第十節 約束
数時間後、、、、
空腹感を覚えるとともに私は目を覚ました。
『、、、すぅ、、んぅ』
すぐ近くから寝息が聞こえる。
頭をたおしてそちらを見ると魔王がベッドに寄りかかりながら、自身の腕を枕にして寝ていた。
もちろん手は繋いだまま。
魔王の寝顔をじぃっと観察してみる。
シミ一つないつるつるな肌に、整った目鼻立ち。小さな口はきゅっと閉じられ時折むにゃむにゃと動いている。
起きているときは大人な雰囲気があり、ザ・美人みたいな印象があるが、こうして寝顔を見るとちょっとした幼さやあどけなさが残っている気がする。
かわいいなぁ、、うわ、まつ毛なが、、
空いている右手でほっぺたをぷにぷにと触ってみる。
柔らかすべすべだ、、、、
『ん、、ぅ』
魔王はすこし身じろぎをして、握っている私の左手を抱き寄せると、また眠ってしまった。
これだけ触っても意外と起きないのね。
かなり気持ちよさそうに寝ているが、その手からは変わらず魔力が放出され、私の体を包み込んでいる。
魔力を垂れ流しながら寝るって、、、やっぱり魔王は規格外だ。これで力のほとんどを封印されてるとかやばすぎない?
こうして近くになってはじめてわかる魔王の強さ。
勇者の私は間違いなく最強だった。どんな人間もどんな魔物もどんな魔族にも負けなかった。その私が手も足も出ず、それでも魔王は私を最後まで攻撃しなかった。
あの時魔王が少しでも力を出していたら、私は殺されていただろう。そして爆裂魔法が発動することもなく、こうして転生もしなかったはずだ。
でもなんの運命か、私たちはそろって同じ世界に転生し、同じ屋根の下にいる。
私は今の生活が好きだ。
家族に恵まれ、友達に恵まれ、剣も魔法もない世界で平和に自由に生きている。
前世とは比べ物にならないほど満たされている。幸せだ。
その幸せのきっかけは間違いなく魔王だ。
魔王のやさしさが、転生のきっかけを作りだし、今の私につながっている。
たった一人でこの世界に来た時、魔王は何を考えたのだろう。
私と違い、いきなり転生した魔王には味方は誰もいない。
家族も友人も、頼れる人間が誰一人いなかったのだ。
性別がいきなり変わって平気な人もいないだろう。
それにこの世界では魔法に対する不自由が多い。16年間、魔法を知らずに生きてきた私は、魔法がない生活に慣れきっている。だが魔王は違うだろう。魔法が生活の前提にあったし、魔王ならなおさら魔法でできないことなど無かっただろうから、魔法が自由に使えないことに対するストレスも大きいはずだ。
魔王のおかげで私は今幸せだ。
だから、今度は私が魔王を幸せにするよ。
大事そうに私の手を抱く魔王のほっぺをつつきながら、心の中で小さく決意した。
『うぅ、、、ん?、、、起きたのか、、?』
考え事をしている間に加減がきかなくなってつい激し目にぷにってしまった。
小さくあくびをしながら、少し涙目の魔王が問いかけてくる。
『気分はどうだ?少しは楽になったか?』
小首をかしげながら聞いてくる魔王。素でそんなあざとい真似ができるのか。かわいい。
「うん、まだ本調子とは程遠いけど、朝よりはずっと楽になったよ。ありがとね」
そういって魔王の頭を撫でるように触る。
意外にも魔王は嫌がらずに、むしろ目を細めて気持ちよさそうにしている。
見た目は魔王のほうがお姉さんだけど、こうしているとなんだか妹ができたみたいでかわいい。
『なら良かった。ほかに何か不調はあるか?』
「うーん、ちょっとお腹がすいたかな。それで目が覚めたし」
そう言うと魔王は握っていた私の手を放し立ち上がると
『なら何か持ってこよう。お前の母が作っていた朝飯もそのままだからな。なんにせよ食欲があるのは良いことだ。これなら思っていたよりも早く回復するかもしれんな』
「うん。ありがと」
『なに、かまわんさ』
さっきまでの子供っぽい寝顔はどこへやら。
一気にデキる女の顔になった魔王。かっこいいなぁ。
『では取ってくるからそのまま休んでいろ』
そう言って部屋を出ていこうとする魔王。
「魔王」
部屋のドアに手をかけた魔王を呼び留める。
魔王はくるりとこちらを振り向き、不思議そうに私と目を合わせた。
「私は魔王の味方だよ。魔王にとってこの世界は狭くて不便に感じることも多いかもしれない。不安になることもきっとある」
魔王はじっと目を見て私の話を聞いてくれる。
その頬が赤いのはきっと気のせいじゃない。
「私はあなたのおかげで幸せになれた。だから今度は私が魔王を幸せにするよ」
これから先、どんなことがあっても、私が魔王を助けてあげよう。もしかしたら私が助けられることのほうが多いかもしれないけれど、それでも。
それに、お互い助け合う関係というのも悪くないだろう。
『、、、、っ』
魔王は顔を背け、俯いてしまった。
唯一見えている耳は真っ赤になっている。
今魔王は何を考えているのだろう。
もしかしていらないお世話だって思われたりしてないかな。ちょっと不安になってきた。
何かが落ち着いたらしい魔王が上目遣い気味にこちらを見る。
うわ、顔真っ赤。照れてるのかな。かわいいな。
『あの、、、その、、、ありがと』
割とハキハキ喋る魔王とは思えないほど小さな声で、でも確かにお礼を言ってくれた。
『じゃああの、、ご飯取ってくるから、、、っわあ!!』
よっぽどテンパっていたのか、自分の足に引っかかってこけてしまった。
その様子がどうにもおかしくて、つい笑ってしまう。
「、、ふふ。あははは!」
『、、、うぅ。、、笑うんじゃない、、』
私はベッドから起き上がり、茹でだこみたいに顔を真っ赤にしている魔王に近づくと手を差し伸べた。
「ずっと味方だとは言ったけど、まさかこんなに早く助けがいるなんてね。」
『お前が照れるようなことを言うからだ、、』
私の手を取って立ち上がった魔王は少しにらみながら言うと、すぐに笑顔になって
『でも、お前の気持ちは本当にうれしいよ。こちらこそ、これからよろしく頼む』
「うん、よろしくね、魔王」
やっと元のかっこいい顔に戻った魔王は、今度こそこけることなく部屋から出て行った。
勇者ちゃんは気持ちをきちんと言葉にして伝えるタイプのイケメンです。
照れてる魔王を書くのが難しい。。




