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「はい、ご注文は以上ですか? それでは料理が到着するまでしばらくお待ち下さい」



 注文を聞き終えて、出来上がった料理を運ぼうと厨房に行く。あれから何事もなく接客を続けている……と言いたいが、実はそうでもない。


 ホールで歩き回っているときは、どこにいてもずっと視線を感じるのだ。そう、さっきからずっと。ホールにいる間はどこにいても追ってくる視線が気になって仕方がない。

 少し振り返って後ろを見ると、目のあった男が手を振ってくる。勤務中に気が散ることはやめてほしい。ため息をつくと、未だに手を振り続ける男の元へ近づいていく。



「ねえ、なんでそんなに見てくるの? 気になって仕方がないんだけど」


「え、だってバイト姿って新鮮だしー。あんなに愛想のいい顔とか俺めったに見れないもん」


「接客業なんだから当たり前でしょ」


「じゃあ俺にも笑顔ちょーだい」


「他の店員にお願いして」


「俺は夏美ちゃんのーー」



 ピンポーン


 音が聞こえて、喋っている智也のそばから離れる。5番テーブルで注文だ。卓上ベルが鳴っている。


 後ろから、夏美ちゃんがつめたい! って声が聞こえてくるけど無視してお客さんに注文を聞いた。いちいちあのテンションに付き合っていたら疲れてしまう。


 今日は嫌なこともあったし気分転換したいな……。何がしたいか考えていると、最近行けてなかったバーを思い出した。

 そうだ! 今日はあと2時間くらいでバイトが終わるから、ちょっとだけ課題をしたらあのバーに行こう。明日の授業は午後からだし飲んでも大丈夫。 


 楽しみができて若干ウキウキとしながら仕事をする。

 隣に越してきたから意味なかったけど、あまり智也に会いたくなくて足が遠のいていたんだよね。最初のイメージはあのお客さんを思い出して、ほんとに嫌だったから。


 そんなことを思い返しながら、お昼の慌ただしい接客を終えて、帰路についた。忙しくて時間がすぐに過ぎ去った気がする。



「お先に失礼します!」


「おつかれー」


「お疲れ様!」



 着替えた後裏口から出てしばらくすると、ひょこっと地面に人影が1つ増えて、私に話しかけてきた。



「帰るなら声かけてよー。一緒に帰るの待ってたんだから」


「わぁ! びっくりした。ほんとに2時間も待ってるとは思わなかったの。それにさっきまでチーズケーキ食べてなかった?」



 やはりというか、声をかけてきたのは智也だった。バイトが終わる時間を訊かれて一緒に帰ろうとは言われたけど、普通はずっと待ってるなんて思わないじゃない。

 しかも帰る時チーズケーキを食べていたし。


 まあ放っておいてもいいかと思って出てきたところで、追いついてきたらしい。



「急いで会計して出てきたよ。せっかく帰る家が同じなんだからさー、一緒に帰りたいじゃん?」


「ちょっと! 誤解受けるようなことは言わないで。一緒に住んでいるみたいでしょ」


「部屋に上がってテレビまで見てるんだから、もう半同棲だよ」


「ご飯が出来上がるの待つ間だけでしょ!」



 2人であーだこーだと口喧嘩のようになりながら歩く。お互い遠慮をしないで言い合えるなんていつぶりだろう。どこか懐かしさを感じながら智也に言い返す。

 人通りの多い道で、私たちの声は賑やかな夕方の街の中に溶け込んでいった。



 そして、予定通り夜はバーに向かった。なぜか智也も付いてきている。家を出たところで見つかり、自分も行くと言い出したのだ。



「俺さ、マスターの作るカクテルが大好きなんだよねえ」


「わかる。口当たりもよくて美味しいの。だからいつも飲みすぎないように注意して頼んでる」


「お酒弱いの?」


「私は普通くらいだと思うよ」


「じゃあ今度飲み対決しよう! んで、負けた方がいうことをきく!」


「智也は結構飲めそうだからやだ」


「あーもう連れないなぁ。何も企んでなんかないって!」


「いや、その時点であやしいから!」



 対決するー! とだだをこねる子供みたいな智也を連れてバーに入る。久しぶりにマスターとも話したい。まずは店に入って、酔いすぎないようにノンアルコールカクテルを頼む。



