5.そうしましょ
「申し訳ありません……大丈夫ですか?」
後頭部に当たる枕が暖かい。人肌の温もりだ。心地よい。
俺は死んだのか?
おっさんの放つ光線に焼かれて死ぬなんて、予想外だった……
ここは天国だろうか。安心できて、すごく気持ちがふわふわする。
目を開くと、ヤシの実越しに美女が俺を心配そうに覗き込んでいた。
体勢からして、これはひざまくらのようだ。
かわいい女の子にひざまくら……俺は地獄行きではなかったようだ。
「ああ……君は、なんて美しいんだ……」
俺は手を伸ばした。彼女のほおに触れようとしたのだ。
彼女のほおに、俺の指先が触れる。
柔らかいのかと思ったが、意外とざらついている。パンケーキみたいな見た目のわりに、コンクリートのようなゴツゴツ感だ。
ゴツゴツどころか、次第にざらざらしている感触もしてきた。
おかしい。
可愛い女の子のお肌が、やすりの感触がするわけがないじゃないか。
ボンッ
白い煙が突如、美女を覆う。
そして、煙が晴れた時、俺は、全裸のおっさんにひざまくらされていた。
暗い洞窟が妖狐の発する白い光にぼんやり照らされて、1人の人間と1人の妖狐が向かい合っている。
「にゃん、にゃん!妾は、タマ子だワン!1,000年生きてる妖狐だワニ」
俺の目の前に腰掛けているのは、金色の長髪に、美しいケモ耳を備えた、絶世の美女だ。肩のはだけた着物を着ている。
キャラぶれが激しいのは、気にしてはいけない。彼女もまだ新しい身体を慣らし運転中なのだ。
「……名乗るのが遅れたな。俺は三流安具。しがない大名をやっている」
「おおっ、あの無能で噂の領主とは、びっくりなのじゃチュン。でも、実際に会ってみると、なかなかいい男だハク。噂とはあてにならないでござるハツ」
「……もう、動物ですらないじゃん、くどいキャラづけはいらんだろ。大三元かよ」
「にゃにゃっ?!アタシも頑張ってるザンス。ひどいガンスよ」
タマ子は、中身と外側の動きが一致していない。まあ、人の体を乗っ取って、好き勝手している俺の言えることではないが。
「にゃにゃあ〜」と言いながら、ポカポカと俺のことを叩いてくる。
はっきり言おう。
このおっさん。あざと可愛い!!!!!!
好き!
タマ子の中身は、全裸のモジャモジャおっさんだ。
三条家の家宝である、性転換団子を食べて、超絶ウルトラミラクル冥王星級kawaiiおんにゃのこ妖狐になったのだ。
おっさん、しかもノリノリだ。テンション上がって、可愛いムーブに挑戦中。
俺がなにをして欲しいか、何が好きか、わかっている!
当然だ。中身はおっさんなのだから。相手の男が何をして欲しいか丸分かり。
「とりあえず、喋り方を安定させますわ。丁寧と上品の間くらいの路線で行きますの。あんまり、キャラ付けに凝りすぎても、わたくしが把握できなくなりますの」
タマ子は、九本ある尻尾をブルンブルンと上機嫌に動かしている。中身はおっさんでも、かわいい。
むしろ、おっさんが可愛いムーブしているから、かわいいのかもしれない。
可愛くないおっさんが、その対極にある可愛い存在になることで、その威力は、普通の可愛いの数乗はある。
間違いない。今、実体験している俺が言うんだ。この世のおっさん全ては、かわいいのサナギ、なんだ。
「確か、お願いを一つ聞いてくれるんだよな?タマ子」
「そうね。この全知全能の存在たる妖狐、タマ子に嘘はないわ」
タマ子は、俺の目を見据えてくる。
タマ子は俺のことを殺そうと思えば殺せる。まだ、殺されていないということは、お願いを聞いてくれるつもりはあるんだろう。
俺は、緊張のあまり、背筋をピンとさせて、両こぶしを握り締め、目の前のタマ子を見据えた。
「……俺と、結婚してくだい!」
ながいながい数秒が経った。洞窟のなかに、沈黙が広がった。俺の呼吸音だけが聞こえる。
着物の擦れる音が聞こえると、タマ子が俺の手を握っていた。
「ふふふふふふっ、はははははっっっっっ!いきなり出会ったおっさんに、求婚!あなたについていけば、面白そうですわ!よろしくお願いしますわ。ご主人様。末長くお願いいたしましてよ」
とても柔らかい、絹のような手との握手は、ずっと握っていたかった。