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婚約者が寝取られたから、Vtuber事務所開きます  作者: 十五歳の早計
第一部 幸運女神とラッキーガール
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第九話 モノクローム・リバティ

視点

日々谷コウジ

△2021/6/14 月

視点:日々谷コウジ


 ミオが久しぶりに実家に帰ってきた。

 例の妊娠騒ぎの真偽を確かめる為だ。   

 尋常じゃない様子の婚約者はやつれ、頬がこけていた。


 聞きたいことは山ほどある。

 今までは萎縮してしまうミオの性格を考え、怒鳴りつける様に叱るのは控えていた。

 しかし、今日は構うものか。


 きつく問い詰めて十分後、俺は視界が白く染まりそうなほどの衝撃を受けていた。


「じゃあ……お前は婚約者以外の子供を妊娠したのか?」


 ミオは答えない。

 泣き崩れて、もはや言葉を発せない程に憔悴したような様相を見せていた。


 最早……怒鳴る気力も失せていた。

 自身の中の何かが崩れ去るような、そんな感覚がした。

 じゃあ何か、何も非がない白山を俺は怒鳴りつけたのか?

 憔悴しきった彼にトドメを刺す様に。


 俺は不意に嫌な予感がして、立ち上がる。

 これはもう二人を試すような次元じゃない。

 最悪の事態だ、とにかく彼を交えて話し合わなければならない。

 俺は常に誠実な対応を彼に求めてきた。

 これは最大の不誠実な対応だ。


「ミオ、白山くんに電話しなさい。今すぐに」


 ミオは恐る恐るといった感じに顔を上げた。

 

「私達は話し合わなければならない、集まって早急に」


 彼が現状で何を望んでいるか、だ。

 倫理的に、俺はミオを勘当しなければならないと思っている。

 しかし、彼が今何を望むかだ。

 妊娠した以上、取り返しのつかない事態だが、まだ彼が軌道修正を望むのなら……。


 そんな浅はかな推論はすぐに泡となった。

 ミオは電話を切った後、追加で信じられない事を口にしたのだ。


 彼はミオと不倫相手が一緒になるべきだと言っているらしい。

 中絶は倫理的に望まず、真の父親と育てるべきだと。


 頭を抱えるどころでは無い、数分間考えても理解できなかった。

 彼は本当にそんな事をのぞんでいるのだろうか?

 自暴自棄になっているのか?


 警察という立場上、不倫や浮気などの不貞行為は身内や部外でも腐るほど耳にする。

 ほぼ100%と言っていい、多額の慰謝料を要求して相手の破滅を願うくらいは当然の権利だ。

 彼の行動は……言い方は悪いが、誠実を通り越して、馬鹿のする行動にしか思えない。


 俺がこめかみを押さえて悩んでいると、隣に座って沈黙を保っていた妻が不意に立ち上がった。

 ミオに近づき、大きな音を鳴らす。


 ミオの頬を叩いたのだ。

 その行動に俺は驚いた。

 彼女がこういった行動は初めてだった。

 彼女は心優しく、物静かな性格だ。


 あまり自己主張する事も無かったが、今までミオや婚約者の白山にも情愛を持って接してきた。

 俺が白山を怒鳴りつけた後も、必ず見えないところで彼をフォローしていた。


 そんな彼女でさえも、今回の件は容認出来かったのだろう。

 涙を浮かべながら、ミオを睨みつけていた。

 ミオも意外そうな表情を浮かべたのを俺は見逃さなかった。


「ミオ、あなたはどうするつもりなの?」


 震えながら、凛とした声で彼女は言った。

 

「中絶……したいです」

「そんな半端な気持ちで子供の命を奪うの?」

 

 彼の気持ちを汲んで、中絶するならその通りにさせるつもりだった。

 だが、それは間違いだ。

 させるのではなく、これは単純に二人の間の命の問題だ。

 決める決めないの範疇にある問題ではない。

 

