後編:運命なら仕方ないよね
まず、ファリザ神殿長は、近くにいた姉上と私を混同してしまい、姉上を聖女として認めてしまったとのこと。
許されざる過ちだが、姉妹ならば間違えてもやむを得ないと、償いにしばしの辺境巡礼という、まぁまぁな罰を受け都を離れた。
旅立ちの日には、幼女から老女までバラエティに富んだ女性達が、王都の門の前にずらりと並び、たくさんの涙と共に送り出されたという。
……また、密かに尾行しようとする旅装姿の美女もいたそうだが、それらはさすがに神殿騎士団が回収した。
報告を受けた猊下は困ったように優しく笑ったという。
「ファリザは博愛主義だからねぇ……」
それだけで片づけていいとは誰も思わないが、彼で救われた人間も多いので今度も破門は免れている。
(元々教皇猊下の策だしね……)
貧乏くじを引かされたと思っていたファリザさんだが、
『辺境でもたくさんの出会いが私を待っているであろう!』
と言い残し、結構ルンルン気分で出て行ったらしい。
言葉通り、いずこの地でもたくさんの……さまよえる子羊が彼を待っている事だろうから、真面目に職務に励んでいただきたい。
王太子殿下は、幼い時から婚約者と定められ、彼に寄り添って来た美しい公爵令嬢がいながら姉上と密通した。
そして、偽りだった訳だが、『聖女』という看板を押し出し、公爵令嬢との婚約を一方的に破棄した罪により、第一王位継承権のみならず王族としての地位もはく奪。臣下に落された。
『あんな冷たい女にはもう耐えられない。私は運命に従い『聖女』であるアスリットと、愛をもって結ばれるべきだ!』
コレを貴族議会の席で宣言したらしい。
そりゃ勘当もされましょう。
ちなみにコレは猊下の仕込みでなく、王太子殿下の本気のやらかしだったらしい。
「もう少し穏便に運ぼうと思ってたんだけどね……ある意味、アスリットも何らかの異能持ちかもしれないね」
(姉上に魔力はない筈なんだが……天然の『妖婦』ってやつかなぁ)
怖いわ。
その姉上――アスリット・エクスチェンジ伯爵令嬢は、咎は読み違えた神殿長にあるとして、『聖女』と名乗った罪には問われなかった。
だが、婚約者のいる王太子を誘惑した事を認めたため、責任を取り、元婚約者の公爵令嬢へ慰謝料を払い、すっからかんになった元王太子と添い遂げるようにと言い渡された。
『地位やお金目当てじゃないから、別にいいわよ』
裁定を不服とせず受け、艶やかに姉上は笑った。
純愛宣言っぽくて、当家のメイド達は感動していたが、速攻で王城から引き取った元王太子と、部屋にこもったままろくに出てこないので、認識を改めているらしい。
「元殿下が、吸い尽くされないといいですね……」
あの侍女Bですら心配そうだった。
清純な侍女Aはガチガチ震えていて、『妖婦の館』には耐えられそうになかったので、私の神殿への移動に付き従わせることにした。
元婚約者だった公爵令嬢は、お隣の国へ行くことになったらしい。
歳や身分の合う令息は残ってない(残ってるのは問題アリ)だろうし仕方ないか。お姉様め。
ちなみに慣例的には、浮気相手からの慰謝料も請求できるが、令嬢はウチのお金は一切いらないと言い捨てたらしい。
公爵としても、結局妹の方(私です)が聖女として王家に嫁ぐらしいので、遺恨は残したくないと神殿経由で密かにメッセージを寄せてきた。勿論、異論はなかった。
「母君はあちらの公爵家出身だしね」
「そうだったのですか! なら安心ですね」
「彼女自身あちらへ留学経験もあるから、大丈夫だよ」
意味深な表情で猊下が請け負ったから、何か根拠があるんだろう。
……一年後、彼女をめぐって隣の王子と王弟が争っているという話が流れてきました。
あちらで何をやってらっしゃるのだろう……
「まぁ落としどころはいいとは思うけど……」
なぜ私が『聖女』になったあげく王家に嫁がなければならんのだ…
「仕方ないよ。元王太子の婚約者だったミネルヴァ公爵令嬢は20歳。新たに王太子になった弟王子より7つ上だから、さすがにお互い可哀想でしょう?」
(私だって弟王子――現王太子より2つ上なんだが)
その位は誤差だと笑われた。Shit!
