第二十一節 魔王と魔法…その1
マオが働き始めてからはや一か月。
気づけば夏も直前で、蝉の声が少しずつ聞こえてくる季節になった。
[―――本日も最高気温を更新しており、各所で熱中症の注意が必要で―――]
テレビからは連日のように今年の高い気温に関するニュースが流れている。
「うわぁ、今日もこんなに暑いのかぁ。」
「まだ六月なのにね」
土曜日の朝。
学校が休みの私はリビングでお母さんと朝ご飯を食べていた。
「そういえば、マオちゃんまだ起きないのかしら」
「最近夜更かししてるみたいだからね」
バイトを始めたての頃は毎日くたくたで帰ってきては、ご飯とお風呂を済ませるとすぐに寝てしまっていたはずなのに。
最近はそんな生活にも慣れてきたのだろう、毎日夜更かしをしては何やら魔法の研究をしているようだ。
もともとは物置として使われていた私の隣の部屋から、毎夜マオのかすかな魔力を感じるのだ。
何の魔法を研究しているのかと聞いてみても、それはできてからのお楽しみだそうで。
最近はこうして朝に顔を合わせる回数が少し減り、わたし的には普通にさみしい。
気が付くとテレビは天気予報から切り替わり、この時期特有の心霊番組のCMに切り替わっていた。
ぼんやりとしながら惰性でテレビを眺めつつ、朝ご飯を口に運んでいると、、、
―――ドゴオオォォォォン!!!!!
「わ!なに!?」
二階から大きな魔力反応と爆発音が聞こえた。
あの魔王、朝っぱらからいったい何をやってるんだ、、、
「私見てくるよ。お母さんはここにいて!」
大きな音にびっくりして腰を抜かしているお母さんにそう言うと、私は二階へと駆け上がる。
そのままマオの部屋の扉を勢いよく開くと、案の定部屋の中は煙だらけだった
爆発の張本人を探そうとしてみるけど、煙で姿がよく見えない。
「マオ!なんの爆発なの!?大丈夫!?」
私が大きな声を出すと、煙の中から聞きなれない高い声が聞こえた。
『うへぇ、完全に失敗した、、、』
ゆっくりと晴れていく煙の中には、どこかマオっぽい面影を残す、小さな少女がしかめっ面で立ち尽くしていた。
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「それで、これは一体どういうこと?」
爆発によって散らかってしまったマオの部屋を簡単に片づけて座れるスペースを確保すると、私は小さくなったマオに問いかける。
『ここ最近ずっと姿を変える魔法を研究していて、やっと完成したと思ったんだ。それで試しに使ってみたら、、、』
そういいながらマオは自身の体を見下ろす。
黒く艶のあるロングヘアに、真っ白な肌。手足は細いけれど、子供特有の柔らかさを感じる。
あんなにも大きかった胸はぺったんこになり、私よりも高かった背も、今では私の胸ぐらいまでしか無い。
顔も体同様に幼い顔つきにはなっているが、それでもこの世のものとは思えないほど整っており、お人形さんみたいとはまさにこのことだ。
ちょこんと私の正面に座りながら、手を顎に当て、うーんうーんとうなっている。かわいい。
『理論的には間違いはないはずなのに、、』
魔法がうまくいかなかったことが悔しいのか、かなりしょんぼり顔のマオ。
、、、というかこれは失敗なの?姿自体はきちんと変わっているし、成功なのでは?
私の視線で言いたいことを察したのか、当たり前のように心を読んで口を開くマオ。
『失敗だ。俺は体の一部分を小さくしようとしただけなんだ。それがこんなに幼い姿になってしまうなんて』
ため息をつきながら、ぺたんこになった胸に手を当てて話すマオ。
「もしかして小さくしようとした部位って、、、」
『、、、、、だって重いし、動くと痛いし、足元も見えづらくて不便だったから』
マオの悩みは共感できる部分も大いにあるが、それにしても魔法で無理やり姿を変えようだなんて。
「その魔法は大丈夫なの?かなり体に負荷がかかる魔法に思えるけどさ。小さくなっちゃった以外に何か異変はない?」
私の言葉に反応して、マオは自身の体のあちこちを確かめるようにぺたぺたと触っていく。
一通り確認し終わって、今度は手のひらを見つめて、何か力を込める動作をしている。
ぐっ、ぐっ、ぐっ。
見た目的にはすごくかわいいんだけど、いったい何をしてるんだろう。
何度か力を込めていくと、だんだんマオの顔に焦りが見えてくる。
『あれ、なんで、おかしい』
ぐっ、ぐっ、ぐっ、ぐっ、ぐっ。
何度も何かに挑戦して、やがてあきらめたのか手をおろすと、少し泣きそうなウルウルした瞳で私を見上げて言った。
『魔力が練れなくなってる』
なんてこったい。
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その後、半べそかいてるマオを慰めながら、様々な治癒魔法をマオにかけたが、どれも効果がなくマオは幼い姿のままだった。
『里奈、もういいんだ。おそらく時間がたてば元に戻るよ。もともと込めた魔力量に応じた時間で姿が変わるように魔法を構築したから』
「でも、いったいいつまでこのままか見当はつかないんでしょ?」
『まあそれはそうだが、今回は実験だったから、そこまで魔力込めてなかったはずだし』
「うーん、まあマオがそう言うなら待つしかないね」
『そういうことだ。、、、、それでその、、いつまでこうしてるつもりだ?』
マオは今、私の腕の中。
正確には座っている私の脚の間に座らせて、後ろから抱きしめている。
「だってちっちゃくなったマオかわいいんだもん」
かわいいからしょうがないよね。だって大人の時があんなに美人なんだもん。そりゃその子が小さくなりゃかわいいわ。
治癒魔法をかけるという名目で、ぎゅっと抱きしめ、頭をなでたり、ほっぺを触ったりする。
ちっちゃな声で、あぅって言いながら、真っ赤になってるマオ。ほんとかわいい。
『うぅー、、、もう終わり!もうだめ!』
私の拘束を振り払い、私から距離をとるマオ。
その顔は相変わらず真っ赤で、少し目が潤んでいる。
、、、ちょっとからかいすぎたかな、反省。
「あらら、ごめんねマオ、あんまりにもかわいいから意地悪したくなっちゃって」
『かわいいって言うな!こっちは大変なんだからな!』
赤い顔でこちらを指さしながら私を非難するマオ。
どうしよう。がんばって背伸びをしているかわいい幼女にしか見えない。
「ごめんね、マオ」
『っ!ま、まあ分かればいいんだ』
私が一歩近づいて頭をなでながら謝ると、まんざらでもない感じで許してくれる。ちょろかわいい。
かなり脱線してしまったので、話をマオの体の話に戻す。
「とりあえず、きょう一日はその体で過ごすしかなさそうだね」
『むぅ、明日には治っててくれないと仕事が、、、』
「まあしばらく様子を見てみよう。もし治らなかったらまたいろいろ魔法を試してみよう」
『うん、そうだな。ありがとう。それにこの体は軽いし、きっと悪いことばかりじゃないさ』
にこりとマオは笑う。
まあ本人が時間経過で治るって言ってるんだし、きっと大丈夫でしょ。
それよりも何か忘れてるような、、、?
―――ガチャ!
「マオちゃん、大丈夫なの!?」
「『あ』」
そこから私たちは必死でお母さんに言い訳とごまかしをして、何とかマオが小さくなってしまったことを説明した。
といってもお母さんはマオと出会った初日にマオの不思議な力を見ているから、意外とすんなりと受け入れてもらえた。
、、、私もマオと同じく魔法が使えるってこと、早く伝えなきゃな。




