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「はい、課題を提出した人から終わりです」
先週課題に出されていたレポートを提出する。今日は午前で授業が終わりだ。
大学3年生にもなると、授業数が減り自由な時間が増える。人によっては、この時期から就職に向けて動き出しているようだ。
午前に授業が終わったので、家に帰って録画していたドラマでも見ようと早足で大学を出る。
高校生までは歩いて学校へなんて行かなかった。
送迎用の運転手さんがいて、いつも朝と夕方に家と学校まで乗せてもらっていた。
しかし、今はもう実家を出ている。
私が小さい頃に生みの親がいなくなってから、少し経って新しいお母さんが来た。綺麗で優しい人だったけれど、男の子を産んでからは弟に家を継がせたくなったらしい。
それまで優しかった義母が、だんだん私に対する態度が変わっていくのをただ受け入れていた。
別にそこまで家にこだわりがあるわけではない。
弟はかわいかったが、大学生になったとき家を出ることを決心した。大学の授業料と家賃だけは負担してくれるようにお願いして、それ以外はすべてバイトでまかなっている。
卒業後は、すべての関わりを断つつもりだ。
入学してから2年と少し、1度も実家に帰っていない。
(何か食べ物を買って帰ろう)
今日の夜にまた出かけるのは嫌だったので、先にスーパーに行って買い物をすることにした。家の近くのスーパーへ足を運ぶ。
お肉と野菜と、飲み物……。必要なものをカートに入れてレジまで向かう。途中でお菓子売り場に立ち寄り、何かいいものがないかと物色する。そして買うものが揃い、レジへ並んだ。
会計をして、両手に袋を持って歩き出す。少し重たいが、家が近いからこういう時に助かっている。
「よっこいしょっと」
早速家に着くと、台所で荷物を下ろして片付けを始めた。ついでに、昨日の残り物でお昼の準備をする。傷むものは早めに冷蔵庫にいれて、と。
さて、やっと録画していたテレビが見れるとお皿を持ちながらソファに座る。小さめサイズだが、座り心地がよくてお気に入りだ。
ピンポーン
録画リストを見ていると、急にインターホンがなった。ポリポリ噛んでいた漬け物を飲み込み、お皿を持ったまま移動する。
「昨日隣に越してきました。ご挨拶をしたくて……」
そういえば、昨日はなんかうるさかったな。あれは誰かが引っ越してきた音だったんだ。
「はーい!」と言いながらお皿を置き、ドアを開ける。挨拶をしようとして、その場で動きが止まってしまった。
「あれ、夏美ちゃんじゃん。家ここだったの?」
ピアスにチャラい服装。そこには昨日のナンパ男が立っていた。
「え~、超ラッキー! これはもう運命的な!? あ、これ粗品ですが」
深々とお辞儀をして、ふざけた様子で差し出されたものはタオルだった。
一瞬固まったものの、それを受け取ってお礼を言い玄関を閉めようとする。なんで隣にこの人が……。でも、おじさんが住んでいなかったっけ? いつ引っ越していったんだろう。
いつのまにか居なくなっていた隣人を不思議に思いながらも、ドアを閉めて鍵をかける。
「あ、ちょっと!」という声が聞こえるけど、もう挨拶も済んだことだしと、ソファに戻っていった。
「はー、感動した。そこで協力するなんて」
あれから何時間たっただろうか?
連続ドラマを一気に見終わって伸びをする。時計を見ると、もう夕食の時間だ。少しお腹も空いてきた気がする。今日は何を作ろうか考えているとまたインターホンが鳴った。
今度は事前にドアホンで外を確認する。そこにはさっきの男が立っていた。手に何かを持っているみたいだけど、なんの用だろう。
さっきは一方的に閉めた罪悪感もあったので、今回は相手の出方を伺いながらもちゃんと対応することにした。
「……なんですか?」
ドアを少しだけ開けて外を見る。するとパアッと顔色が明るくなり、ねえねえと詰め寄ってきた。
「あ、夏美ちゃん! 見てよこれ。料理頑張ろうと思ったらフライパンに張り付いて黒くなっちゃった! 今日の夕食恵んでくれない……?」
まるで子犬のようにパチパチとつぶらな目をむけてくる。あまりにわざとらしい瞬きに、一瞬いらっとした気がするが、料理が焦げて食べれないのも本当だ。
しかしこの人の他人との距離感はおかしい。それとも私がおかしいの?
昨日初めて会った人に夕食をねだられる。普通なら入れないべきだが、昨夜マスターが止めに入らなかった人物だ。これでもマスターは信頼している。
迷うけれど、この調子だと家に入れても変なことはしないだろう。そう思って、夕食を一緒に食べることにした。
「……今から夕食を作るんで、良かったら一緒に食べますか?」
「いいの? やったありがとう!」
お邪魔しまーす、と手に焦げた何かを持ちながら家に入ってくる。あまり動き回られないようにソファに座らせ、リモコンを渡した。
「夕食が終わるまでここにいて下さい」
「りょうかーい」
ノリの軽い返事を聞きながら、メニューを決める。野菜炒めと味噌汁、後は何にしよう。考えながら野菜を切り、フライパンへ入れていく。調味料で味付けをしていると、だんだんいい匂いが漂ってきた。
(そうだ、今日買った唐揚げも出そう)
スーパーに行って美味しそうだったから唐揚げも買ったんだった。それをパックから出してお皿に盛り付ける。野菜炒めも完成し、同時に作っていた味噌汁も
あと少しで出来上がる。
「うん、いい感じ」
味見をして、いつもと同じ味噌汁になったのを確認する。
できたものをテーブルに並べていると、ソファにいたはずの男がやってきた。匂いにつられて来たらしい。
「あ、おいしそー! 俺のお茶碗はこれ?」
そう言って用意した食事を前に、私と向かい合う形で席についた。私も席に着くと「いただきます!」と元気よく言って食べ進めていく。
「うまいな、これ!」
自分が作った料理をおいしそうに食べてくれるのは見ていて気持ちがいい。
いつの間にか微笑んでいたのか、目の前の男が口をモグモグさせて私の顔をじっと見つめる。
「夏美ちゃんさぁ、いつもそうやって笑っていたらいいのに。せっかく可愛いんだから」
「ち、違います。そんなことないです」
可愛いと言われて、顔を背けてしまう。社交辞令かもしれないが、男の人にそんなことを言われたことなんてないから照れてしまった。顔も少し赤くなっている気がする。
「あとさ、俺には敬語使わなくていいよ。普通に喋って。それと俺の名前忘れているかもしれないから、もう一度自己紹介をするね。久藤智也、22才! 智也って呼んでね。夏美ちゃんは何才?」
「20歳です」
「違う違う。敬語はなし。ずっとそれだと疲れるでしょ? 智也って呼び捨てで敬語なんかいらないから」
「わ、わかった、智也」
私がそう答えると、ニッコリ笑う。その日はおしゃべりをしながらご飯を食べ、智也は自分の部屋に帰っていった。