第四人
俺は朝霧風。ヒツジとヤギを探せる“牧羊犬”の使い手だ。
MPを使用しないものの、代償としてヒツジとヤギに気付かれる。
魔法を使えない典型的な戦士タイプで、武器は斧だ。
HP 25 / MP 0
藤原樹絵璃は小銭をピカピカにする“資金洗浄”の使い手だ。
MPの半分を使用するので探索がきつくなる。レモン汁で代用可能。
ファイアボールという炎属性の魔法を使えて、一応ナイフを持ってる。
HP 10 / MP 10
高橋水人はお札をシャキッとさせる“資金洗浄”の使い手だ。
MP全消費だがこいつの場合モンスター食って回復するからそこまできつくない。
アイスジャベリンという氷属性の魔法を使えて、一応ナイフを持ってる。
HP 5 / MP 25
俺たちは揃いも揃って特殊能力に恵まれなかった。
聞いたところによると他の探索者たちは
自己強化とか敵を眠らせる能力、雑魚から宝箱確定などの
探索が楽になる便利スキルを所持してるらしい。羨ましい。
まあ、俺たちは俺たちだ。
俺たちなりのやり方で戦えばいい。
今日の目的はボスを倒す事だ。
ボスの宝箱にはステータスを上げるアイテムがあるらしい。
俺はともかく、魔法使いの2人が強くなるにはそれを使うしかないようだ。
*
東O-A-013。俺が探索者デビューしたダンジョンだ。
目標はボスのゴブリンロード。ボスの中ではやりやすい部類らしい。
魔法を使わず大斧を振り回す完全脳筋タイプ…俺と同じだな。
そんでもって、例によってまた謎の新人を押しつけられてたりする。
どうせまたハズレスキルの持ち主なんだろうなぁ、とか考えてると
棍棒と盾を持った女の子が話しかけてきた。
「おっすおっすー あたし松嶋光
あんたがヤギの朝霧?よろしくっすー」
ギャルかぁ……。なんか苦手だ。
でも男女比のバランスが取れた。
「よろしく …松嶋さんはどんなスキルを持ってるの?」
「んー?いやどうせ使わんし知らなくていーよ」
なんか話したくないようだ。
無理強いする気はないし、いいか。
*
入場上限の4人でダンジョンだ。
本格的にRPGしてるって感じがする。
一列に並んで歩いてみたくなる。
「そういや松嶋さんのHPとMPっていくつ?
あと魔法は使えるのかな?」
「えむぴー?」
ああ、わかってない顔だ。
先輩として教えてあげなくちゃな。
…ステータス画面の見方を教えてる時、
松嶋さんの能力名が見えてしまった。
『 シャイン
HP 20
MP 15
消滅
魔法 ヒール 』
……え、この子すごくね?
基本ステータス高いみたいだし、
ヒールは普通に考えて回復魔法だし、
消滅…って強スキルの匂いしかしない。
「うあぁ、見んな!忘れろ!」
松嶋さんは慌てている。
俺らのスキルよりよっぽど使えそうな感じがするんだけどなぁ。
「なんか問題あるの?そのスキル…」
つい質問してしまった。
答えたくないようだけど、気になるんだよな…。
「あ〜……なんつーか……
そのスキル?とかっての使うと
どんな敵でも倒せるらしーんだけどさ、
なーんも落とさなくなるんよ 宝箱とか」
「どんな敵でも……?
もしかしてボスにも効いたりする?」
「さー?多分そじゃね?」
「…最高じゃん!
もしピンチになっても即死スキルで
強制的に戦闘終了できるってことだよね!?
安全に仕切り直せるじゃないか!」
「いやゼッテー使わねー
代償がきつすぎんだよ」
どうやら事情があるようだ。
*
ゴブリン発見。
ゆっくり近づいて……
…まっすぐ振り下ろす!
※
なんか俺、こいつばっか狩ってるなぁ。
まだ4回目の探索だけど随分と手慣れた気がする。
「ギャアアアァァ!!」
おっと、松嶋さんの悲鳴だ。
彼女のほうに目をやると案の定、
怯えた表情でこちらを見ている。
「…あんた何やってんの!?正気!?
頭かち割るとか意味が……ああ、ヤバい吐きそう」
これだよこれ!この反応!
