第十二節 友達
――――ピンポーン
ご飯を食べてから数時間後、私はインターフォンの音で目が覚めた。
『、、、んぅ、、すぅ、、』
魔王は起きなかったみたいで、赤ちゃんみたいに私の手を握りながら眠っている。魔王の頭を少し撫でてから私は体を起こす。
スマホを確認すると数分前に茜から「今から行くよー!」というメッセージと猫のスタンプが来ていた。
「魔王、起きて。茜がお見舞いに来てくれたみたい」
少し名残惜しい気もするが魔王に呼びかける。
『ん、、んぅ、、ふぁぁぁ』
目をとろんとさせながら欠伸をする魔王。可愛すぎんか?
『うぅ、、ん、、』
なんだかずっとむにゃむにゃしている魔王。やっぱり魔力を放出し続けるのは負担が大きいんじゃないだろうか。すごく疲れているように見える。
「魔王、大丈夫?」
『、、ん。、、だいじょうぶだ』
あんまり大丈夫に見えない魔王にさらに声をかけようとして、、
―――コンコン
ノックの音が響く。勝手に入ってこないということは茜だろう。お母さんと魔王はなぜかこっちが答える前に入ってくるんだよな。
「茜?いいよ。入って」
ガチャリとドアを開け入ってきたのはやっぱり茜だった。
茜は私を見て、私たちが繋いでいる手を見て、魔王を見て固まった。
この子今何考えてるのかな。絶対誤解してそうだよね。可愛いお口があいてますよ。
数秒後、一気に顔を赤くした茜はあたふたし始めた。
「茜。この人は最近知り合った人でね、今はうちに居候してるの。だから今茜が考えてるようなことは何もないよ」
「な、何も考えてないよ!?別に里奈ちゃんとその人が付き合ってたり、今日休んだのも何か人に言えないような秘密の」
「茜、ストップ。私はそこまで言ってないから」
この子はいったい何を言い出すんだろう。私と魔王がそんな関係に見えるのかな。
ちらりと魔王の様子を伺うと、茜のほうこそ向いているがなんだかまだぼんやりとしている。ほんとに大丈夫?
「マオ。この子が私の友達の茜。、、って朝もあったんだっけ?」
『、、、、、』
返事がない。魔王はどこか虚ろな目をしている。それでも私の手は握ったままだし、魔力もずっと私を包んでいる。
「、、、マオ?」
『、、、、、』
茜も様子が変だと思ったのか、固唾を飲んで見守っている。
ねぇ、と続けて声をかけようとした次の瞬間。
ぐぅぅぅぅぅぅぅ、、、、
魔王のお腹から聞いたこともないような大きな音が響いた。
「、、、、、」
『、、、、、』
「、、、えっと」
顔を赤くした魔王は恥ずかしそうにこっちを見ると
『、、、お腹空き過ぎて、、しにそう』
、、、あれ、私の部屋、寒くない?なんだか空気が死んでる気がする。気のせいかな?
とんでもなく気まずい空気の中、一番勇気があったのは茜だった。
「あの、、これ、食べますか?」
おそらく茜はうちに来る前にコンビニでも寄ったのだろう。ビニール袋の中からプリンなどのデザートや菓子パンが出てきた。
『、、、、いいの?』
おい魔王。多分それ茜が私に買ってきてくれたんだぞ。あとそのかわいい喋り方なんだ。普段は妙に堅苦しい喋り方だろ。かわいいなおい。
「はい、いいですよ」
魔王に正面から見つめられ、顔を赤くした茜が即答する。え、いいの?私のは?
あれ、茜さん?そういえばあなた朝魔王に連絡先渡したって聞いたけど、これってもしかしてたりする?朝の件といい今の表情といい、今まで見たことのない茜を見ている気がする。私のお見舞いに来てくれたんだよね?魔王に会いに来たわけじゃないよね?
