番外編:お姉様が言う事には
家でまともなのは私だけ、そうアスリット・エクスチェンジは言った。
「お母様がおかしいのは、誰の目から見ても分かるわ」
エクスチェンジ伯爵夫人、アデレードは初めて出た夜会で伯爵に一目惚れして、その三か月後嫁いで来た。
二人の娘を産んだ今でも、伯爵しか見えていない。
「そんなお母様を受け入れているお父様も、普通じゃないわよね」
エクスチェンジ伯爵は、領地経営――厳密に言えば作物にしか興味がない。
伯爵家に不釣り合いな広大な領地で、国の半分の野菜の需給を賄っている。
一度、小さいアスリットが、どんな時でも父親を目に入れようとする母親の態度をどう思うか尋ねたが
『別に誰も困っていないからいい』
と答えられた。
一番迷惑をかけられているだろう父親がそう言うなら、アスリットにも周囲にも何も言える事はなかった。
「でも、あの子が一番おかしい」
顔をしかめたアスリットが、忌々しそうに告げた名は、彼女の三つ違いの妹の名だった。
エクスチェンジ伯爵家の次女、マリオン・エクスチェンジはごくごく普通の娘だった。見た目は。
容姿で言うなら、金髪碧眼、子供の頃から己の派手な美しさを自覚し、それを伸ばして来たアスリットの方が特別だ。
地味な焦げ茶色の髪と瞳を持った妹。
だがそれらが時々、金色の光を放つことを、アスリットは実姉だから知っていた。
アスリットが10の時だった。
親戚や客の反応から、もう己の容貌に自信を持っていたアスリットは、自分をちやほやしない女性使用人を憎み、部屋にあった物を隠して彼女が盗んだ事にしようと考えた。
物は後から使用人部屋から見つかるように、自分に夢中な侍従見習いの少年を使って仕組むつもりだった。
「はい」
誕生日にいただいたお花のブローチがないの! と、1階のエントランス前で使用人に囲まれて泣き真似をしているアスリットに、まだ7つのマリオンがすたすた歩いてきてポンと渡したのは、中心に宝石の付いた花飾りのある彼女のブローチだった。
「こ……れ」
「ろうかにおちてたわ」
そんな訳はない。
アスリットが自分の部屋の、鍵のかかる引出しの奥に入れておいたのだ。
だがそんな事を言えるはずもなく、周囲はわっと湧いた。
「良かったですね!アスリット様」
「マリオン様、有難うございます!」
何が何だか、考えれば考える程分からなくなったが、アスリットは難しいことを考えるのが嫌いだったので
(私は何もしてない。ブローチはたまたま落としただけだ)
と、記憶を上書きして、気分をスッキリさせた。
だが、それからも、家の中でアスリットが何か事を起こそうとすると、必ず邪魔が入った。
それは妹だけではなかったが、直感的に彼女はすべてがマリオンが関わっていると確信していた。
切れたアスリットは妹の部屋に行った。
「マリオン、いい加減にしてちょうだい!」
「なにを?」
「全部よ!あんたがやってること全部やめてよ」
言い方も悪かったかもしれないが、マリオンの反応もよろしくなかった。
「それはむりでしょ? ふつー」
7つの子どもに諭すように言われ、アスリットは馬鹿にされたと頭に血が上り妹の頬を叩いた。
パシーン!といい音がしたが、マリオンは泣かずに叩かれた頬に手を当て、ふうぅとためいきをついた。
「おねえさまは、かんがえがあさい……」
「あんたは何なのよ……!」
アスリットは泣き喚き始め、騒ぎを聞きつけて来た使用人達によって姉は回収され、妹は頬を冷やされた。
以来、姉妹は一度も二人きりになった事はない。
姉は妹を無視することで理性を保ち、妹は姉にかまっている暇はなかったが、家が荒れると居心地が悪くなるので、自分の分かる範囲のことは対処した。
その内、さすがに家の中で事は起こせないと分かったアスリットは、家の外で問題を起こし始めた。
主に男性関係の。
マリオンも家の外の事は知らないや、と無視を決め込んだが、その内、マリオンが充分使えると判断した父親が、母親と共に領地に引っ込んだ。
全てを、まだ11歳だったマリオンに任せるとの書付を残し。
そうなると、執事もメイド長もアスリットの行為が目に余るとマリオンに相談に来ることとなり、結局、家の外の事もマリオンが片付けるはめになった。
「全く、勘弁してほしいわよね」
勘弁してほしいのはアスリットではなくマリオンだろう――そう思ったがファリザは、薄笑いを浮かべたまま口を閉じていた。
彼の仕事は悩める子羊の愚痴を聞く事であり、たしなめる事ではなかった。
正しい道を示すのは、もう一人の神殿長の役目だ。
「でも次はきっとあの子も邪魔できないわ」
「とおっしゃいますと?」
アスリットは口元に妖艶な笑みを浮かべた。
「……王子様を落としたの。本物のよ?」
国王の息子は二人いるが、年齢からいって兄の、王太子の方だろう。
あーあ……とファリザは、胸の中で王太子の為に祈りを捧げた。
「初めは外見が気に入ったんだけど、今は中身も気に入ってるの。ねぇ、このまま私のモノにするにはどうすればいいと思う?」
「……側妃になりたいと?」
アスリットは目を大きく開いた後、面白い事を聞いたというようにくすくす笑った。
「いやぁね……誰かと共有するなんて、はしたないわよ」
はしたない、という言葉をご存じだったのですね? とは言わず、ファリザは頭の中で算段した。
(確かに王太子では、マリオン様も手が打てないだろう)
王太子には公爵家の婚約者がいる。
にらまれてエクスチェンジ伯爵家が不利益を被ると、神殿としても困る。
(まぁ、私としてはマリオン様を神殿にお迎えできる良い機会だと思うのだが、猊下は良しとはしないだろう)
ファリザは困った風に微笑んだ。
「アスリット・エクスチェンジ伯爵令嬢、この件は私の手には余りますので、少しお待ちいただけないでしょうか? 決しておろそかにはしません」
「つまり、何とかなりそうなのね?」
「すべては神の思し召し通りに」
ファリザが神父としての常套句を唱え、胸に手をあて頭を下げると、アスリットは満足そうに口の端を上げ、礼拝堂のドアから出て行った。
「あのお嬢さんにとって、神とは自分のことなんだろうな」
一人残ったファリザは感慨深げにつぶやいた。
愚かだが、中々に出来ない視点である。
(その辺りは、猊下やマリオン様と同じ血を感じさせなくもない)
「いや、比べられるものではないな……」
他人より頭脳明晰に生まれついたファリザにとって、理性では解けない謎に包まれた教皇猊下は神に一番近い存在であり、彼の神そのものでもある。
知る者は少ないが、その血を引く『マリオン・エクスチェンジ』は……
ファリザは祭壇に近づき膝を付いた。
そして掛けられた布の端を手に取り、恭しく持ち口付けた。
「神よ感謝いたします」
自分の生きている代に、『聖女』がいる至福感にファリザの全身が包まれる。
私はなんと幸運な人間なのだと。
この世の法則から解き放たれた存在は、ファリザにとって麻薬のようなものだった……。
…お姉様は本能で生きてます。だから妹が大嫌いです。
…次はファリザさんのお話しです。




