第七話 情報が制す漏洩の警句
△2021/6/17 木
視点:白山リュウスケ
「……これって、この前俺ん家でサラサラって書いてたメモの内容か?」
「そうだ」
俺はシンヤにアイディアをまとめた資料をプレゼンしていた。
大学時代から馴染みのある隠れ家的な喫茶店で、PCを同期して向かい合わせで会議する。
昨日の事の様な気もするが、数えてみれば2年ほど経過している。
なんとも言えない感傷に浸りつつ、アイスコーヒーを啜っていると、シンヤは周囲をキョロキョロしながら小声で話しかけてきた。
客は俺たちしか居ないのに、心配性な奴だ。
「お前、ぶっ飛んでるよ」
「よく言われる」
「いやなんつーか……あらためてお前が天才なんだって気づいたわ」
「そんなに良かったか?」
「革命だよ、これは。世界がひっくり返るぞ」
そこまで言われるとは思わなかった。
まあ、今まで俺はセーブしつつ事業を行なってきていた。
金さえ安定して稼げれば良かったからだ。
革新的アイディアがあれど、使おうとは思ってはいなかった。
だが、今回俺は今までの経験も交えつつ、思いつく限りの革新的アイディアを全て詰め込んでみた。
皮肉だが、集大成とも言える出来だ。
それでも不安は残る。
今回挑戦するのはエンターテイメントという特殊な分野だ。
大学で政治経済学を齧った程度の俺が手を出すには余る分野でもある。
特にエンターテイメントは時世ごとに流行は変わる。
アイディアがどれだけ優れていようと、次世代に繋がる様式で無ければすぐに廃れてしまう。
実現に至るまでに専門家達の統合的な意見が必要だ。
「リュウスケよ、そんでこの専門家ってのは誰を採用するつもりだ?」
資料を読み込んでいたシンヤが尋ねてくる。
俺はカウンターに向けて腕を振り、店員を呼びながら口を開いた。
「一人はもう決めてある」
「はあ?」
「お待たせしましたあ、冷え冷えのコーヒーゼリーパフェっす。お熱いうちにどーうぞ」
甘党のシンヤの前に冷えたパフェが置かれる。
シンヤは謎の文言を吐きながらパフェを置いたウェイトレスを怪訝な表情で見やり、目を剥いた。
「古河……ナギサ?」
「えへへーっ先輩達、また悪巧みっすかー?何だか懐かしいメンツで泣きそうっすよ」
大学時代の後輩、古河ナギサだ。
俺とシンヤの起業組の初期メンバーでもある。
古風な純喫茶には似合わないヒラヒラのウェイトレス服を着る様は昔と変わらない。
「あ、先輩。ちょっと早いすけど、ご結婚おめでとうございます。年賀状見ましたよー」
ナギサはキャピッとピースを作りながら犬歯を覗かせて言った。
「破談になった」
「いやー羨ましいのなんのっ……ふへぇ? あんなに婚約者狂いだったのに?」
「まあな」
「浮気でもしたんすか?」
シンヤはナギサの発言にアワワっとなっていた。
彼にはケジメとして、今までの経緯を話してある。
全てを話すと感情移入してガン泣きしていたのだ、俺の心象を察してナギサの過激な発言に慌てたようだ。
俺としてはもう、吹っ切れたのだ。
本多カナタの日記を読んだ時から。
表情を変えずに努力し、憎悪が滲んだが冷静に返答する。
「向こうがな」
「はへぇー、先輩程の優良物件がありながら浮気するなんて……馬鹿っすねその女。まあ前向いて歩けば良いっすよ、世界の半分は女で出来てるらしいすから」
「プッ」
俺は何故か吹き出してしまった。
ナギサも豪快にアハハハと笑っている。
シンヤだけ、どうしていいか分からないように見守っていた。
ナギサのハッキリした口調に、豪快な笑い方。
悩んで死のうとしていた自分が、バカらしくなってきた。
一通り笑った後、俺はナギサに目配せする。
ナギサはカウンター席から椅子を引っ張ってきて、俺たちの席に横付けして座った。
「おい、いいのかよ?仕事中だろ?」
「シンさん、マスター見てください」
シンヤが心配していたが、マスターを見やると、わかりやすくコクリッコクリッと船を漕いでいた。
いかにもストイックそうな見た目のマスターだが、一番緩いのだ。
「昼は喫茶店、夜はバーなんすよ。むしろ夜のが儲かるんすけど、マスターすぐ調子に乗るから客と酒飲んで昼間は機能停止してんすよ」
「まだバイトしてたんだな」
「まあ、趣味をかねての副業っす」
ナギサはニカっと笑う。
彼女はこんなナリだが、大学時代に発足した日本有数の情報統合ネットワーク、イグアナの総括者だ。
