2.新たな海域
大王烏賊は現在隣接する海域に向けて数日かけて移動していた。
時折こちらの姿を見ると逃げ出す者が多い中、己の実力を過信した奴らが襲って来おった。
図体だけがでかいだけのサメは絞め殺し、背後から奇襲してきた気色の悪い柄のウツボを触手を細く硬く槍の様にさせて刺し殺してやった。
(他愛もない。)
サメは大味でウツボは食う気にもなれんかった。
それからは小型の肉食魚の群れ、素早く泳ぎ廻るダツなんかにも襲われたな。
相変わらず怖いもの知らずのモンスターから襲われ続けておった。
しばらくして隣接する海域が近づいてきたのか元いた海域とは違う変化が見られる様になった。
海面を見上げるとそこには氷の塊が浮かんでおり、先へ先へと進んでいくに連れて氷の大きさも大きくなっていった。
その海域はそのほとんどが氷に覆われた場所であり、海面も氷の大陸と化し人類が住めないほど気温が低い場所だった。
寒くて身が引き締まってしまうな。
「この辺りで一度外(海面)の様子でも見て見るか。」
我が海中から頭を出せばそこは極寒の大地に吹き荒れる猛吹雪で辺り一面銀世界。というよりも何も見えない極寒地獄だった。
雪と氷の以外生き物の気配を一切感じない。
(ふむ、戻るか。)
大王烏賊は海中に潜り氷の下を進んでいた。
「隣の海域までやって来たもののまず何からやっていけばいいのか。手始めにこの海域に住む奴らでも狩るか。」
この海域にやってくる道中にモンスターに襲われはしたがこちらから戦闘を仕掛けた事は無かった。
今後の方針を思い描いていた大王烏賊の近くをモンスター達が争っている様だった。
「ん?何事だ?」
そこでは2メートル近くもあるクリオネとそれを追い回す3頭の海獣達であった。
追い回している海獣達はアザラシに似ているがサイズが5メートルは超えている巨体をしていた。
巨大アザラシ達は挟み込む様にして巨大クリオネを襲い、巨大クリオネも負けじと頭から触手を巨大アザラシの頭に絡み付けていた。
大王烏賊は争い合う生物達に忍び寄るかの様にして近づき、触腕で纏めて生物達を叩き潰した。
呆気なく終わった戦いの後に残ったのは潰れたアザラシとクリオネの姿だけだった。
大王烏賊はそれぞれの死骸を触腕で絡めてから口へと運んだ。
「味は・・・普通だな美味くもなく不味くもない・・・」
そんな味の感想を呟いた大王烏賊は氷に覆われた海面を見上げていた。
その氷は遥か数十キロ、数百キロにも及ぶほど広大に広がっており、厚さはまばらなのか太陽光が透けて見える箇所もあれば、暗く光を通さない程厚くなっている箇所も見られた。
「ふむ。もう一度海面に出てみるか。」
そう呟いた大王烏賊は太陽光が反射してきらめく海面が見える氷の薄い箇所に触腕を叩きつけて、氷の大陸に穴を空けた。
その穴の大きさは大王烏賊の頭を出すには小さすぎたので幾たびか触腕で掘削しながら穴を拡張し、十分な大きさになったところで海中から勢いよく飛び出した。
「やっと出られた。ここもまた何もn!?」
我がそこで見たものは見渡す限り白い氷の世界に燦々と照り付ける太陽、氷の陸地に遠くに白銀の山。
そしてそして我を取り囲むアザラシ、トド、オットセイ、セイウチなどに似た海獣モンスターの群れ。
1頭1頭の大きさがでかく、1番小さい個体でも体長3メートルを超えており1番でかいセイウチ型の海獣モンスターに至っては砦のようなサイズだった。
海中からいきなり飛び出してきた我の姿に海獣達も驚いて硬直しておった。
それは我も同じだった。
(何だこの圧倒的な海獣達の群れは!?)
数秒、いや数分とも感じる程の静寂が辺りを包んでいた。
(下手に動いてはならぬな。周りの雑魚どもはまだしも一際馬鹿でかい奴、あれは正に・・・)
大王烏賊が最も警戒しているセイウチが、寝そべっていた巨体を起こしこちらの姿を捕捉した。
その個体から発せられる強者特有の気配を感じた大王烏賊は、この時点で自分よりも何倍も強い存在である事を理解した。
(生き残る為にするべき事は一つしかないのぉ。)
大王烏賊は無謀な事はせずに、生き残る為にはプライドを捨て去ることを恥だとは思っていなかった。
全てはクラーケンの座を得る為にここで死ぬわけにはいかない。