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 その日は朝から運がなかった。

 血の繋がらない母から嫌味を言われ、風邪を引いていて調子も悪かった。



 まだ実家と縁を切っていなかった頃、私は誘拐されたことがある。

 駅に行こうと歩いていると、突然口を何かで覆われ車に乗せられた。騒ぐと殴られ、大人しくするしかなかった。

 

 私の親に復讐をするなんて言っていたけど、復讐なんかになるわけがない。むしろ喜んで放っておくだろう。


 諦めにも似た気持ちで暗いところに縛られていると、急に部屋の前が騒がしくなった。

 もしかしてこの音って銃声? 身を隠したいが動けない。息を潜めていると目の前のドアが開いた。

 急に明るくなったせいで入って来た人が見えない。目を細めながら見ていると、縛られている縄を解かれた。


「ターゲットの所に女がいたのは、さすがに予想外だわ。縄はほどいたから、後は自力で帰りな」


 そのまま去ってしまった人にお礼を言いたかったが、その時は混乱していて何も言えなかった。

 ふらふらとしながら交番に行き、事情を伝える。驚いた警察官にその場で保護され家に帰されたが、思い出すのは助けてくれた人だった。


 あの日、私を逃してくれた人は誰だったのだろうか。


 後日知ったが、あの人は暗殺者だったらしい。私を誘拐した人がたまたまターゲットだったようだ。ニュースで話題になっていたし、顔を見ていないか聞きに来た警察官の人が教えてくれた。



 あのとき、顔は見えなかったけれど、それが私の遅い初恋だった。



ーーーーーーーーーー



 2年後、私は行きつけのバーでお酒を飲んでいた。たまたま入った店だったけど店内の雰囲気と、マスターの人柄が好きで何度も通っている。


 くだけた口調で話してくれて、客と店主というより知り合いのお兄さん感覚だ。優しい人柄だけど、見ている限り人たらしだ。


 この日もバイト先の愚痴をマスターに話していると、隣の席に誰かが座った。



「お姉さん、綺麗な顔してるねー。ねえ、ちょっと俺とも話さない?」


「いえ、結構ですので」


「手厳しー! あ、マスター俺にも同じ酒ちょうだい」



 馴れ馴れしく話してくるが、私は1人で飲みたいのだ。話し相手はマスターだけでいい。こんなにうるさい人は嫌だ。



「お名前は? 俺は久藤智也くとう ともや。よろしくね」


長谷川夏美はせがわ なつみです」



 最低限に名前だけ返事をして、お酒を飲む。嫌なことがあった日にはどうしてもここへ来てしまうのだ。



「夏美ちゃんかー。好みの顔だから、ついつい声をかけちゃったよ。これから俺と遊ばない?」


「いえ、結構です」 



 断っているのに、今度は肩に腕を乗せようとして来た。さりげなく身をよじり手から離れる。

 いい加減にして欲しくて横を見ると、整った顔つきの男がこっちを見ていた。ピアスをしていて服装も全体的にチャラい。けれど、それらをおしゃれに着こなしている。



「お、やっとこっちを向いてくれたね」



 カウンターに肘をつき、頬杖をしながら私を見ている。いつもはしつこいナンパは助けてくれるマスターも、今日は見ているだけだ。

 無視を決め込んで飲み続けるが、依然として視線を感じる。


 ラチがあかないとため息をつき、グラスに残っているお酒を一気飲みした。



「マスター、これお勘定! 今日は帰る」


「もう帰るの? また来てね、夏美ちゃん」


「またねー」



 マスターに続いてひらひらと手を振りながら私を見送る。一緒に帰るなんて言われたらどうしようかと思ったけど、さすがにその心配はなさそうだ。



「気に入っているお店だったのに」



 しばらく行くのは控えよう。そう思って、去年越してきたばかりの家に戻った。



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