第十六節 お姉ちゃん勝負!その3
―――じゃあ二人は部屋で待っててね。
早紀という女の子は茜と里奈にそう告げるとさっさと二人を里奈の部屋に追いやってしまう。
え?俺置いて行かれるの?この人とまだ全然なじめてないんだけど。里奈、カムバック。
俺は少し呆然としながら、キッチンから出ていく二人の背中を見送る。
同じように二人が出ていくのを確認したこの少女は、くるりとこちらを向き、真面目な顔で口を開いた。
「あなたに聞きたいことがあります」
敵意を隠さない目つきで俺と相対する少女。俺何かしたっけかな。
『答えられる範囲であれば、なんでも答えよう』
とりあえず俺も真面目な雰囲気を出しつつ返事をする。
正直言ってこんな空気は好きじゃない。この少女が里奈の姉のような存在であることはあらかじめ聞いていたし、それならなおさら仲良くしておきたい。
少女は少し気圧されたような雰囲気だったがぐっと持ち直すと問いかけてきた。
「あなたは何者ですか」
、、、、、まるで俺が普通じゃないことを確信しているような問いかけ。
まあ確かに普通じゃないか。この子からすれば妹分の家に上がり込んできた怪しい人にしか見えないはずだ。
ここは潔白を証明するためにも誠実に答えよう。
『わたしの名前はマオ。わけあって一度死んだような状態になってしまってね。気づいたら身寄りも行く当てもない状態になってしまったのだ。そこをママさんに拾われ、里奈と知り合い、今はこうしてこの家にお世話になっている』
、、、怪しすぎる。なんだこれ。もっと信用が得られるような紹介は無かったかな。
でも嘘をつくわけにもいかない、真実を全て話すわけにもいかない。これが限界だ。
少女はじぃぃっと見つめてくる。その背後に怪しいという文字が浮かんで見えるようだ。
「、、、嘘は言ってなさそうですね。まあ、あなたが悪い人じゃないのはさっきまでの里奈や茜ちゃんとのやり取りを見て何となくわかっていました」
じゃあなんで聞いたんだよこっちめっちゃドキドキして答えたぞ。
ぐっと文句を飲み込み相手に話を促す。
『じゃあ何が聞きたいんだ?正直わたしもこれ以上話せることはあまりないんだが、、』
俺、話せる内容少なすぎ。まあしょうがない。こっちの世界来たばっかだし。
少女は少し困ったような顔をして口を開く。
「、、、なんとなく、あなたからは変な感じがするんです。なんというか、、、こう、、ぞわぞわするような感じといいますか」
え、普通にショックだが。俺は何となくで警戒されてるのか?
ショックが顔に出てしまったのか、少女は慌ててさらに口を開くと
「違うんです!、、その、、失礼な意味ではなくてですね。実はあなたと似たような雰囲気を先週里奈と久しぶりに話した時にも感じたんです。、、、、こんな感覚は今まで感じたことがありませんでした。だからこそ不安になり、こんな形でその正体を探ろうとしたのです」
里奈にも感じた?今まで感じてなかったのに?