大学時代、ナギサは当初、細々としたコミュニティで小金を稼いでいた。
内容は主にSNSで投稿された芸能人の写真等を解析して、不倫などの証拠を見つけたり生活の行動パターンを把握して雑誌に売ったりしていたようだ。
当時は大学内で有名人だった俺は、さまざまな学部から情報を欲しがる輩が現れ、ナギサはそれで小遣い稼ぎをしようと、特定班を使って情報を仕入れようとした。
しかし、俺はSNSは完全に罠のツイートしかしていなかった為、まんまと踊らされたナギサの手下が俺に捕まり、ペラペラと首領の名前を吐いたのだ。
そして、苛々しながら使えない手下共にベンチで指示出しをするナギサの隣に座って言ったのだ。
『迂闊だったな、頼りにならん手下を使うのは三流だぞ』
『……何のことっすか?』
『もっといい方法がある』
俺はシンヤと開発していたコミュニティサイトの情報担当者として、ナギサを雇った。
コミュニティサイトの内容は企業からの副業斡旋。
エンジニアや様々な専門職を持つ人間が企業の外注を請け負い、様々な項目での評価を受けて信頼を高めていく。
それで優秀な人材が浮き彫りとなる訳だ。
その情報を抜きとって企業に売ったりした。
ゲームの様な評価システムは好評だった。
コミュニティサイトにはもちろん個人情報の登録が必要だ。
それが狙いだった。
最近ではその積み重ねが功を労し、元企業にいた時はイグアナの強力で、ライバル企業の不祥事を暴いて潰したりもした。
「本日はご依頼ですか?」
ナギサは両手で頬杖をつきながら尋ねる。
俺は首を振る。
「いや、スカウトだ」
「へっ? スカウト?」
「俺と組まないか?」
「いいすよ」
ナギサはノータイムで答えた。
彼女は軽く手を振りながら。
「何をすれば良いんすか?」
俺が話す内容に、彼女は目を丸くした後、苦笑しながら言った。
「まるでシンデレラっすね」
△2021/6/14 月
視点:町田シンヤ
神は悲劇を好むのだろうか?
そんな感想を抱く様な、壮絶な体験をしている二人が視線に入った。
俺は抱えた段ボールを床に置いて、咳払いをする。
社長席に腰を下ろしたリュウスケは軽く手を振り、傍らにいる少女……ではない、な。
童顔だが、資料によれば名前は本多カナタ、十九歳を超えている様だ。
彼女は俺の方を勢いよく振り向いて、緊張した面持ちで見ていた。
服装はハッキリ言って地味だ。
容姿は悪くないが、いい意味で垢抜けていないような純朴さが見えた。
「あの、お疲れ様です……」
「やあどうも」
なるほど、声はかなり良かった。
だが、それだけじゃあ足りない。
俺は机に教材を並べ始める。
リュウスケは電話してくると言って、社長室から退場して行った。
俺と彼女だけ社長室に残される。
彼女は恐る恐る恐るといった感じで、俺に尋ねてきた。
「あの……この会社の人ですか?」
「ああ、そうだけど」
「さっき社長が……俺と私だけだって」
「ああ、正式にはまだ加入していないよ。ちょっと前の会社でやる事が残っていてね」
「そうなんですか?」
「ああ、他にも似たような連中が結構いるよ」
プロジェクターをセッティングし終わり、俺は彼女に向き直る。
その様子を眺めていた彼女は、何故か慌てて俺に正体した。
俺はとりあえず彼女を席に座らせ、自分はプロジェクターの映る横へと移動する。
「さてと、詳しい事は何も聞いてなさそうだね」
「は、はい」
「君と認識の統一を図りたい、君がいま知り得ている情報を話してみてもらっていいかな?」
「今日……私が会社を見て、入社するかどうかの判断をしろって、感じですかね」
「ふむ、業種は分かる?」
「声優……っていう風に認識してます」
全く、リュウスケの悪い癖だ。
必要なことは全部他の人間に説明させようとする。
彼女はこれでは何も知らずに連れてこられてきたのと同じではないか。
まあ……彼女の記憶に関する事項はタブーな為、伝えるべき事は精査する必要があるが。
まずはプレゼンだ。
彼女にこの企業に所属してもらう必要がある。
「サマーブースプロダクションは当初はVtuber関連の市場で活動する事になる」
「ぶいちゅー……ばー、ですか?」
彼女の反応には驚いた。
声優志望なら割と知ってるべき世界だと思うが。
「ああ、モーションキャプチャーの技術を用いたアニメキャラクターを人が動かして、様々なフォーマットで配信する事を指す。まあ見てもらうのが早いだろう」