 大勢を救うために、少数の命を捨てなければならないのだとしたら俺は迷わず大勢の命を取る。

 だが、今はそういった極限の状況下にある局面ではない。

 金銭面やその他生育上、何の問題もないのに命を捨てる。


 だが、これは俺自身のただの感想で、極論だ。

 世にはいろいろな考え方がある。

 聞けばまだミオは十一週を超えてなく、胎児は法律の定義である生命としては定着していない。

 しかし……それではあまりにも救われない様な気がするのだ。

 非常にナイーブな問題だ。

 これには答えが出無いというのが正解であろう。


 しかし、警察官としての自分、一人の父親としての自分、そして妻との認識。

 これらは全て、生命に対する責任という観念上で一致している。


 白山自身も……こういう風に考えていたのかもしれない。

 いや、きっとそうだ。

 そして、ミオと不倫相手が一緒になる事を望んだのか。


「ミオ」

   

 呼びかけると、ミオは力なく顔を上げた。

 全てを諦めた様な、なんとも言えない顔だ。

 

「しばらく家にいろ。外出するときは言え、俺がついていく」

「……はい」


 まるで今すぐにでも消えてしまいそうな声音だった。

 とりあえずミオの事は保留する。

 問題は白山だった。

 彼の精神状態が不安だ。

 彼は努力を重ねて、ミオと結婚する直前までいっていたのだ。

 必ず、全員を交えて話し合いをする必要があった。

 俺は彼に直接電話をかけてみる事にした。

 ……待てど暮らせど、電話は一度も繋がらなかった。

 おかしい、彼は俺からの電話に出なかった事なんか一度もないのだ。

 ……まあ、あんな事があった後だ。

 着信拒否するくらいは当然かもしれない。


 ミオを見たが、先程の電話内容を聞けばあまり、あてになりそうには無かった。


 俺は妻に一声かけ、リビングを離れる。

 そして、携帯の電話帳からとある名前を検索した。


 羊飼い。


 ふざけた名だが、狼より狡猾だ。

 警部補時代は俺の出世に一役買った程の情報収集能力がある。

 細やかな手続きの必要なゼロよりも使い勝手の良い、私費で設立した情報組織の様なものだ。

 最近は手放し状態で、勝手に活動させていたが。

 スポンサーである俺の依頼を優先させる筈だ。


 ツーコールで繋がり、直ぐにとぼけた声が聞こえてきた。


『どうも、羊飼いです。どうやらまだ、羊を数えても眠れない様ですね』

「黒山羊だ、仕事を頼みたい」


 黒山羊とは、羊飼いに仕事の依頼をするときに使う偽名の様なモノだ。

 俺は自分が使用する電話は全て、盗聴されている事を知っている。

 俺だけに限らず、全ての国家公務員系の官僚系につく人間は日常を監視する措置がとられている。


 自衛隊の防衛省情報本部電波部がその一端を担っている。


 防衛省情報本部電波部はよく日本版NSAと言われている。

 NSAは米国のサイバー系の特務機関で、数ある活動の中では一般市民の電話内容さえ傍受しているのだ。

 日本では法整備が進んでいないのと、軍事情報の枠を超えた情報を自衛隊が独占する事を許さない風潮から、警察官僚が出向して情報開示を求めたりする。

 その活動を俺は数年前までやってきた張本人なのだ。

 抜け道は勿論存在する。

 他人名義の無害な一般市民の携帯を使えば良いのだ。

 携帯自体に特殊なフィルターをかけ、GPS表示もずらして。


 勿論羊飼いも優秀な人材と情報管理措置を行なっている。  

 表向きは探偵事務所として、主に週刊誌系の手駒なんかもやっていたりするのだ。

 

『なんなりと』


 羊飼いは短く、簡潔に答えた。

 俺は要件を告げる。

 ミオの婚約者の白山リュウスケの注視及び、不倫相手である真田とかいう男の調査。

 

『資料はありますか?』

「白山については三十分以内にメールで送信する。真田は白山の会社の同僚で、後輩だ」

『分かりました、メールが届き次第、駒を動かします』

「兆候があれば余さず何か伝えろ、何時になっても構わん」


 俺は自室に戻り、すぐに白山の資料を纏めて転送した。  

 今までの経緯も含めて、諸々だ。

 その後俺はリビングに戻り、ミオを自室に戻らせた。

 憔悴した妻のケアを行い、代わりに買い物に出かける。

 時刻は夕方を過ぎていた。

 近所のスーパーで物色中に、羊飼いから電話がかかってきた。


「黒山羊だ」

『羊飼いです、白山は今自宅に戻りました。例の不倫相手である真田と一緒です』

「……何?」

『どうやら、例の話し合いみたいですね。動きがあれば連絡します』

 