「他に王妃教育を受けてる令嬢もいないし」
「私も受けておりませんが?!」
「君なら2、3年あれば何とかなるでしょう? 女王とまでは言わないけど、どっかで王妃くらいやってんじゃないの?」
私はぐっと口をつぐむ。
ここで『国によって色々違います!』と言ってしまったら、
『やっぱりやった事あったんだね』となって相手の思うつぼである。
今更口を閉じても遅いんだが……何でこの相手にべらべらしゃべってしまったんだ、お子様の私!
『おじさまはつよくてかしこいのね!でもわたしだっておひめさまだったのよ!』
……分かってる。
子供の頃は『こーんなすごいことができるの!』って自慢したいものだよね!
幸か不幸か、何度生まれ変わろうと、その事を覚えていようと、お子様の時の自制心は変わらない。
『なにがなんだかわからないけど、わたしってすごくない?!』
(まぁその天真爛漫さがないと、歴史の重さに押しつぶされるんだろうな……)
私の苦悩をよそに、大叔父上は巻物を広げてうんうん頷いている。
「君が古代語を読めるんで、本当に助かってますよ」
この国で古代語となっている言葉は、何代か前の私の国の公用語だった。
今と違って魔法が身近な世界で、神殿に残る古文書には当時の貴重な資料が残っている。
何気なく大叔父上から『すまないね、読んでもらえないか』と目をこすりながら見せられたソレを、さすがに老眼になったのかな?と気の毒に思った私がすらすら朗読してしまったら、
「やはり聖女様。失われた言語を蘇らせていただけるとは……!」
真面目な方の神殿長(もう一人はまだ未定)が、目を潤ませて私を拝む拝む……
こんな事が『聖女の証明』になってしまうなんてぇ……と臍を噛んだのは、ついこの間だった。
「基本的に『聖女』は、特出した能力を持つ女性に使われる『概念』だからね」
「そういう意味で言えば、ウチの家系の女性はおおむね『聖女』様じゃないですか~……」
すねた口調の私に、大叔父上は慈愛に満ちた微笑みを浮かべ
「そうだよ」
とのたまった。そしてチャーミングなウインクと共に付け加えられる。
「記録には残ってないけどね」
神殿に入ると、俗世の記録が消される。
神殿改革をした大叔父上も、残るのは『ニコラス一世』という称号だけだ。
……なるほどなーと思う。
じゃなきゃ我が家も『伯爵』程度で済んでる筈がない。
国のセーフティみたいなもんなんだろう。
目立たずに、何か起こった時に使える存在として。
(便利な一族だこと)
私の名前は『王妃』として残ってしまうが……家名は姉上が下げてくれるだろう。
そんなこんなで引き合わされた、新王太子殿下はまだ13。
……だというのに既にすらりと背が高く、なぜか王子のひらひらした服でなく、カチッとした騎士団の正装をしていた。
左肩に掛けられたマントといい、とてもよく似合っていて清冽な凛々しさがまぶしいばかりだが……
そういえば日頃から、騎士団詰所に行き鍛錬しているとか侍女Bが言っていたか。
(騎士団長を打ち負かしたという噂も聞いたけど、まさかね~)
新たな王太子殿下は、優雅な仕草で私の前ですっと屈むと、右手を取って恭しく口づけた。おまけに
「聖女マリオン。私では不足かと思いますが、誠心誠意貴女にお仕えします」
等と恐ろしいことを言い出したので、あわてて手を引く。
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってください。それはむしろ私の言葉では……」
「なぜ? 王家は聖女に傅くものです」
そんな話は聞いてない!
