うちから?」
美園が聞くと朔が「うん」と答える。
「お父さん?」
「いや、母親・・・」
「何だって?」
「・・・父親が・・・自衛隊に行かないならお金は出さないって・・・だから行きなさいって母親が言ってた・・・」
「・・・そう。で、行かないって言ったんだ?」
「うん・・・そう言ったら何か色々向こうで揉めてたみたいで・・・それで・・・切っちゃった」と朔が力なく笑顔を作った。
「切って正解だよ。向こうは向こうで考えないとね」と咲良が言った。
朔が曖昧に頷いていた。食事が終わると「朔君、今日は泊まるでしょ?」と咲良が言ってきた。朔が戸惑った表情をしたので美園も「泊まっていきな」と言った。
美園が言うと朔は少しホッとしたような顔で「うん・・・」と答えた。
入浴を済ませて美園が部屋に戻ると、先に済ませていた朔が、自分のスマホを美園のベッドの上で寝ころんで見ていた。美園がスマホをのぞくと、自分のユーチューブを朔が見ていた。
「何だ、私のじゃない」と美園が言うと「うん・・・昔の美園、これ見て描いたよ・・・」と朔が言った。
「そうなんだ。それ小学生の時のもあるからね」
「うん」と朔がまたスマホに目を向けた。
美園は朔の隣に同じようにうつぶせになった。何だか朔がいるのが本当に嬉しかった。
(何だか私、随分変わっちゃった?)
一人で可笑しくなっていると、朔が急にくしゃみをした。
「大丈夫?この寒いのに上着も着ないでずっと外にいたの?」
「うん・・・」
「どのくらい?」
「わかんない」
「すぐ連絡してくれたら良かったのに」
「うん・・・しようと思ったんだけど・・・」
朔がまたくしゃみをして鼻をすすったので、美園は机の上にあったティッシュペーパーを渡した。
「ありがとう」と朔がティッシュを取って鼻をかんだ。
「朔、もう冬休みの間ここにいなよ」
「えっ?」と鼻を嚙みながら朔が言う。
「だって家だとそんななんでしょう?」
「ん・・・でも、絵が途中・・・」
そう言って朔はゴミ箱にティッシュを捨てた。
「そっか・・・絵があるね」
「ん・・・」
「こっちに持ってきたら?」
「んー・・・」と朔が首を傾げる。
「朔」と美園が呼ぶと朔が美園を見つめる。
「勝手にどこかへ行かないでね」
美園が言うと朔が少し哀しい顔をした。それから「うん・・・」と答える。
次の日の大晦日、朔は家に戻って行った。年が明けて朔とはラインはしたが朔が親戚のうちに行くことになったと会うことはできなかった。そしてその後からは美園の仕事が忙しく、また会うことがなかなかできないうちに、朔が学校へ来なくなった。