まともな感性の子でよかった。
「アハハ!大丈夫だよ松嶋さん!慣れるから!
よく見て!スイカ割りみたい!アハハハ!」
まともじゃない高橋が追い討ちをかける。
松嶋さんは吐いた。
*
道中の雑魚を全滅させてボス部屋の前にいる。
松嶋さんに確認したところ、ヒールの仕様は
思ってた通り仲間1人を回復させるという
パーティープレイに欠かせない支援魔法だった。
特殊能力が使えなくても普通に有能だと思う。
戦僧魔魔でバランスは悪くないはずだ。
管理センターで得た情報によると、初期ステでも
とりあえず4人いれば充分に勝機があるとのことだ。
「アハハ!とうとう来たね〜!
ワクワクしちゃうよ!」
「吐きすぎてダリぃ…
チャチャっと終わらせろよなー」
「朝霧君、準備はいい?」
「ああ、みんな……行こう!」
*
重い扉を開け全員が中に入ると、扉は自動的に閉まった。
再度開けられるか試したが、4人の力でもびくともしない。
どうやら侵入者を逃がす気はないらしい。
ここから出る方法はボスを倒すか、俺たちが倒されるかのどちらかだ。
部屋の中央には大きな魔法陣があり、
その中に誰かが足を踏み入れるとボスが出現するそうだ。
「あっ…」
事前に打ち合わせた陣形を整える前に藤原さんが魔法陣を踏んだ。
前回がまともだったから油断してたけど、この子はアホだと思い出した。
魔法陣が光り出し、その中心からボスが迫り上がってくる。
ゴブリンロードの登場だ。今は頭頂部だけ見えている。
…作戦変更だ。
「みんな!全身が登場する前に袋叩きにしよう!
倒し切れなくてもいい!今のうちにダメージを稼ぐんだ!」
仲間たちは指示をすぐに聞き入れ、それぞれの武器で攻撃し始めた。
ヒュウは斧を振り下ろした!
ジュエリはナイフを突き刺した!
ウォルトはナイフで斬りかかった!
シャインは棍棒を叩きつけた!
※ ※※ ※ ※
さすがはボスだ。今までの雑魚と違って一撃では倒せない。
どれだけダメージを与えてるのかわからないけど、
とにかく今は攻撃のターンだ。この機を無駄にはできない。
※ ※※ ※ ※
※ ※※ ※ ※
※ ※※ ※ ※
何度目かの攻撃でゴブリンロードの頭頂部に亀裂が入ったものの、
既に膝のあたりまで出現していて斧が届かない高さになった。
全長3メートル以上は確実にある。もうすぐ全身が登場してしまう。
「…藤原さんと高橋は下がって魔法の準備!
松嶋さんはいつでも回復できるように待機!」
3人を打ち合わせた配置に移動させつつ、
俺は少しでもダメージを与えようと攻撃を続けた。
*
とうとう全身を曝け出したゴブリンロードは一瞬前屈みになったかと思いきや、
上半身を仰け反らせながら肉食獣のような咆哮を轟かせた。
これがこのボスの初回行動なのだろう。
俺はもう一撃だけ与えてから斧を手放し、松嶋さんから借りた盾を構えた。
ここからは俺が文字通りの盾役で、魔法使い2人がアタッカーになる。
それで倒し切れなきゃ後は俺がやる。そういう流れだ。
ゴブリンロードは大斧を振り回した!
※※※※
……!
その巨体から繰り出される攻撃はズシリと重く、
盾がなければ一発でやられていただろうと予想できた。
「ファイアボール!」
「アイスジャベリン!」
※ ※※
2人の魔法が直撃する。
特に高橋のアイスジャベリンが体を貫通していい感じだ。
それにしてもこいつ全然痛がらないな。
頭の亀裂も気にしてないみたいだ。
刺し傷から大量に出血してるけどそれも……ん、刺し傷?
*
「ファイアボール!」
※
藤原さんが3発目を撃ち切った。
もう魔法は使えないが、彼女にはあと一つ仕事がある。
俺はロードの攻撃を防御しながら叫んだ。
「藤原さん、ナイフを貸してくれ!」
その指示に彼女は一瞬困惑したがすぐに切り替え、
俺の足元目がけてナイフを滑らせてくれた。
俺はロードの攻撃を回避しつつナイフを拾い、逆手に持った。
ヒュウはナイフを突き刺した!
