前編:藪をつついて蛇を出しました
笑ってやってください。
姉が王太子様と結婚する事になった、と侍女から聞いた時、私の頭の中には『NANDE?』と言う文字がでっかく踊っていた。
ウチは伯爵家で、家格は貴族家でも中っ位。
悪くもないけど、特別に良くもない。
近代化著しい我が国だが、まだまだガチの貴族社会だ。
公爵家と侯爵家の娘が全滅しない限り、王族と結婚するなんてあり得ない話なんだが。
「なんでも、アスリット様は聖女という事で……」
「姉上が聖女!?」
それこそあり得ない話だ。
別の『せい』の字ならまだしも。
「神殿長が認めたとの事ですよ」
「評判の良い方? 悪い方?」
我が国の宗教施設には本殿の他、神殿が2つあり、神殿長も2人いる。
「あの、評判があまりよろしくない方で……」
育ちの良い侍女には言いづらそうだ。
評判の悪い神殿長は、主に女性関係で身を持ち崩しかけている。
神に仕える身で……と言いたい所だが、国教は別に禁欲は掲げていない。
妻帯者も夫帯者もいる。
だが複数の相手と遊んだり、姦淫は許されない。
道徳的にマズイし、国の法にも触れる。
ようやく裏が見えて来た。
「最近、姉上の『お遊び』が収まったのは、飽きたからじゃなかったのね」
「そうですね。聖女様になられるために……」
「神殿長に取り入ったのね!」
「身を慎んだのではないのですか~!!」
侍女は膝を付いて泣いてしまった。
気の毒だが、姉上は姉上だ。
軽薄で性格が悪く、男好きで女嫌いだ。
自分も『妹』だから嫌われているが、それは女だからだけではないかもしれない。
「でも『聖女』だからと言って、何で王太子の嫁になれるの?」
国教会の力が強かった大昔ならともかく、今の我が国にそんな義務も法律もない。
「何でも『神託』が下ったとの事ですよ」
意気消沈した侍女Aを下がらせ、代わりにゴシップ好きの侍女Bを呼んだ。
一応侍女らしく控えめに立っているが、全身から『もっと聞いて!!』オーラが立ち上っている。
「神託? 3百年前、魔物を倒すために王様の先祖に下ったっていう伝説のアレ?」
「そうです」
勢いよく頷く、侍女の口の端は歓喜で吊り上がっていた。
「何でも? 今の王家は勇者の血が薄まっている。このままじゃ、魔王が復活しても戦えないから、『聖女』の血を取り込め、とかいう話です」
「……そんな下世話な事、神様が指示するの?」
「あ、下世話言っちゃいましたね!お嬢様。確かに、血とか女の斡旋なんて下世話ですがね。一応『神託』様ですよ。歯に着せる衣を持ってきましょうか?」
その衣で、お前の口の端のよだれを拭えよ、とは言わず
「その神託もあの神殿長でしょ?」
信用できるの?できないでしょ、と言いたげな私に、侍女Bは待ってました、とばかりに得意げに胸を張った。
「それがですね、神託の方は、お堅い方の神殿長様なんですよ~」
おおっと、それは予想外だわ。
私は少し考えて、尋ねた。
「どっちが先なの?」
「と申しますと?」
「お姉様の『聖女宣言』と、『神託』」
うーんと、侍女Bも考えてから口を開いた。
「巷に広がったのは、『聖女宣言』の方ですね。ただ『神託』はお堅い方だったので、きちんと手順を踏んだり、精査していた時間があったんじゃないかと」
なるほど。
「それで、私の所に来たのかね。ミリオン・エクスチェンジ伯爵令嬢」
「はい。これは猊下の企みではないかと」
私の目の前にいるのは、教皇の冠をかぶり、金糸で縁取られた純白の上下を纏った貴人だ。
だが背後からは平服でも見分けが付きそうな、後光も漂っている。
我が国の国教会には、神殿長が二人いて、その上にこの教皇猊下がいる(その上には『神』しかいない)。
「私が?」
イケオジであらせられる教皇猊下は、あまねく地上に祝福をもたらすように優しく微笑まれた。
『猊下の、天上を思わせる柔和な微笑みに、騙されてはいけない』
――国の内外に、幅広ーく流布している風聞である。
50年前、腐りきった国教会を叩き直す為に入信し、ありとあらゆる権力を持った有象無象を、徒手空拳で叩きのめし、二度と這い上がれないように粉々にし、彼の通った後には屍さえも残らないと謳われた超人様だ。
(もう70近い筈なんだけど、4、50代くらいにしか見えないのよね~)
自分が初めて会った5つの時から10年間あまり、風貌が全く変わっていない。
「はい。おそらく初めに、神託があったのでしょう。内容は存じませんが、警告的な物だったのでは」
実のところ、『神託』は珍しいものじゃない。
さすがに毎年とはいかないけど、10年に一、二度はある。
(今回は、気候天候関連じゃないかなーと愚考する)
大体30年周期で噴火する山が、この数十年大人しいから。
「現在の王太子殿下は、どちらかと言えば文系」
頭は(そんなに)悪くないが、身体も押しも弱いという評判だ。