魔王が茜に近づいて、ぺたんと女の子座りする。
茜の手からメロンパンを受け取るとすぐにおいしそうに頬張り始めた。
「、、、かわいい」
心の声が漏れてますよ、茜さん。
茜はパンに夢中になっている魔王の頭を撫でる。魔王も特に嫌がる様子もなくそれを受け入れる。なんか似たような構図を最近動画サイトで見た気がする。ペット系の動画だ。
魔王はパンをぺろりと平らげると立ち上がり、
『ありがとう、茜。本当にもうすぐで死ぬところだった』
パン一つで元気になったらしく、さっきまでのかわいさは引っ込んで、その代わりに出てきた美しい雰囲気とともに魔王は復活した。あとさりげなく茜を呼び捨てている。
「いえ、そんな、、。元気になってよかったです!」
顔を赤くした茜が魔王を見上げながら話す。魔王と茜だと身長差がかなりある。二人ともすごく整った容姿だしなんだかお似合いに見えてしまう。
私はなんだかそれが気に入らなくて、ベッドから降りると魔王の服の袖を引っ張って、茜から一歩遠ざける。
「マオ、、近い」
魔王はそんな私の様子を見て少し不思議そうな顔をした後、にこりと笑って私の頭を撫でてくる。
「こら、茜もいるんだしやめろ」
『ふふ。元気になったようで何よりだ』
「、、、、尊い」
「ごまかすな。、、、ってあれ?」
確かに妙に体が軽い。回復している量が午前中よりも多いような、、、
大幅に回復しているわけではないが、それでも大分しんどさがなくなった気がする。
、、、あと
「茜、いま何か言った?」
「ううん、何も言ってないよ」
すごくニコニコしている茜。おかしいな。何か言ったように聞こえたんだけど。
私が訝しんでいると、魔王は茜のほうに向きなおって
『改めて自己紹介だ。お、、わたしはマオ。行き場をなくしていたところを助けてもらってね。今はこの家にお世話になっている』
「わ、私は皆月茜です!里奈ちゃんの幼馴染です!」
『そうか。これからも仲良くしてやってくれ』
そういいながら魔王は微笑む。その顔やめてくれ、ほら茜が見とれてるじゃん。
「じゃあ里奈ちゃん。私はもうお邪魔かもしれないから帰るね」
お母さんみたいなことを言いながらバッグを持つ茜。
でも帰る前に、と言いながら茜が私に近づく。
そのまま茜は私にギュッと抱き着くと耳元でささやいた。
「元気そうで安心したよ。今日一日中ずっと心配してたんだからね?無理しちゃだめだよ?」
「、、、うん。ありがと」
私たちはしばらくそのまま抱き合ったままだった。
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茜が帰った後、私は魔王に聞いた。
「ねえ、魔王。なんだか魔力の回復量が上がってるみたいなんだけど」
『そうだろうな。午前中の倍ぐらいの濃度で包んだからな。いやあ、おかげで魔力を使いすぎてしまって意識が薄くなっていた。腹の音を聞かれたのは恥ずかしかったな』
倍って、、
それに魔力を使いすぎたって、魔王は大丈夫なのだろうか。
『大丈夫だぞ。俺は『魔力変換』というスキルを持っている。このスキルは食べたものをなんでも魔力に変換できるというスキルだ。』
私の顔を見て心が読めるスキルも持ってない?というか、そのスキルって魔力の少ないこの世界でめちゃくちゃチートなんじゃ、、
『心を読むスキルは持っていないな。スキルは一人につき一個らしいからな。ほかのスキルは転生の際にすべて封印してしまった。』
やっぱ持ってるよね??そういえば昨日封印の話を聞いたときにスキルも封印したって言ってたっけ。
『『魔力変換』でできることはそれだけではないのだが、まあそれは使わずに済んでよかった』
「それも気になるけど、、、とにかく魔王は魔力を使ってもご飯を食べれば回復できるってこと?」
『そうなるな。厳密に言えば食えればなんでも変換できる』
やっぱチートだ。この世界における魔法の問題点である魔力回復をクリアしているのだ。この世界は食べ物にあふれているし、実質無制限に魔法が使えるのか。
「でも魔力減ってお腹がすくとあんなかわいい感じになるんだ」
『っな、、!別にあれはなりたくてなっているわけじゃない。ただ頭が働かなくなるんだ』
顔を赤くする魔王。かわいい。
「ていうか、あっちのほうがかわいいよ。今の魔王はかっこいい感じだけど言葉が硬すぎるよ」
昨日から思っていたけど、前世で話しかけてきたときってもっと軽い感じじゃなかった?
私の言葉を聞いた魔王は、大きい胸の下で腕を組み考える。
『言葉遣いか、、俺は日本語を神界にある書物のみで学んだのだ。人と話す中で身に着けたわけではないから、崩した言い方がよくわからないんだ』
「なるほど。それで習得できてるのがすごいけどね」
言語って書物だけで習得できるもんなの?魔王は頭もいいのか。
「そーゆ―ことならこれから学んでいこう。私もいるし、今日は友達もできたでしょ?」
『友達、、、ふふ、そうだな』
微笑む魔王に私も笑いかける。
「改めて、これからよろしくね。マオ」
不意に名前を呼ばれた魔王はちょっと驚きながらもうれしそうな表情を浮かべた。
『こちらこそ、里奈』