俺は少し考えて、一つの仮説にたどり着く。もしかしてこの少女、、
俺は自分の体に魔法をかける。こちらの世界に来た日にも使った魔法である隠蔽魔法。
『変なことを聞くかもしれないが、今のわたしの姿が見えているか?』
少女は俺の質問に戸惑いながらも
「えっと、、そりゃ見えてますけど、、どういう意味ですか?」
隠蔽魔法はあくまで視覚のみしか騙せない。魔力が感知できるものには通用しない。
つまりこの少女には魔力が見えているということだ。
魔法というのは感覚では扱えない。神界でこちらの科学技術についてもいくつか学んだが、一番近いのはコンピュータなどのプログラミングだ。魔力という動力源をもとに様々な命令を下し、変換し分解し組み立てる。そう言ったプロセスを経て魔法というのは使うことができる。
だがしかし、世界には天才と呼ばれる類の人間もいる。彼らは無意識に魔法を構築し、想像力と感覚で魔法を組み立ててしまえる。
こちらの世界は魔力濃度が極端に低い。普通に生きていれば魔力を感知などできるはずがない。だがこの少女は間違いなく魔力を感知している。
『なるほど、、、天才だな』
この少女にしかわからない言葉にできない魔力の感覚。久しぶりに会った妹分からそんな感覚を感じ取って、その上家に知らない人間が居ついたとなれば、そりゃ心配するはずだ。
俺の言葉を聞いた少女はさらに混乱した表情を浮かべる。
「この感覚はいったい何なんですか?天才っていったいどういうことなんですか?」
不安げな表情を浮かべる少女。
、、、これはもうごまかしきれないな。
『君が感じ取っているのは魔力だ。ほら、よく漫画とかであるあれ。俺や里奈はその魔力を扱うことができるんだ』
試しに浮遊魔法を使う。前世のように飛び回ったりは出来ないが、ちょっと浮くぐらいならできる。
いきなりふよふよし始めた俺を見て少女は目を丸くする。
「そんなことが現実に、、、」
俺は魔法を全て解くと彼女の目を見つめる。
そしてそのまま頭を下げる。
『すまない、このことは誰にも言わないでくれ。もちろん里奈にも。あの子の前では魔力など知らないふりをしてくれないか?』
「え?でも里奈も使えるんですよね。なのにどうして、、、」
『里奈はひどく悩んでいる。この世界において魔法は危険すぎるものであることを理解している。だからこそ、君や茜に伝えることを怖がっている』
現に里奈はあの日、俺とこの世界で初めて会った時以来魔法を使っていない。魔力欠乏が治った後も使うことはなかった。だが里奈は強い子だ。きっと自分の中でしっかりと整理して、二人にも自分の口から伝えるだろう。
『俺は彼女を信じている。必ず君たちに対して、勇気をもって告白する日が来るはずだ。その勇気を無駄にしたくない』
だから
『改めてお願いだ。魔力のことは知らないことにして欲しい。そして、里奈が勇気をもって伝えてきたその時は、彼女を受け入れてやってくれないだろうか』
俺は彼女に頭を下げ続ける。誰かに首を垂れるなんて何年ぶりだろう。数百年はしてないな。
しばらく頭を下げ続けると彼女がようやく口を開いた。
「、、、分かりました。魔力のことはまだ実感がわきませんし、私は里奈がどんな子であっても受け入れてあげたい。だから、知らないふりをしてあげます」
その言葉を聞きゆっくりと顔を上げる。彼女の顔はまだ戸惑っている様子だったが、少なくとも最初のような警戒心は無くなっているように感じた。
、、、と思ったのもつかの間
「それにしても、、、里奈のことずいぶん気に掛けますねぇ」
少し小悪魔めいた表情を浮かべる。まずい、この雰囲気はママさんと一緒だ!
「里奈のことはどう思っているんですか?」
ぐ、答えづらい質問だ。ママさんはだいぶ天然だから簡単に誤魔化せるが、この少女はそうはいかなさそうだぞ。
『、、それはどういった意味合いだ?』
「お好きなように受け取ってください」
さっきまでの殺伐とした雰囲気はどこへ行ったのか一気に楽しそうな雰囲気になる少女。
俺の答えを楽しそうに今か今かと待ちわびている。
ぐぅ、逃げ場は、、、、無いのか、、、、
『、、、、好きだよ。身寄りのない俺を拾ってくれたし、今は家族のように接してくれている。俺には今まで家族がいなかったから、温かさを感じているよ』
死にたい。今間違いなく顔が真っ赤だ。正直俺は恋愛感情はよく分からんし、そういった意味で里奈を好きかは自分でもわからない。でも、俺を守ると言ってくれた彼女を思い出すと、胸が締め付けられるような思いになる。できる限り、ずっと一緒にいたいと思ってしまう。
「、、なるほど。"好き"なんですね?」
おい、そこを強調するな、恥ずかしい。
「わかりました。もうあなたを疑うのはやめます。あなたの気持ちはしっかりと伝わりましたよ。これからも里奈のことをよろしくお願いします」
