2. 暗君プレイ始めました。
「お屋形様、大丈夫でございますか?」
冷たい布が額を濡らす。べちゃべちゃしている。
目を開けると、年をとった老人が心配そうに俺を覗き込んでいた。知らない人だ。
「あっ、ありがとうございます。ここはどこですか?」
「……ここは、三流の城でございますぞ。お屋形様は、自分の家をお忘れか?」
老人は、俺の様子に驚いているようだ。俺も訳が分からずおどおどするしかない。和服を着たしわがれた老人が、俺の面倒を見ているのだ。わけがわからない。
「少し、外に出ても構いませんか?」
「なにをいっておられるのです?ここは安具様の家なのですから。自由になさいませ」
ミナガレ?ヤストモ?どこかで聞いたことのある名前だ。
俺は重たい体を起こして、立ち上がる。いや、重たくない。ずっと軽い、まるで若い頃のようだ。
それに中年の太鼓腹がなくなっている。肩こりもない。
俺は、走って、ふすまを開けた。
よく手入れされた庭園だ。お金持ちの家で見たことがある。
庭園のなかに小さな泉がある。コンコンと水が湧き出している。
俺は泉に駆け寄ると、水面に映った自分の姿は、自分ではなかった。
ショックのあまり気絶した俺は、また、あの世話係の老人に運ばれて布団で寝ていたらしい。
目を覚ますと、あたりは真っ暗だ。
となりでは、老人が俺を看病してくれていたみたいだ。
今は、コクリコクリと居眠りしている。
「ははっ、目を覚ますと別人か。まるで流行りのフィクションみたいだ。夢か?いや、この感触は現実だな」
ぶつぶつと独り言を続ける。そうでもしなけりゃ、どうにかなってしまいそうだ。
「こういう時は、お決まりのステータスオープンさ」
すると、突然、見慣れたウインドウが、空中に現れた。俺が、あの最後にプレイしていたシミュレーションゲームのだ。
『三流 安具 みながれ やすとも
政治 12?(E?) 軍事 13?(E?) 知力 12?(E?)』
俺は<ランセ・トウイツ>のキャラクターになっていた。
それも三流家。「みながれ」じゃなくて「さんりゅう」だろ。と言われる1ターン目に滅亡間違いなしの最弱勢力。
それも能力値が断トツで低い。各項目の平均値は50だ。普通のキャラなら、苦手分野でも20を下回ることは、ほぼない。
つまり、俺はとてつもなく弱い。
将兵の人数が足りない時に出てくるモブキャラ君(能力値オール20)より弱い。
となりのアルファベットは、適正値を示している。これもオールEと絶望的だ。
これはEからSまであって、Sに近いほど、成長しやすい。
初期の能力値が低くても適正値が高ければ、ベテランの凡将が若手の天才と張り合うことも可能だ。まあ、適正値もオールEの俺には、関係ないが。
「ステータスオープン」
俺は、隣で居眠りしている老人にも、ステータスオープンをかけてみる。
『土居 太陽 どい さん
政治 60(B) 軍事 28(D) 知力 53(C)』
この人は、三流家最後の良心と呼ばれる、土居さんじゃないか!
隠れステータスの忠誠値がMAXの男。1ターン目で滅亡する暗君を絶対に裏切らないおじさま。そして、裏切らないのはいいが、軍事ステータスが低いため、大して役に立つことなく撃破される男の中の男!
「土居さん!」
俺の呼びかけに、土居さんは目を覚ました。
「お屋形様、ワシの名前を思い出してくれたのですな。さきほどは再び倒れられて、肝を冷やしましたぞ」
「看病してくれて、ありがとうな」
「なっ!?お屋形様らしくもない。普段の傲慢さが消えておりますな」
土居は、回復した俺を、ちょっと不思議な物を見る目で見つつ、俺に水の入ったコップを渡してくれた。喉が渇いていたので助かる。
「ちょっと、聞きたいことがある。今は、何年の何月だ?」
「今は、帝歴560年の2月末日ですな。明日から、3月になります」
俺のコップを持つ手から力が抜けた。
ゲームは560年の4月開始だからだ。
滅亡まで、あと1ヶ月