第九節 魔法の代償
魔王が我が家にやってきた次の日の朝。
目が覚めた私はひどい頭痛と吐き気を覚えた。
心当たりは、、ある。
昨日家に帰るときに身体強化魔法を二つ重ね掛けしたのだ。
魔力量の少ない今の私にはかなり負担が大きかったようで、体を起こすのも億劫だ。
いわゆる魔力欠乏に近い症状が出ていた。
といっても魔力を使い切ったわけではないし、命の危険はない程度なのだが。
―――コンコン、、ガチャ
私の部屋の扉が控えめにノックされ、返事をする前に開いた。
『勇者。いつまで寝ているんだ?学校とやらがあるのだろう?友達だという少女が来ているぞ』
ドアの隙間からひょこりと顔を出した魔王が話しかけてくる。せめて返事をしてから開けてほしい。
そんな文句が口から出る余裕はなく、
「、、今日は休むって伝えておいて」
何とか言葉を絞り出し、魔王に伝言を託す。
『、、、、分かった。』
魔王は何か言いたげな顔だったが、客人を待たせるわけにもいかないと思ったのか、素直に頷いてくれた。
魔王が階段を下りていく音が聞こえ、その少しあと、玄関が騒がしくなる音が聞こえた。
茜は心配をしてくれているんだろうなぁ。最近特に過保護になった親友を思い浮かべる。魔王がうまく話してくれるといいけど、、
というか、今更ながら魔王と茜を会わせてしまってもよいのだろうか。茜とは小さいときからの付き合いで、お互いの家族についてもよく知っている。
うちにいきなりあんな現実離れした見た目の女性が住み始めたら茜はどう思うのだろう。不審がったりしないかな。
そんなことを考えていると、また階段を上る音が聞こえてきた。
―――コンコン、、ガチャ
変わらず返事の前に部屋に入ってきた魔王は整った顔を少し疲れさせて
『茜という友達にはお前が体調不良とだけ伝えておいた。かなり心配をしていたぞ』
「、、うん。ありがと、魔王」
『それから俺のことについて質問攻めにされてしまった、、全く元気な娘だな』
だから疲れているのか。魔王はかなり律儀な性格だし、きっとその質問にも真面目に答えたのだろう。まあ、茜と魔王の間にトラブルはなさそうで何よりだ。
『連絡先も渡されてしまった』
トラブル発生。どうしたらあの茜がそんなことをするのか。何?魔王は魅了の魔法でも使ってんの?
『まあそんなことはさてより、、』
全然そんなことじゃないが?茜は誰にも渡さんが?お?
その大きい胸の下で腕を組み、少し真面目な顔をして魔王は続ける。
『その症状は魔力欠乏症だな?原因は昨日の魔法か。かなりの出力で使っていたようだったし。』
「、、軽度だけどね。しばらくは動けないけど治ると思う」
『しかしこの世界は魔力が薄い。軽度なら命に問題ないとはいえ、回復には時間がかかるだろう』
それに関しては魔王の言うとおりだ。重度の魔力欠乏症は命にかかわるため、マナポーションなどを使って即座に魔力を回復させる必要があるが、軽度なら休んでいれば勝手に治る。
しかしそれは前世の話。この世界の魔力濃度だと、本調子になるのにどれだけかかるか見当もつかない。
『、、、しかたない』
魔王の服がすれる音がした。気づくと魔王は私のベッドの真横まで来ていた。
魔王はそのまま私の手を握ると、
―――ズンッ
突然重たい魔力に体が包まれた。
『しばらくは俺の魔力で包んでおく。これならあちらの世界ぐらいの魔力濃度を保てるだろうからな』
心なしか呼吸をするごとに体が楽になっていく気がする。魔王の魔力が体に染み込んでくるようなそんな感覚。
でもこれだと魔王が逆につらくなるんじゃないだろうか。魔力出しっぱなしでしょ?
そう思って魔王の顔を見ると、ちょうど魔王もこちらを見ていたのかパチリと目が合って
『、、俺の魔力のことは気にするな。俺が魔力切れになることはないからな。』
まだ何も言っていないのに。私の心を読んだように話す魔王はそういって少し微笑むと
『もう休め。魔力欠乏症は危険なものであるということに変わりはないからな。』
魔王の細く柔らかい手に頭をなでられ、急に眠気が襲ってくる。
まだ、ねちゃダメだ。魔王に、、お礼、、、言えて、、、な、、
『本当はもっと簡単に治す方法があるにはあるが、流石にあれだからな、、』
魔王のそのつぶやきは、私の耳には届かなかった。




