8.0ターン目に、滅亡に瀕する三流家
息子の常式が死んだ。
陣所に駆け込んできた息子の側近から、一報を聞いた綾野常識は、諸将の前にも関わらず、ほおに一筋の涙を垂らした。
「……別働隊を任せていた常式には、部下を与力をつけていた。兵数は十分であったはずだ」
側近は、興奮した様子で告げる。
「太田様、ご乱心!常式様の陣所を襲撃すると、そのまま三流家に寝返りました。常式様も、自ら剣をとって立ち向かわれましたが、突然の襲撃に力及ばず」
側近も、着物は血まみれで、防具も一部しかつけていない。服が裂けて肩には大きな刀傷を負っている。彼も主君を守るべく奮闘したのだろう。
そう考えると、息子を守れなかったとはいえ、側近たちに怒りを向けるわけにはいかない。裏切り者の太田へ、常識の怒りが向く。
「太田が裏切っただと!代々、我が家の禄をはみながら。不忠者がっ!」
「太田様は、あの女装趣味を常式様に咎められたのを不服に思っていたご様子で」
「当然だっ!我が綾野家は、守護職ではないとはいえ、公方様にも覚えめでたい伝統ある家だぞ。その家臣が、女装の変態であるなんてことを認められるかっ!皆の笑い者になるっ」
50代半ばになる、綾野常識は、そのお堅い表情を憤怒に包みつつ、叫ぶ。
「ああっ、嘆かわしいっ!この世が、こうも乱れているのは、太田のように奇怪な者が多いからだ。ワシは、このアソノ国を正道に戻したいっと立ち上がっただけだ。なぜ、こうも破廉恥な連中が多いっ!まだ、不満を申すだけなら許そうっ!しかし、信頼して息子の与力につけておったのに、息子を殺して、敵方に逐電だとっ!許さぬっ!」
常識のこめかみが、ぷるぷると揺れている。怒りだ。
「ワシは、これでも三流家、守護家を滅ぼすつもりはなかった。トナミマチを包囲して、降伏を促すつもりであった。いくら無能とはいえ、もと主君筋であるからな」
常識は軍配を掲げ、諸将に告げる。
「だが、もう許さぬっ、全軍トナミマチへ、進軍せよ。邪道に堕ちた三流家を滅ぼし、我が綾野家が、新しい守護になるっ!」
太田サノ姫が離反したとはいえ、綾野家の軍事力に陰りはみえない。
サノ姫は、綾野家に仕える騎馬部隊の一つを管轄していただけだ。サノ姫の騎馬隊が抜けても、騎馬隊だけで1000騎は残っている。
急な進軍で、全兵力を動員することはできなかったようだが、歩兵部隊でも9,000人はいた。
総勢、10,000人がトナミマチを包囲すべく出発した。
「土居さん、食料はどうなってます?」
「お屋形様が、これまで戦から逃げつづけてきたおかげで、十分に蓄えはありますぞ」
以前の俺、転生前の安具は、超消極的政策を取っていた。無策とも言える。軍事関連は、全て綾野家に委任していた。
それも、他国の大規模な戦いに巻き込まれること恐れ、綾野には内乱鎮圧と防衛戦争しか認めず、かなり不満を国内のタカ派に持たれていたようだ。
さらに、安具はかなりのケチであったらしく、綾野に支援を乞われても、資金も兵力も貸与した形跡がない。
それは、謀反を起こされる。と、NEW安具である俺ですら綾野に同情してしまいそうになる。
まあ、殺されたくないので、反撃はさせてもらうがな。
自分たちが襲われても、ろくに支援をよこさず、助けてくれない国主など、領主にとっては価値はない。おかげで、国人領主たちの支持もほぼ0%。
これは短期的には不利だが、長期的には一概に不利といえないかもしれない。
けれど1ターン目を生き延びるには、不利な条件として作用している。
「お屋形様、綾野軍主力は進軍を開始いたしました!フリジア山脈以南の砦が全て落ちたとの報告がっ」
伝令が、やってくる。
砦といっても、小高い丘に盛り土をして、小さな小屋が頂点部にあるだけの、おもちゃみたなやつだ。全滅するくらいなら、撤退するようにと言い含めてある。
総勢で、歩兵は1,000人しかいないんだ。少しでも犠牲を減らしたい。
それに、忠誠心の低い傭兵どもだ。危なくなったら、こっちが言わないでも逃げる。それなら、まだ、自分から撤退の許可を出した方が、格好がつく。
兵たちからの私への印象も、少しはマシになるだろう。
さあ、戦いだ。