 電話が切れると、妙に周囲の雑音が気にかかった。

 その理由は明白だった。

 電話が来るまで、俺は今まで周囲の音をシャットアウトするほど深く長考していたのだ。


 ミオの育て方が間違っていたというよりかは、白山や妻の元婚約者に対しての負い目だった。

 俺は周囲の人間を幸せにする事が目標だった。

 夢と言ってもいいかもしれない。


 それがもう二度と叶わないという様な、寂しさがあった。

 これは自分本意な考え方で、エゴなのだ。


 なら、ミオは……俺に似たのだろう。




 


 夜になり、時間は加速して、更けていく。

 辞めた筈のタバコは買い物の帰り道、自然に購入してポケットに入れていた。


 俺は自室の椅子に腰掛け、ただただ操作するでもなく、パソコンを眺めていた。

 引き出しからジッポを取り出し、ポケットからタバコを取り出して徐に煙を吹かす。

 

 不意に横にある警部補時代に貰ったトロフィーが目に入った。

 メッキに反射して自身の顔が映る。

 持ち上げて叩き割りたくなった。


 その後は眠れなかった。

 深夜帯の為か、羊飼いは電話では無く、メールで状況を通知してきていた。 


 どうやら白山は自宅を出て、友人宅に移動した様だった。

 真田とかいう男は白山が家を出てからしばらく残っていたが、慌てる様に飛び出てタクシーに乗り込んで行ったらしい。

 友人は白山が訪ねてきてからしばらくして、白山を置いてコンビニへと行き、酒類とツマミを購入。

 どうやら酒盛りをするようだと羊飼いは推測していた。


 それから数時間が経過する。

 まだ追加の連絡は無い。

 時刻は二時を経過していた。

 堪えきれなくなった俺は羊飼いに電話をかける事にした。

  

『もしもし、黒山羊さんですか?』

「……何かわかったか?」

『ええ、居場所が分かりました。部下に張らせてます』


 それはメールで見た。

 欲しいのは追加の情報だ。

 俺は言葉を続ける。


「……真田とかいう男は?」

『未だ行方は分かっていません、どうやら直ぐに追っ手が来る事は分かっていたようで、足取りが分からない様にNシステムを避けて、自分の車で逃走したようなんですよ』

「追っ手を……読んでいた?」

『我々もこの動きは予想できませんでした』


 一体、どうなっているのだ。

 確かな事は盤上で知り得た情報以外の、予想だにしない事が起こっているという事だった。


「引き続き白山からは目を離すな、ヤツは今何をしでかすか分からん」

『もちろん、その為の我々ですから』


 電話を切り、暫くタバコを吸いながら電話を待つ。

 すると直ぐに羊飼いから連絡が入った。

 

「どうした?」

『白山が家を出ました、徒歩で何処かへ向かっている様です』

「絶対に見逃すな、何かあれば止めてくれ」

『一応、お聞きしてもよろしいですか?』

「……なんだ?」

『想定されてる何かについて、参考にさせていただきたいのですが』

「……彼は精神状態が不安定だ、最悪の状況を回避してくれとしか言えん」

『かしこまりました、そのように部下にも伝えます。それともう一つ伝えておきたい事が』

「なんだ?」

『彼を尾行しているのは、我々だけでは無いようなんです』


 いよいよ頭を抱えたくなってきた。

 一体何が起ころうとしているのだ、彼はもしかして……なんらかの形で嵌められたのか?

 第三勢力が動いているだと?

 分からない事が多すぎる、とにかく今やるべき事は注視の他無いようだった。


「とにかく、絶対に目を離すな。尾行者も探れるようなら探ってくれ」

『わかりました、おっしゃる通りに』


 電話を切り、暫く天井を仰ぐ。

 この上はミオの部屋だ、そういえば先ほどからギシギシと床が軋む音がした。


 寝られないのだろう、ミオは昔はよく怖がって一人で寝ようとはしなかった。

 俺は躾の一環で寝ろと叱りつけた事がある。

 結局、俺はミオと妻がこっそり寝ていたのを見逃していた。


 今思えば……一緒に寝てやればよかったのかもしれない。


 こんな事を今思うのは、どうかしているのだろうか?

 

9/20

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