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旅路

第一章旅立ちと商会

い皇暦二千六百八十四年、夏の暑さが少し引きこし長月十六日のけふ我は商会へ向けうちいづ。もろともに農場を営めるかたへが皆見送る。


我もとい私は、まともに文字も習っていないので商会の人に手伝ってもらいながら文字の勉強と、記録、親への手紙など、さまざまな使い方を目的に書いている。自分で書いておいてなんだが、本当に同じ言語なのか甚だ疑問であるが、些細なことなので放っておく。商会は都市に集中するのが基本であるが、私がいきなり本部で働くわけもなく、私の村からに3番目に近い町の支部に赴く。だが、いくら近いとはいえ帝国は巨大で且つ外れにある我らが村からはかなりの時間がかかる。交通の手段は川上まで馬車で行き、そこから船で行くそうだ。その道のりは約2週間だそうだ。私は皆に見送られながら馬車に乗り込み、進む。座り心地は最悪であまりに揺れ、あまりに硬い椅子で、私の腰がもげそうになる。しかし、贅沢は言っていられない。他のことに意識を移そうと外の景色を見ると、そこに広がる光景はとても広大でとても美しかった。どこまでも地が続いていて、あまりに自分がちっぽけで矮小な存在かを思い知らされる。その雄大さ、優美さには視線が釣り糸で釣られ、動かすことが不可能にも思われた。私は今まで村を出たことがなかった。別に親が過保護だったわけではない。ただ私の中に村以外の世界がほぼ存在していなかったからだ。興味がなかったわけではあるまい。しかし、私は外に出るのに一種の恐怖を感じていた。それがどうしてなのか、今の私には分からないが兎にも角にもその村からは出てはいけない気がした。それだけである。故にこの世界の広さと優美さには驚かされた。風が気持ちいい。一番暑い時期を乗り切ったとはいえ、まだ夏だ。この暑さに丁度いいくらいの風が当たる。私は妙に清々しさと悔しさを感じていた。全ての物事から離れる。これは全ての責任を投げ出すのと同義だ。肩の荷も降りるというものだろう。しかし、そこまで責任を感じていたわけではないし、清々しさはある程度のものだった。悔しさは何故もっと早く村の外に出なかったのだろうという後悔だ。外の世界は村の中に閉じこもるよりよっぽど素晴らしい。

風吹けば

   思い出される

       故郷は

   今でもそこに

       あるのだろうか


数日後

やがて順調に進み、長月二十一日中継所の町に着きき。見るもの全て今めかしく、おのれがあまりに無知なりきと思ひ知らさる。植生は同じはずなれど、草木の育ちの良さや肉の品質など段違いなり。


中継地点のその町についてすぐ、大きな門を通った。検問があったが、商会の会員証を付き添いと案内をしてくれてる商会人が出したら、何をしなくても通れた。それだけ商会が信用されているということである。

「すごく信用されているんですね。」と私が言うと、

「田舎の方だからね。商会人が滅多に来ないこら簡単に入れる。そんなことより、あまりみんなに顔を見せるな。これからずっと商会で働きたかったらな。」

私はそれに頷きながら相手に聞こえる程度に返事をする。遡ること数時間前

「商会人はあまり顔を見られちゃいけないんだ。勿論全員じゃない。紹介人の内三割程度は親会社で働いている。残りの七割は工場勤務などの現場勤務だ。勿論そこには差異があるし、給料も少しは違う。だけど、そこまでの差は無いようにしている。何故なら、商会人である以上差別的に扱うべきでは無いからだ。」

「今回女性の君には、本部つまり、三割に入ってもらうが今回は特例だ。それに田舎だからそこまで現場の人間と給料は変わらん。ただ、本部の人間は顔を知られては不都合がある。」

「不都合ってなんですか?」

「それは言えない。時が来たら知るであろう。

そんなわけで、私は顔を隠している。今君が見ているのは覆面にすぎない。商会に着いたら君も覆面が支給される。」


時は現在

そんなわけでこの中性的な見た目で男女の分別すらつかない商会人と顔をフードで隠している私で町を歩いている。今夜はこの町で一泊する予定だ。買い物(食料や、飲み物など)を手分けして行い、宿の前に集合だ。集合時間までは、買い物を済ませれば何をしても自由だそうだ。私は、初めて見る町に、興奮を隠せない。まず一番に向かったのは町役場である。町役場には図書館が併設されていて、情報を集めるにはもってこいの極みなのである。私は幾つかの本を手に取り、席に着く。その図書館に蔵書されている本は、およそ三万冊。本好きにとってはあまりに楽天すぎる場所だ。あまりの数にどれを読んでいいかわからない。選んだ本も適当に選んだ。本の一つはその村について綴られていた。私は指で文字を追いながらその本を読み耽る。どれほどの時間がたったであろうか。時間的にいい時間なので、本を読むのをやめた。それと同時に隣の席から声がかけられる。

「この町の人じゃないね?」

私は、本に熱中していたのか隣に人が座ったことすら気が付かなかった。そのため反応するのに時間を要した。数秒たった後、私は首肯する。見た目はさわやかな女性である。

「女性で図書館にいる人って珍しいからさ。少し気になって声をかけたんだ。この後用事はある?」

私はその驚きから少し回復してきたので

「あります。」と答えた。

「そっか・・・この町にはいつまで滞在するの?