「これから国が揺れるのに、多少心もとないと考えた猊下は、活動的な第二王子、弟殿下に目を付け……いえ、期待をされた。だが、現在平和な我が国では、王太子の交代なんて起こりようもない」
ちょっと昔だったら、戦争やら暗殺やらで王位継承者の入れ替わりは激しかったんだよね。
ちなみに今の国王様には側妃はおらず、王太子も第二王子も王妃様のお子様です。
「そこで、ちょっと頭とし……フットワークの軽い我が姉を使って、王太子殿下の評判を落としてしまおうと考えられたのではないでしょうか?」
猊下は、とても楽しそうにクックッと微笑んだ。
「悪いね、君の姉君を」
あっさりと認める大叔父上に、私も笑った。
「いえいえ、猊下の身内でもありますのよ?」
「うん。だから赦してもらおうと」
猊下は祖母の弟だった。
教会に入る際に、俗世の縁を切るので、対外的には他人だが。
祖母の家系はちょっと特別で、たまーに、変わったのが生まれる。
それが大叔父であり、私でもある。
大叔父は超人だし、私は過去世をいちいち覚えている変わり種だ。
「アスリットが王太子と結婚したいって言うから、まぁそれもいいかなと」
「姉上が猊下に?」
あの姉は、猊下が身内だと知らない筈。
「いやファリザに」
身持ちの良くない方の神殿長の名を出され、あぁ……と納得した。
姉上と親しい関係を匂わされても、全く違和感が仕事しない御方だ。
「最初は、そのファリザと一緒にしようかと思ったんだが」
「それは、さすがに姉上が……」
ファリザ神殿長は、浮名が多いだけあって結構いい男だが、確か40を超えていた筈。
18の姉には、少ーしばかり年配だろう。
「優秀な男なんだがなぁ……まぁ、王家も古い家柄だから」
姉も一族の血を引いている。
迂遠な家柄に嫁がせるのは勿体なかった。
「アスリットにはその兆候はなかったが、再びここの王家と混ぜれば、面白い子が生まれるかもしれないからね」
うーん下世話というより、人でなし発言だなぁ。
まぁ、一族の最年長だから、管理者責任があるんだろうけど。
「了解しました。我が家はその方向で動きましょう」
伯爵である父は領地経営が好きな変わり者で、基本的にずっと領地にいる。
父の顔が大好きな母も一緒だ。
姉は家の事に興味がない。
……よって、必然的に王都の伯爵邸内の事は、私が請け負う事になる。
「うん、助かるよ。それと弟王子の事だけど」
「確か、ロワール侯爵のお嬢様がご婚約者でしたね」
「そうだったんだけど、この流れで弟王子を婿入りさせる訳には行かなくなってね」
ロワール侯爵家の子どもはお嬢様が一人。
弟王子が婿に入って継ぐ予定だった。
「ロワール侯に隠し子とかは?」
「残念だけどいなかった。親戚も適当な子供がいなくてね」
「困りましたね」
「だから婚約は解消させるとして、弟王子の嫁だけど――君ならない?」
さすがに一瞬何を言われたのか分からなかった。
「……ちょ、ちょっと待ってください。姉上が王太子に嫁ぐんですよね?」
それで妹もなんて、あり得ないだろう。
(どこの藤原氏だよ!?)
しかもウチは姉妹しかいないから、アスリット姉上が嫁ぐなら私が跡継ぎだ。
「うん、王太子は元王太子になるから、エクスチェンジ伯爵家を侯爵家に格上げしてアスリットと跡を継いでもらう」
ひぇ~力技が来た。
あーでもそうか、『元』王太子になるんなら婿にもらえるか。
「それでも問題ですよ」
「どうして? 君は侯爵令嬢になるから、王族に嫁ぐのも王妃になるのも、身分的に問題ないよ」
「我が家が恵まれすぎですよ! 陞爵するわ、王家の縁続きになるわ、もう一人の娘まで王妃になるなんて!」
「大丈夫、大丈夫、だって『聖女』様だから」
「は? だから姉上がその名目で元王太子と結ばれるんですよね……」
あれ? 聖女を王太子と結婚させろ、という神託の噂を流したなら、姉上に堕とされたとはいえ王太子は元王太子にはならないのでは……
こちらの混乱を見透かしたように、大叔父は笑う。
「うん、君が聖女だよ。ミリオン」
「はぁ?!」
神の御前たる祭壇の間で、淑女にあるまじき声が出たが、許してもらいたい。
何度か生まれ変わったが、『聖女』なんてヤバいジョブを授かった事はない。
「今の王太子には『偽』の聖女を認めたという罪で、王太子からから降りてもらって君の家へ婿入り。通常王子が臣下に降りる時は公爵待遇なんだけど、瑕疵があるんで君の家を侯爵に上げる事で解決。そもそも娘が聖女を騙った罪により、エクスチェンジ伯爵家も罪に問われる所だけど、なんと『本物の』聖女様もエクスチェンジ伯爵家の令嬢だった!……と言う事にすれば全て丸く収まると思うんだ」
「収まるかーーー!」
能天気に明るくのたまった教皇猊下相手に、主神殿に響き渡る声で私は叫んだが、結局その気を変える事は出来なかった。
もうやだぁ……
…10,000字で終えたい希望。