「マスター、ノンアルコールカクテル1つちょうだい。味はおまかせで」


「了解。それにしても久しぶりだね」


「うん。ちょっと日にち空いたけど、無性にここのが飲みたくなって」


「光栄だねぇ。ところで、さっきから気になってたけど、2人ともずいぶん仲良くなったみたいだね。一緒に入ってきたし」


「そうそう! 一緒にテレビ見て夕ご飯食べる仲!」


「またそんな風に言って! 壊滅的に料理ができないからよ。 何回黒焦げの物体を私の家に持ってきたと思っているの? あ、マスター聞いて! この人、隣に引っ越して来たのよ」


「おかげで夕ご飯は夏美ちゃんの手料理を食べれます」


「いつか食費払ってもらうからね!」


「ふふ、楽しそうだね」



 ふざけ始めた智也と、その言葉につっかかる私を見てマスターは微笑んでいる。

 私も久しぶりに来れたことと、智也を言い負かすことができないのが悔しくて、やけになってお酒を何杯も飲んでしまった。


 自分で酔っているなぁと気づいたのは、席を立とうとした時だ。トイレに行こうと思ったのだが、ふらっとしてまた座り込んでしまった。

 ぼーとする頭で横を見ると、マスターはさっきから智也と2人で話している。



「じゃあ、明日来た時に」


「わかった」



 言葉少なく話す2人を見て、なんだか除け者にされたような気になり智也に向かって両腕を延ばす。



「ん。だっこして」



 ハグ待ちをするような格好で智哉を見る。なんでそんなに驚いた顔をしているの? 私も一緒におしゃべりをしたい。そこに入れて。

 動かない智也にかわって、マスターが私に何かを差し出した。 



「夏美ちゃん、かなり酔っちゃっているね。お水あげるから一旦これ飲んで落ち着いて」


「酔ってないもん」



 だって、さっきは酔っていると思ったけど、座っていれば全然大丈夫だ。ほら、滑舌だっておかしくない。むぅっとほっぺたを膨らませていると、そこで人形みたいに固まっていた智也も動き出した。



「酔ってる夏美ちゃんもかわいいー! でもかなり酔っているし俺が家まで連れて帰るよ。今日はこれで終わりにしよう」


「やだー! まだ飲む!」


「じゃあマスター、明日よろしく」


「わかった。気をつけてね」



 そろそろ帰ろうと言う智也にだだをこねる。でも、少し強引に立たされて店を出てしまった。


 帰り道は眠かったけれど智也に腕を掴まれて、なんとか真っ直ぐに歩く。家の前まで来た時には、ほぼまぶたは下がっていた。



「夏美ちゃんー! 鍵出してー、鍵! 家に入れないよ?」


「えー、かぎぃ?」



 部屋の鍵を催促されてカバンの中をガサゴソと探す。見つけたらすぐに智也に渡した。



「はい!」


「えー鍵を渡してくれるのは嬉しいけど、他人に渡しちゃうなんて俺心配! 俺以外はダメだからね!」


「うーん……」



 早くベットに横になりたくて、曖昧な返事を返す。なんて言っていたかよくわからないけど、返事をすれば静かになった。

 鍵のガチャって言う音がしてドアが開く。



「おじゃましまーす」



 今の私の格好は智也の肩に片腕を回して、ほぼ全体重を預けている。そのままリビングまでくると小さなソファに下された。



「はい、お水飲んで」



 帰ってくる途中に買ってきた水を口元に寄せられる。喉も少し乾いていたから、与えられるままにそれを飲んだ。コクコクと飲んでいると、半分くらいだった中身は全てなくなってしまったようだ。

 仕方ないかとちょっと残念に思いながら、まぶたが限界になり目を閉じる。



「あ、夏美ちゃーん、寝ちゃったら鍵どうするの? 俺家に帰れないじゃん! 郵便受けに鍵入れたいけど、ここのは簡単に盗れちゃう構造だから危ないんだよ」



 寝てしまった夏美に智也が話しかけるが、もちろん返事はない。

 しばらく顔を眺めてからため息をつくと、カーテンの隙間から窓の外を覗き込む。いつも通りの静かな住宅街だ。

 だが智也は外を見て舌打ちをすると、夏美のところに戻った。


 目にかかっている前髪を指で撫で付ける。安心しきった顔でスゥスゥと寝息を立てている顔を見て椅子に腰を下ろした。



「仕方ないか……」



 少し考えてから、隣の自分の家に帰ると1分もしないで戻ってきた。手にはノートパソコンが抱えられている。

 そのままリビングのテーブルでキーボードを叩く音を響かせながら、その日の夜は更けていった。


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