この町による理由なんて都市部方面に行く以外ないでしょ?」

「一泊だけです。明日の今頃には馬車に揺られています。」

「そうかぁ~~。珍しいから話してみたかったんだけどなぁ。今日の夜はどう?ご飯食べない?奢るよ?」

「それは聞いてみないと分からないです。」

「そっか。じゃあ行けたら此処にきて。」と住所の書かれた紙を渡される。私は立ち上がって返事とお辞儀をし、そそくさとその場を後にした。年は同い年くらいだったのに緊張してずっと敬語になってしまった。私は急いで、買い物を済ませ待ち合わせ場所に向かう。そこには、先についていてチェックイン等を済ませておいてくれた商会人がいた。

「お待たせしてすいません」などとそれらしい社交辞令を述べ、私は荷物を運ぶ。

「今夜は御馳走だぞ。あの村では到底食べられないようなものがたくさん並んだ。腹を空かせておけ」

と言われてしまった。到底ほかのところにご飯を食べに行ってもいいか聞けるわけもなく、私はその晩餐を商会人とともに過ごした。勿論そこには沢山の美味しそうなものが並んで、どれもほっぺたが落ちそうになるほどおいしかった。しかし、彼女の元を訪れなかった罪悪感が胸のどこかにつっかえ、忘れるに忘れられず、私は心からその晩餐を楽しめなかった。その晩餐が終わり、私たちがそれぞれの自室に入ってすぐ、私は電気を消して窓から飛び降りだ。そしてメモに書かれた住所に向かうのだった。夜の町は思ったほど明るくなく、寝静まっていた。きっと警備が行き届いているんだろう。

「ここなはずなんだがなぁ。」

私がこうしてその家に入っていくのに渋っている理由は、その家があまりに豪邸すぎたからだ。普通の家(それでも、町に持ち家があるのだが)の五倍の高さを誇り、その敷地の広さは察することのできない広さとなっている。私は、その大門の前で立ち往生をしている。客観的に見ても、とても変人だとは自覚しているがこの状況は混乱せざるを得ない。そして、その状況を打破すべく私はとうとう勇気を出して、その大門を開けるのだった。

「涼しい。」その家に入ってまず一番にした行動は、その言葉を発することだった。夏の山場が過ぎたとはいえ、まだ暑いことに変わりはない。それなのに、この涼しさはかなり異常だ。

「うちはこの辺り一帯を国から任せられてね。ある程度の優遇と財産のおかげで、ご覧の通りだ。」

と、招待してくれた彼女は言う。涼しさにばかり気を取られていたが、確かに他の設備や家具その他なにもかも一般庶民の家で見かけないようなものばかりだ。あまりの豪華さに息を呑む。かなり落ち着かないが、彼女の指示通り、その一見すると豪華とは言えない、しかし主張の強すぎない独特な優雅さを備えている、機能性抜群の椅子に座る。

「名乗ってなかったわね、私の名前は上村シャール。敬語は使わないでいいわよ。仲良くしましょ。」

と彼女は微笑を浮かべた。

「最も貴女は明日で去ってしまうけど。」

とつけたして。

私は、自己紹介を済ませた。何のために都市の方に行ってるかは、はぐらかしておいた。

「まぁ、君ぐらいの年齢でしかも女性なんだ。大凡の予想はついちゃうんだなぁ〜」

と令嬢らしからぬ悪戯っ子っぽい笑みを浮かべて、そう言うと彼女は雑談を進める。

「アイス食べる??暑かったでしょう?」

はい!と大きく首肯しながら答えると、

「敬語」と注意されてしまった。

「アイス美味しいよね。ちょっと待ってて。」

そう言って、令嬢ことシャールは席を立った。村を出てこんなにあったかしてくれたのはこれが初めてだ。それをとても嬉しく暖かく感じる。暑いけどね。そんなこんなで、私もシャールと仲良くなりたいが、友達のなり方が分からず少しぶっきらぼうな返答をしたかもしれないと、気にしていると...

「お待たせ」と言いながらシャールはやってくる。初めて見るアイスという食べ物に興奮してしまった。イメージは甘いただの氷だったが、実際は色も食感も違うようだ。合掌をして口に含むと、芳醇な香りと共に冷たさがやってきて、やや驚いたが、それは美味しかった。

「美味しい!アイスってこんな美味しかったんだ!」

「でしょ〜」と笑顔を浮かべ言った。

「あ、そうだ。この本知ってる?」

私はまだ見たことのない本だった。

「知らない。どんなお話なの?」

「とにかく何も言わず読んで見て!これあげるから」と本を渡されてしまった。もう会うかもわからないのに、面白い人だ。

それからしばらく世間話をした。お互いの家族のことだったり、流行の話だったりとか。それはそれは新鮮であった。小さい村だったから同い年の女の子と話す機会なんてなかったのだ。その影響も相まって新鮮で、楽しい時間を過ごせた。時は一瞬で過ぎ去る。気づけば朝陽が、はるか遠くの水平線から顔を出そうとしている。そこには、朝目覚めたくない人のような躊躇はない。いつも通り機械的に時間通り登ろうとしている。時間は過ぎる。私たちは片時も寝ることなど頭に思い浮かべず、話し込む。話す、お茶を飲む、話す、笑う、愚痴を言い合う、話す、飲む、話す、飲む、話す・・・・・・・・・・・・。

「ご飯食べていかない?」

シャールはきっと、私がソワソワし始めたことに気が付いたのであろう。「悪いね」とてへぺろといった感じで謝る。

「分かっていたことだけど、やっぱさみしいものね。」

私だって、彼女と同じ気持ちである。しかし、目的を忘れてはならない。私は都市に行くのだ。私は、商会のあの人への言い訳を考えながらその家を出る。手紙をこれからも送り続けることといつか絶対もう一度会うこと、それまで互いに元気でいることなどを約束して。

「只今もどりました。」

「遅かったな。まぁいい。顔をあまり見られなかっただろうな。」

「はい。」

私はそう淡々と答える。

「ならいい。」

朝ごはんもすっぽかし、出発ギリギリになってしまったがこの人はそれですませてくれた。特に怒るわけでもなく、だ。本当に何を考えているかわからない。


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