※※
…やっぱりそうか!こいつ、突属性に弱いんだ!
どう見ても俺より非力な藤原さんの攻撃が効いてたわけだ。
斬属性、打属性には耐性があるんだ。まるでゲームみたいだ。
ゴブリンロードは大斧を振り回した!
※※※※ ※※※
その発見に喜んだのも束の間、
ロードの攻撃によって盾が破壊された。
レンタル品だからガタが来ていたのか、
ロードが強すぎるのかはわからないが、
とにかく俺は吹き飛ばされてピンチだ。
「ヒール!」
++++++++++
松嶋さんの回復魔法が飛んできた。
体の芯からじんわりと温かくなって気持ちいい。
…というか、今のは使うタイミングだったのだろうか?
実はあんまり痛くない。重い衝撃は伝わってきたんだが…。
「あっぶねー……
緑のバー、残りギリギリだったぜ…
あたしに感謝しろよな、朝霧!」
え、HPバー?そんなの見えてんの?
また俺の知らない情報が出てきやがった…。
とりあえず親指を立てて感謝は伝えた。
*
もう盾はない。さっき手放した愛斧を拾い、
かろうじてそれで攻撃を防いではいるけど
いつまで耐えられるかわからない。
「アイスジャベリン!」
※※
高橋はもう30発以上も撃ち込んでる。
素のMPならとっくに尽きてるはずだが
どこかで焼きキノコを仕入れてきたらしく、
それを食いながら戦っている。
変な奴だけど今は頼りになる。
「高橋!あいつの右手を狙えるか!?」
「やってみるよ!…アイスジャベリン!」
※※
…よし!中指を落とした!
「アイスジャベリン!」
※※
小指!
ゴブリンロードは大斧を振り回した!
※※
握力が弱まったおかげでさっきより全然軽い。
これなら防ぎきれる!
「アイスジャベリン!」
※※
薬指も逝った!あとは人差し指だ!
「ごめん!もうキノコないや!アハハ!」
高橋ィーーー!!
*
2人が倒しきれなかったら俺がなんとかする。
最初の作戦通りだ。ロードの攻撃力は弱まった。
回復役のMPはまだある。俺にはナイフと斧がある。
戦士としてやるべきことは前に出て戦うことだ。
ゴブリンロードは大斧を振り回した!
※※※
「ヒール!」
++++++++++
…当たっても痛くない。さっき学習した。
アドレナリンの分泌がどうとかじゃない、
これは…いや、ここはゲームなんだ。
みんなには後で教えるとして、今は目の前のボスキャラに集中しよう。
俺はあえて攻撃を喰らいつつ、ロードの手にしがみついた。
そして、残った人差し指を狙って何度もナイフを突き刺した。
※※ ※※ ※※ ※※
ロードは右手の指を4本失い、とうとう武器を地面に落とした。
俺はすかさず大斧を拾い、奴のスネに向かって振り抜いた。
大昔から漫画とかでよくある、巨人殺しの方法を実践するつもりだ。
※※※ ※※※ ※※※
ロードは右足を斬り落とされ、体勢を維持できなくなって倒れ込んだ。
俺、今すっごく主人公してる。誰か撮影しててくんないかなぁ…。
それはそれとして、ゴブリンロードの頭頂部がガラ空きだ。
ここで決めなきゃ主人公じゃない。 やるぜ俺は……
ゆっくり近づいて……
…まっすぐに振り下ろす!
※※※※※※※※※※
*
……俺たちはゴブリンロードを倒した!
噴水のような返り血を浴びて全身真っ赤だけど、
床は奴の頭の中身でドロドロだけど、俺たちは歓喜していた。
これで確定ドロップのステアップアイテムが手に入る。
俺たちは座り込み、魔法陣の中心に注目して待機した。
……。
……。
…?
あれ、出てこない?