「あのですね、殿下。申し訳ありませんが、私は聖女と言っても、癒しの技が使える訳でも、結界が張れる訳でもなく、ただ古文書が読める程度なんです。ですから殿下も……」
「それでも、私の聖女は貴女です」
美少年……というか、もう美青年のような面に優しく愛しむように微笑まれて、頭が混乱する。
私は今日、
『一応お飾りの妃として娶っていただきますが(災害を収めるまでは)、どなたか愛する方がいれば遠慮しなくていいんですよ』
と言いに来たのに、なんだこの熱い目は。
「私はずっと、兄が王位に付き、私が騎士団長になってお守りするのだと思っておりました」
なるほど、普通の正装が騎士のものなのね。
王太子用の服(最上級の布も縫い子も)がすぐに用意は出来ないか。
ひょろっとした元王太子の兄とは、体格がだいぶ違うだろうし。
「王太子としてまだ学びも経験も足りません。それでも貴女が待っていてくださるなら、少しでも早く誰もが認める王太子になります、マリオン様」
「様はやめてください、王太子殿下」
王族に『様』を付けられるのは心臓に悪すぎる。
殿下はにっこり笑った。
「では、マリオン嬢。私の事はフィリベルトとお呼びください……大体、最短で婚儀は3年後となりますので」
「ちょっとお待ちください!」
これで二度も尊い身分の方の言葉を遮ってしまったが仕方ない。
新王太子殿下は哀し気に口の端を上げた。
「私も残念ですが2年後では、議会を納得させるまでには……」
「いえ! 殿下は今13ですよね、婚儀は成人される18歳以降となるはずですが?」
「大丈夫です、我が国の成人は来年度から16歳です」
「は?」
初耳だ、そんなこと知らないぞ。
「先日、貴族議会で正式に可決しました。それというのも兄上が18を過ぎても婚儀を上げなかったというのがありまして……」
それは、本当に問題でしたね……。
「不幸にもお互いの親族の葬儀が続いたことなどもあるのですが、もたもたしている内にあのような事案になったことから、もっと婚儀をできる期間の幅を取ろうと認められました」
そんな理由でー!? 心の声が聞こえたように、フィリベルト殿下は苦笑を浮かべる。
「正直、議会としては今の王族の少なさが気になるのでしょう。王族だけに適用するのは問題があると言う事で、全体に公布することになりました」
今、王族は先王夫妻、現王夫妻、王子は二人いたが一人になった。確かに少ない。
四つある公爵家は皆、王家の血を引いているが、直系とは全く扱いが異なる。
「元々、国の内外が争っていた時代、人質同様で幼い令息、令嬢が婚姻関係を結ばされた事への戒めとして決めた成人年齢です。平民は気にせず18歳未満でも結婚していますし、今はもう、理不尽な婚儀は議会が止める事が出来ます」
確かに。
自分の記憶の中でも、平均寿命や政治的理由で成人年齢が同じ国はなかった。
(……それはそれとして、全然脳筋という感じじゃないな、この王子様)
いや、誰も脳筋とは言ってなかったか。
でも、聡明だという噂も聞かなかった……のは、兄が王太子だったからか。
余計な派閥は作りたくないわよね……。
「いつかは変わった事ですが、私と貴女が切っ掛けになるというのは、正直嬉しいです」
はにかむように王太子殿下は言った。
半年足らずで運命が変わってしまった彼は、それでも努力すると言って、聖女の手を取ろうとしている。
(13の子に気をつかわれてしまった)
ようやく気付いて反省する。
3年後の婚儀というのも、彼が18になるのを待っていたら、20を過ぎてしまう私の年齢を慮っての事だろう。
(国に便利に使われている等と、グレていた私とは大違いだ)
最近、周囲に細やかな心遣いが出来る人がいなかったから……と心の中でいい訳して、よく見れば少し不安げな彼を見上げる。
「……そうですね。フィリベルト様」
私も笑い返すと、彼は本当に嬉しそうに微笑んで、改めて私に向かって礼を取った。
「マリオン・エクスチェンジ侯爵令嬢、私と結婚してください」
そういえばもう侯爵だったか……が、チラっと頭を過ったが、私もさすがに空気を読んだ。
「謹んでお受けします、フィリベルト様」
そう告げると、頬に赤みが差し、ようやく年相応な表情を見せた彼は、私の両手を取って己の額に当てた。
「ありがとうございます!」
暖かいというか、熱くなっていく自分の手と顔を自覚して、私もようやく今世の運命を受け入れる決意が出来た次第です。
HAPPY END!
…あと一話。追補編を上げます。
…弟王子の補完が多いかも。