彼女は満面の笑みで俺に言った。本気で里奈のことを心配していたはずなのに、俺のことを疑っていたはずなのに、彼女は俺を信じてくれた。
『あぁ、ありがとう。早紀』
『だが俺をいきなり信用し過ぎじゃないのか?俺を怪しいと思う君の感性は間違いなく正しいはずだ』
ついつい小言が出てしまう。前の世界では信用されるということなど無かった。常に疑われ、裏切られ、命を狙われる。その時の癖で、俺を信用してくれると言ってくれる彼女をつい俺が疑ってしまう。俺なんかが人に信用されるはずがない。そんな考えがどうしても頭から離れない。
「大丈夫ですよ。最初はそりゃ怪しかったけれど、今はもう大丈夫です。だってそんな顔見せられちゃったら、、、」
顔?何か変な顔をしていただろうか、、、
そう思って俺が自分の頬を触ると早紀は軽く笑って
「恋する女の子の顔ですよ。ふふ、ほら、さっきからずぅっと顔真っ赤ですよ」
その言葉に、俺はさらに顔を赤くするしかなかった。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
トントントン
包丁を使う音がキッチンに響く。
早紀と並んでお昼ご飯を作っていく。
早紀はとても手際がいい。最初にかなり時間を使ってしまったため、もう勝負という形ではなく、俺と早紀の二人で協力しててきぱきと料理を進めていく。といっても俺ができることは少ないけど。
「そういえば、さっきは途中から一人称が俺になってましたけど、そっちが素なんですか?」
ギクッと背筋が伸びる。つい一人称が戻ってしまった。しまったな。
『ま、まあそうだな。できる限りでないようにはしてるんだが、気を抜くとつい』
「なるほど。まあマオさんてびっくりするほど美人だし、俺っていうのもなんだか似合っていてかっこいいですよ」
急に褒められると少し照れてしまう。あまり褒められなれてないんだ。というか、かわいいとか美人って言われても嬉しいもんなんだな。
「あら、マオさん顔赤いですよ?そんなに綺麗なら言われ慣れていると思うんですけど、恥ずかしがるのもかわいいですね」
何この子!?急に来るんだけど!?さっきまでの真面目な感じなのはキャラか?もしかしてこっちが素なのか??
『、、ゴホン。からかうのはやめてくれ』
「ふふ、すみません。可愛くてつい」
また言った。なんだかこういったところは里奈に似ている気がするな。あいつもすぐかわいいって言うし。
小競り合いを続けながらも調理の手は止まらず、20分程度でお昼ご飯が出来上がった。
「二人ともー!降りておいでー!」
早紀が二階に声をかける。すぐに里奈の部屋の扉があく音と、二人分の階段の音が聞こえた。
「お腹空きましたぁ」
「ほんとだよー。ってあれ?四人分全部同じ料理だね。勝負してたんじゃなかったの?」
里奈がテーブルを見て疑問を口にする。
「いやぁ。マオさんと話してると気が合っちゃってさ。結局二人で作ろうってなったんだよ」
なるほどなぁと呟きながら里奈と茜は席に座る。
「せっかく二人が作ってくれたんだし、冷めないうちに食べちゃおう!」
「「「『いたたきます』」」」
みんなで手を合わせて食事を始める。
ちなみにメニューはオムライスとオニオンスープ、アボカドサラダだ。先ほど早紀はまるで勝負がなくなったかのように話したが、実際は違う。里奈と自分の分のオムライスは俺が作ったのだ。
里奈がオムライスを食べるところをドキドキしながら見守る。自分の料理を人に食べてもらうなんて初めてだ。味見はしたし、大丈夫なはず。
里奈は一口食べると少し目を見開いて、そのまま二口目を食べる。
どうだったかな。あんまり口に合わなかったかな。
不安になって里奈の顔を見つめる。
里奈は俺の目線に気づくと少し驚いたような顔で問いかける。
「、、これ、マオが作ったの??」
『、、、そうだよ。口に合わなかったか、、、?』
ついネガティブな言葉が出てしまう。自分で味見したときはおいしいと思ったんだけど。
つい顔を伏せてしまうと、すぐに頭に温もりを感じた。
「ううん。むしろ逆だよ。こんなにおいしいオムライスは初めて食べたかも。本当においしいよ、ありがとう、マオ」
そういいながら里奈は頭を撫でてくる。
あぁ、顔あっついなぁ。でも、嬉しい。おいしいって言われることってこんなにうれしいんだ。
今顔上げてもきっと真っ赤で笑われちゃうから、もう少しこのまま、、、
しばらくの間、俺は里奈に頭を撫でられ続けた。
「ふふ、、その顔だよ。マオさん」
早紀の言葉が小さく響いた。
お姉ちゃん勝負終了です。
早紀ちゃんの姉力が高すぎる。
次話からまた勇者ちゃん視点で進んでいきます。