俺はプロジェクターから動画を流す。
一般的なVtuberが配信をする様子だった。
彼女はそれを暫く神妙に眺めた後、一言。
「何だか……想像とは違って驚いています」
「まあ、市場的にはここ数年で飛躍的に伸びた業種だからね。無理もないとは思うよ」
「これを……私がやるんですか?」
「君がこの企業に加わってくれるのならばね、やる事にはなる。しかし、サマーブースが事業展開するのはVtuberだけじゃないんだ」
俺がプロジェクターの画面を変えると、彼女は顔を引き攣らせた。
当然だろう、普通では考えられないような手の広げ方だからな。
内容はこうだ。
【VR事業全般】
・アニメーション
・タレント管理
・音楽
・映画
・職業訓練 各種シュミレーター
・専用ワールド
それらをひとしきり眺めた彼女は、オドオドと切り出した。
「あ、あの」
「なんだい?」
「その、これってこの会社が、将来的にこの事業に着手するって事ですよね?」
「そうだよ」
「私は……専門知識も無いし、その」
「君は演者側だよ、そして今あげた条項は全て君の活動と紐付けされるんだ」
「すこし、いえ、すみません。ちょっと理解が難しいです」
「それを今から説明するよ」
今後の事業計画についての説明を丁寧に、一つずつ行う。
彼女は眠そうにする事もなく、真剣に俺の話に耳を傾けていた。
話が全て終わった頃、時刻は午後七時を回っていた。
俺は一口お茶を含み、彼女に尋ねる。
「どうだい、わからない事とか?」
「私は……お役に立てるか分かりませんけど」
彼女は立ち上がり、頭を下げた。
「やらせてください」
「こちらこそ、宜しくお願いするよ」
俺は彼女と握手を交わす。
そのタイミングを見計らったかのように、リュウスケが部屋に入ってきた。
「話は決まったようだな」
「そうだね」
「あの、宜しくお願いします!」
彼女がリュウスケに向かって深々と頭を下げる。
リュウスケは軽く手を振ると、社長席に着いた。
「後は本多、お前の生活の事だ」
彼女はあっ、と間抜けな声を出した。
確かリュウスケから聞いた話では、彼女は入院前、生活必需品諸々全部売っぱらって全部募金箱に突っ込んでいたらしい。
無一文な状態だ。
「お前今住む所が無いだろう?身の回りの世話をしてくれる奴を呼んだから従うように」
「えっ……あの、社長」
「なんだ?」
「なんで、そこまでしてくれるんですか?」
はあ、とリュウスケはため息を吐いた後、口を開いた。
「諸雑費は暫く給料から天引きだ、後はお前がどれだけ稼いで会社に貢献するかになるな。自信は?」
「あんまり……無いです」
「プッ」
俺は思わず吹き出してしまった。
彼女は正直者過ぎる節があるようだ。
「そこは嘘でもありますって言わなきゃ」
「えっ?でも……」
「夢なんでしょ?デッカいレートで賭けないと」
俺の言葉に、彼女はカッと目を見開いて、高々と宣言した。
「しゃ、社長!私、頑張ります!」
「そうか、まあ精々貢献してもらおうか」
リュウスケが無表情で言った瞬間だった。
ドアがバーンッと開け放たれ、いつもの調子の古河ナギサが入ってきた。
「シャチョさーん、今つきましたよー」
「ナギサ、本多を部屋まで連れてってやれ」
「えー!?このままっすか?」
「……なんだ、何かあるのか?」
「起業日っすよ?お祝いしないんすか?お・い・わ・い」
「……お前ら、金やるからどっかで」
「社長も行きましょうよー、シンさんとカナちゃんも一緒に。てか地味にカナちゃん栄えある発足メンバーじゃーん。よろしくね」
ナギサはアハハハッと豪快に笑いつつ、本多さんにデコピンする。
彼女はいきなりあだ名呼びをされた事に驚き、反応できていないようだった。
「チッ……何処だよ、店は」
「あそこっすよ、あの三人で行った回らないとこ。なんかエモくないすか?」
「お、懐かしいなあ。いいじゃん、リュウスケ。行こうよ」
リュウスケはめんどくさそうに立ち上がり、俺に車のキーを放ってくる。
ドライバーを命じられたようだ。
酒を飲もうと思っていただけに、残念でならないが、まあいいか。
寡黙な社長を演じようとしている彼も、古河ナギサの前ではかたなしだった。
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