全員で顔を見合わせていると、再び魔法陣が光り出した。
「えっ…!?私じゃないよ!?」
藤原さんが慌てて訴えかける。
確かに彼女のせいでも、誰のせいでもないと思う。
何かがおかしい。ボスを倒したのは初めてだけど、それはわかる。
これは不具合発生中かな…?と、ゲーマーの勘が告げた。
*
魔法陣の中心からはロードとは別物の頭が迫り上がろうとしていた。
それには動物の角のようなものが生えていた。それはまるで……
「“牧羊犬”!」
仲間たちは突然の俺の行動を不思議がった。
でも今這い出てこようとしているモノの姿を見て納得した。
ヤギが近くにいる。
そしてそれはただのヤギじゃない。
……バフォメット。山羊頭の悪魔だ。
ゲーマーの勘が告げる。こいつはロードよりヤバい。
今の俺たちじゃ確実に太刀打ちできない。
全滅したら入口に帰されるだけだとしても、
仲間と力を合わせてもぎ取った勝利の証を諦めるのは癪に触る。
なんとか乗り切る方法はないだろうか……。
「……しゃーねーなー」
松嶋さんが頭を掻きながら立ち上がった。
そしておもむろに服を脱ぎ始めた。
「えっ!?松嶋さん何やってんの!?」
「うるせ!こっち見んな!」
見たいけど、すごい剣幕だったのでやめといた。
藤原さんが壁を作って彼女をサポートしてるし…。
迫り上がるバフォメットに不安を感じながらも、
松嶋さんがどうにかしてくれるという安心感もあった。
きっとあのスキルを使うのだろう。
「“消滅”!」
「…えっ 松嶋さん、ルビは!?」
「るびー?なんのこっちゃ…
……つーかこっち見んじゃねー!!」
ああ、やっぱりそうか…。松嶋さんは全裸だ。
強力なスキルだけど、代償として服も消えるみたいだ。
だから、あらかじめ脱いでおいたんだろうなぁ。
…ってことは、常に裸ならスキル使い放題じゃね?
「そのスキル、最高じゃん!」
「うるせ!お前も消すぞ!」
*
管理センターへやってきた。
ロードを倒した直後に現れたのは、読み通りバフォメットらしい。
上級者でもちゃんと対策しないと瞬殺される強ボスとのことだ。
不具合ではなく、ごく低確率で起こる現象だそうだ。
そういう情報は先に知りたかったよ…。
ちなみに戦利品のステアップアイテムはMP強化が1つだけだった。
俺には関係ないから3人で話し合って決めてもらうことにした。
俺は記念にゴブリンロードの大斧を持ち帰りたかったけど、
ダンジョンのリセットと同時に消えてしまった。
*
帰宅後、すぐにシャワーを浴びて夕食を済ませた。
朝に飲む牛乳が切れてたので、俺は買い物に出掛けた。
*
夜の公園。コンビニへ行くルートからは外れるけど
少し一人になって今日の勝利を噛み締めたかった。
やっぱり俺だけじゃ勝てない相手だったよな。
仲間と一緒だったから勝てたんだ。
藤原さんのナイフがヒントになって弱点わかったし、
あの子は焼きキノコ製造機になれる。
高橋は普通に攻撃役として有能だと思った。
脳味噌ぶち撒ける度に笑うのは気持ち悪いけど。
松嶋さんはいい体をしている。
あとヒールが気持ちよかった。
俺は探索者の仕事にちょっと興味があっただけの男子高校生だ。
世界を救うとか、誰かの復讐とか、ドラマティックな理由はない。
何度か試してみて、合わなかったらやめようと考えていた。
今はこの仕事をもう少し続けてみようかなと思っている。
他の同い年の子たちは部活とかバイトで忙しいんだろうけど、
こんな青春を送るのも悪くないと感じ始めている。
今日のパーティープレイは楽しかった。
ゲームやってるみたいで楽しいって本当だったんだな。
まさか本当にゲームみたいなシステムだとは思ってなかったけど…。
とりあえず来週もあいつらと一緒に行く約束したし、
それまでに返り血対策でレインコート買っておこう。
初心者にはちょっと厳しい場所だって聞いてるから
今まで以上に気を引き締めていかないとな。
俺たちに当たりスキルはない。
でも一緒にいると楽しい。次も頑張ろう。
朝霧 風 : 牧羊犬
藤原 樹絵璃 : 資金洗浄 ファイアボール
高橋 水人 : 資金洗浄 アイスジャベリン
松嶋 光 : 消滅 ヒール