就任
そんな大したイベントは本来起こるはずではなかった。シャールと出会うなんて、そんなイベントは。しかし、それは起きた。その彼女との出会いから特に大きなイベントもなかった。少し、盗賊に襲われるくらいのハプニングが起きるかと思ったが中々立派なこの馬車に気圧されたか、治安がいいかは知らない。ただ、そんなハプニングが起きなかったということは事実だ。もし襲われていても、緊急時は任せろとその商会人は言った。だから任せていた。
さてここは都市だ。と言っても広すぎ大きすぎでよくわからない。あの村にいた頃には想像もつかない場所だ。しかし、そんなことはどうでもいい。私は猛烈に緊張をしている。これから、私の新しい職場に行くのだ。いったい私は上手くやっていけるのか。身構える。案内されたのは、そこらの家と大きく変わらない、木造建築の家だった。儲かっているはずの商会のくせに一つ一つの素材が悲鳴ともとれる音を、誰かが足を踏むたびに、規則的に鳴らしている。玄関は二階についていて、階段でそこまで登る。商会人がドアをノックする。トントン トントンと。商会人らしい(商会に就く人々への偏見)丁寧な音だった。扉の素材はずっしりとしているらしく、乾いた音が響くという訳ではなかった。兎にも角にもその音はなり、その音に反応したであろう中の人の足音が聞こえ始める。ずっしりとした扉は、分厚くミシミシと音を立てながら扉があく。そこからのぞき見えるのは、割と年配の女性だ。具体的には四十代から五十代前半といったところ。年相応の嗄れ声で商会人に話しかける。私の緊張も高まり、体温が上昇するのがわかる。
「よく来た。とりあえず入れ。」と私を見て言う。愛想はいい。その家に入ると、中には彼女含め三人いた。外見は一般的だった商会支部だったが、中はかなりしっかりしていた。どっかの貴族みたいな贅沢品が置いてあるというわけではないが、設備が整い清潔で商会の仕事が捗りそうな場所だ。私は商会人のあとに続いて歩き、一番上座にある偉そうな机の前に立った。
「只今戻りました」みんなの机がある方に向き直りながら商会人は言った。先ほどの偉そうなおばさん(以下略してえらおば)は上座のその机から書類を取り私に向き直る。
「許可証 貴殿の入会を本日、皇暦二千六百八十四年十月二十三日をもって許可する。 続けて二枚目、任命書
貴殿にムリフェンの名に就くことを命じる。」
私は、馬車道で教えてもらったように、左右の順に手を出し受け取り礼をした。私が一歩下がると、空気が変わる。えらおばが「これからよろしくね」と言いそれぞれを紹介してくれる。「私は、シータ・ケーティと任命されているわ。適当に略してくれていいわよ。久しぶりに新人が来てくれて嬉しいわ。しかもこんなに可愛いなんて」にんまりと笑いながら{えらおば}もといシーさんは言う。
「このむさくるしい男に何かされそうになったら、言いつけなさいね。このシータ、臨死体験を何回も味合わせてあげるから」と鋭い視線が男性たちに飛ぶ。
「お、恐ろしいこと言わないでくださいよ。第一俺にも嫁がいますから」と好青年が言う。
「あら、何もしなければ恐ろしくないはずだけど?」とシータさん。
「まぁまぁ、シータさん。そんなことがあれば私も加勢しますから落ち着いてください。」と笑顔を繕っているが、どこか恐ろしくもある表情を浮かべながら、その女性は言う。
「お前もそっち側かよ、よう嬢ちゃん。いや、これからはフェンちゃんと呼ばせてもらうぜ。俺はプラキエプアに就いている。気軽にプラプアでいいぜ。なにか困ったことがあったら言えよ。何でも聞いてやる。そしてこいつは俺の嫁の・・・」
その好青年もといプラプアは、加勢すると言っていたその女性に視線を向けた。
「プラプオとでも呼んで。ムシダに就いているけど、私虫嫌いだからそれで呼ばれたくないのよ。年下の女の子が来てくれて私も嬉しいわ。仲良くしましょ。オシャレとか語り合うのが今から楽しみだわ。」
「最後はこいつね」とシーさんはここまで連れてきてくれた商会人の横に立った。
「ごめんねフェンちゃん。こいつ結構寡黙だったでしょ?こんな不愛想な人間で緊張とかさせちゃってたらごめんなさいね?悪いやつじゃない、はZU・・」
「おい、はぁったく。俺はアルデラミンに就いている。好きに呼べ。」
「ごめんなさいね、本当に。本当はプラプアを送ろうと思ったんだけど、夫婦を離すのも忍びなくって」とシーさん。
「全然大丈夫ですよ。」と返事を返した。
「よしっ、一通り自己紹介も終わったし歓迎会でもしましょうか。」
「いいね!たらふく食うぞぉ!ニチャァ」
「こら、フェンちゃん嫌いな食べ物とかある?」
その後もしばらく賑やかであったのだった。