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変革

序章

私は今幸せだ。こういうありきたりなことしか言えないことは許してほしい。ただ、今の私にはこの感覚しかないのである。


「おばあちゃん。これここにおいとくよー」

「あいよー」と返ってくる。私は、そこにバケツを置く。私の家は代々農家をしている。勿論、最先進国の我が国では階級は下だ。でも最底辺じゃない。近所の人と共に大規模な農場を営んでいる。この工夫のおかげで私たちは長年荒らしをしてくる動物どもから守る男性を確保し、二十四時間と、常に見張ることができ生き残れている。そうでもしなければ、この国ではやってはいけない。当たり前だ。人口の五割が商会で働き、そのうち三割は商会の本部で働いている。残りの一割は貴族、二割は農民、二割は公務員である。たとえ農民であっても、工夫をして差をつけないことには生き残ることができない。これが我が国である。今、私はおばあちゃんと当番の種植えをしている。お母さんは家で家事、お父さんは当番の見張りだ。

~数時間後~

時計の短針は八を回っている。みんなそれぞれの仕事が終わり、久しぶりに家族みんなで食卓を囲んでいる。

「疲れたぁ。もうすぐお腹が大演奏を始めそうだよぉ」

と嘆く。

「はいはい、お待ちどう様」と言いながら、お母さんがご飯を運んでくる。それは、とても農民が常食とできるものには見えず、肉がふんだんに使われたビーフシチューだった。

「今日の夕食を豪華だなぁ」とお父さん。

「久しぶりのご飯だからって、おばあちゃんが奮発してくれたんですよ、このお肉も結構高い。」

我が家の家計はおばあちゃんが担当している。

「おばあちゃん大好き‼」と私は思わず声に出す。

「もう、調子いいんだから。」とお母さん。

「「「「いただきます!」」」」

みんなで声を合わせて言うと、私は一秒の間も空けずスプーンでそのご飯にがっつく。みっともないと思うかもしれないが、腹ペコだった私にはそんな些細なことはどうでもよく感じられた。私は、その勢いのまま食べ続ける。

すると、口に詰め込みすぎた。飲み込みが追い付かない喉では既にそのご飯の渋滞ができていた。私は急いで水を飲む。家族はそれを見て笑っている。

「急がなくてもご飯は逃げないよ。」とお父さん。

「みっともない。」とあきれてばかりいるお母さん。

それをみて唯々微笑むだけのおばあちゃん。

「でも、お腹が減ってるんだもん」と私は、口にその、今さっき完成したと簡単に察せられるほどの熱を持ち、まろやかでクリーミーで濃厚で言葉では言い尽くせないほどの美味しいご飯を口に飽和させながら言う。


ああ、幸せである。農民という身分でありながら家族全員で温かいご飯を食べられるのはとても幸せである。まるで生まれたばかりのタオルに包まれていた時の、そんな居心地の良さと、温かさを感じる。きっと、ご飯がとてもおいしく感じられたのは家族みんなで食べられたことが強く影響しているのだろう。満たされている。恵まれている。幸せである。たとえ農民であっても、この生活ができるなら私は満足だ。この生活がずっと続いてほしい。叶うことなら、このまま私自身家庭を築いて、家族に看取られながら、死んでいきたい。楽しい。本当に。言葉では言い尽くせないほどの幸福がそこにあった。



お父さんがその吉報を持ってきたのは、私が十三になって三か月の時だ。その日は生憎の嵐であった。

「聞いて驚け。今商会に納品をしてきたんだが、どうやら商会の人手が足りていないらしいんだ。そこで一人斡旋してくれないかとのことだ。」

一呼吸して慌てて戻ってきて、荒れていた呼吸のリズムを整えながら私の方を見て、お父さんは

「やってみないか?」と言った。

私の年齢では職に就くのは少し早い。しかし、こんなめったなチャンスはない。私は返事を先延ばしにした。商会に入ったら、寮に入り、家には帰れなくなるだろう。しかし、今まで育ててきた親に恩返しをしたい。私は迷った。ずっと決めかねた。いや、迷ったという表現はいささか贅沢すぎるかもしれない。ただ、家族と別れる決心がつかなかっただけなのだ。あの、まるで最初からそこにあって、そこに属していることが当たり前で、温かくて、そこにしか世界が存在していないかのような。そんな錯覚に陥るあの場所から離れる決心がつかなかったのだ。

まず、一泊外で野宿をしてみた。目的は、独り立ちした生活を送るためだ。それが有効な手段かは、私にはわからないが、どうしても決心がつかない私は、思いつく手段全てを実行するつもりだった。勿論、野宿程度では決心をつけるきっかけにはならなかった。お母さんは何度も

「別に親孝行なんて考えなくていいんだよ」と言ってくれた。それはとても暖かくて嬉しい言葉だった。だけれど、このまま家族に依存するなんて言い訳がない。私はそう感じていた。決断をしなければいけない時がやってきた。私は、どうしたか。答えはとっくに決まっていた。どちらを選ばなくてはいけないか何て明白だ。私の決心なんてどうでもいい。選択肢なんて私の中では最初からなかった。

「商会に行きます。」

私は家族の前でそう宣言したのだった。


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