殺人鬼×顔合わせ
「––––今日からメイドとしてお世話になるフィアと申します。先輩方にはご迷惑をお掛けすると思いますがどうぞよろしくお願いします」
夜のライフワークに勤しんだ翌日。私はこれから勤める事になった屋敷で、先輩の使用人達へ顔合わせをしながら挨拶して回って居た。
特にどこの誰だとかは気にして無かったんだけど、どうやらここのお貴族様は侯爵様らしく、私兵集団も持ち合わせているらしい。
アルベール・ブルース・ルーファス。それがこの家の現当主様でお髭が渋いナイスミドルで、家紋に因んで帝国の鷹との異名を持つ猛将。
異名に恥じない猛禽類の様な鋭い目付きは背筋に氷柱を入れられた様な錯覚を感じる程。
奥方は早くに亡くなっているらしく、二人の息子を男手一つで育てて来たんだとか。
こういった強さや地位のある人を見ると、期間限定感があってつい殺したくなってくるんだけど、前日のライフワークのおかげか今のところは我慢が効いている。
そんな風に出会う人を値踏みしながらメイド長の付き添いと共に挨拶回りをしていると、昨日私を蹴っ飛ばしてくれたお坊ちゃんと出くわした。
「れ、レオン様!? おはようございます!!」
「おい。その無礼な女マジに雇ったのかよ、あの愚弟は」
「は、はい!!」
相変わらず隙だらけ。趣味の悪いアクセサリーとその整った顔立ちをズタズタに斬り裂いてやりたいけれど……逆にここまで隙だらけだと、非常食みたいな感じがして食指が動かない。
ぺこぺこと媚びてるメイド長を横目で見つつ、男受けのいい笑顔を張り付けてレオン坊ちゃんに笑い掛ける。
彼はレオン・ワイス・ルーファス。この家の長男であり、周囲からは無能と言われて余り良い印象を持たれていない。
剣術・勉学共に弟に負けていて本人の性格も悪い、下の者への暴力も頻繁に行って居る辺り、好かれる要素がまるで無いんだけど、個人的にはこれくらいのダメ男って結構好みだったりする。
––––特にベタベタに依存させてから殺したりすると、最高の死顔になる辺りが。
彼は私の顔や体つきをジロジロと見て回った後『貧相な体だな』と一言残して去って行った。
……貧相で悪かったな。
今日は機嫌が比較的良いらしく、メイド長があからさまにほっとした表情を浮かべてる。
「レオン様は気難しい方だから、貴女も気を付けて接する様にね?」
「あはは、昨日早速蹴られましたから身に染みてます……」
まぁあんなへなちょこな蹴りを食らったところで痛くも痒くも無いんだけど、苦笑いを浮かべておく方がコミニュケーションがスムーズに行くからね。
そして、次の挨拶先が巷で有名な神童、ハルト・レッドル・ルーファス。剣術・勉学・内政、どれを取っても優秀で無能な兄とは雲泥の差があるのだとか。
部屋に飾られていた刀や、この屋敷で使われている醤油等の日本由来であろう調味料を作ったのも彼らしい。
明らかにこの世界にミスマッチなこれらの品々、私の様になんらかの力で地球からこっちに移って来た人間なのかな?
むかーし組織内の狂人四天王の一人が超真面目に輪廻転生だかを研究してたはずだし、その被験体の一人だったりして。致死率100%の実験でどうやって成功を確かめるのかは結局分からずじまいだったけど。
しっかし、どうしようかな? ハルト坊ちゃんが私と同じだろうとそうでなかろうと、他の人とは違う特別な人間って訳で……。
現状、私の中の殺害リスト最上位に入ってるからうっかりがあるかもしれない、と言うかありとあらゆる手段を使って殺したい。
だってほら、考えてみてよ? レオン坊ちゃんを除いた屋敷全体が彼を慕ってるんだよ? そんな人望の厚い人が自室でバラバラの惨殺体で出て来たらどうなると思う? 絶対悲しむでしょ? もしかしたら気落ちした当主様が一気に老け込んだりするかもしれないし、街全体が落ち込むと思うんだよね。
そんな時にさ、同様の手口の連続殺人が起きたら、そりゃあパニックになるんじゃ無いかな?
次から次に発見される惨殺死体、何処でも手に入る様な凶器を敢えて現場に残したりしちゃってさ、似たような刃物使ってる人が段々犯人に見えて来ちゃったりして疑心暗鬼になってる人を狩ってこそ、殺人鬼って感じじゃない?
本人も相当腕が立つらしいし、寝首を掻くのがいいのかなぁ? それともすり寄って恋人にでもなってからサクッとバラすとか? こっちは殺意が凄くそそられる。
他人が大切にしてる人程殺したくなるのは私の悪い癖。ズッタズタにして周りの絶望する顔が見たい。絶望の声を聞きたい。その地獄を作る殺人鬼がこの私、フィア・フィリス。
今すぐにでも殺しに行きたいものの今はまだ日中。人の目もあるし、何より明るい時間に活動する殺人鬼なんてシチュエーション的になって無い。折角月が紅いのだからそれが一番よく映える日にしないと。
…………今後は出来るだけハルト坊ちゃんには関わらない様にしよう。率先してレオン坊ちゃんの相手をしに行ったりしてさ。
月の見え方やカレンダーの日付から最も不吉な日を見つけてその日に殺す。清浄なる世界からの依頼? あんなもの守るとでも? だって前金は貰ったし、この屋敷にメイドとして勤めてれば衣食住揃うんだからあんな革命家気取り達に従う理由は無いでしょ?
だから頃合いを見て……ね? メインディッシュの前の前菜だよ、彼らは。
––––そんな殺人計画を企てながら、私は挨拶回りを続行して行くのだった。
フィア視点の為語られない設定。
アルベール
レオンとハルトの父親。厳格な性格ではあるものの息子達には少々甘く、レオンの傍若無人っぷりやハルトのやりたい放題を諫める事の無い人物。
レオン
一応昔はまだまともだったものの、ハルトの才能と自身の才能を延々と比べられて来た結果無事捻くれ者に成長してしまう。
フィア的には好みのタイプだが、『依存させてから殺して絶望した顔をさせたい』と言う非常に歪んだ感情を向けられている。
殺害リスト的にぶっちぎりの最下位(それだけ容易に殺害可能)
曰く非常食。
ハルト
お察しの通り転生者。トラックに跳ねらたら神様に会って異世界に転生したので悠々とセカンドライフを満喫中。
身体能力や頭脳面はチートなものの、フィアの居たSF地球では割と上から何番目くらいの性能の為、彼女から見たら普通にキルゾーン。
但し一方的な殺害とまではいかない為、戦闘した際のシチュエーションにこだわって現在保留。
組織内の狂人四天王
輪廻転生を科学的に証明しようとして人体実験を繰り返しまくるマッドドクター。
機械部品を組み合わせて定義上人間と呼べるナニカを作ろうとしているマッドサイエンティスト。
吸血鬼に憧れて若い女性の血液を摂取する現代版エリザベート。
フィアはこの三人に加えて、こんな連中を平気で組織に入れたリーダーの事を狂人呼ばわりしているものの、他の人からすれば四天王の最後の一人は彼女な模様。