殺人鬼×使用人
人生は小説よりも奇なりとは良く言うけれども…………流石の私もメイドとして貴族の屋敷にお勤めする事になるとは思わなかった。
仕事の内容としてはお貴族様の領地経営の情報だとか、年間のスケジュールだとかのリーク。
所謂スパイの真似事をして反乱の手助けをしてほしいと言う話な訳なんだけど、彼らの組織自体はそこまで大きく無いらしい。
だからこそ他組織との繋がりを強くして力をつける為、情報と言う武器が欲しいだのなんだのと言ってたが、人選ミスじゃ無いかなぁ?
そうは思ってはいたものの、ターゲットの家の長男がかなりの面食いだとかで、容姿の整った女性しか雇い入れる事が無く、彼のお眼鏡に叶う人材が組織には存在せず、フリー且つ裏の住人の中では私しか該当者が居なかったんだとか。
……まぁだからと言って文字の読み書きのできない殺人鬼に頼む内容じゃない。余程の愚者なのかなりふりを構わない連中なのか––––いや、そんな事は良いか。
突拍子も無い仕事の依頼と裏のありそうな内容。普段なら受ける事が無いのだけれど、どの道夢か現か分からないこの現状、生きる事に頭を使うのは無駄な労力、刹那的に生きる事が正解だろう。
仮に罠だったとしても死ぬだけの事、絞首刑で死んだのに改めて殺されるのもどうかとも思うがまぁ些細な事。
人員を送り込む手筈自体は整ってるらしく、態々信用を勝ち取って疑いの芽を摘んであるんだとか、下克上を狙ってる割には周りくどいね。
「それで? 私はいつそこに行けばいいのかな? それなりにお腹いっぱいになったから今からでも構わないけど?」
「そうか、それなら今から行くか!!」
「りょ〜かい」
お腹が膨れた事で殺人衝動が収まってる私は、潜入の為にまともな服を要求し、一張羅になってた囚人服から着替えてから無防備に前を歩くリーダーの後を付けながら目的の屋敷へと向かった。
––––貴族の屋敷だけあって敷地はかなり広く、鉄格子の門と煉瓦造りの壁に庭ごと囲われた洋館は地位がかなり高い事は想像に難く無い。
玄関迄は馬車で移動し、途中には噴水付きの庭園が見える。うっかりお貴族様を殺しでもしたら地の果てまで追いかけられそうで、なんだかゾクゾクして来たよ。
ただ一点、この仕事に不満を述べるとするのなら––––面接があるなんて知らなかった事だ。
「それで? 貴女の特技は?」
でっち上げた身の上話と共に屋敷へ紹介された私が通されたのは、事前に教えられていた面食いの長男の元では無く、その弟が待つ別室だった。
道すがらに教えられていた情報によるとこの屋敷の貴族には二人の息子が居て、兄は完全な無能なのだが弟がキレ者且つ実力者とか言ってた気がする。
話半分に聞きながらボーッとしてたから詳しい内容は殆ど入っていない。今更ながらもう少し耳を傾けておけば良かったかな?
さてさて、思考が逸れてしまったけど問題は私が彼の質問をどう答えるべきか……流石に『特技は人殺しです!! 人型の生物なら何でもバラせます!!(キャピッ』なんて返事したら確実に落とされる。
いや、それ以前にこの隙の無い雰囲気と目付きの鋭さだと、そんな答えをした瞬間戦闘になりそう。
と言うか殺人鬼に特技を求めないで欲しいな。殺し以外の特技とか思いつかないんだけど?
「えっと……大型動物を捌けますね」
「それはシカとかイノシシみたいな?」
「はい、シカもイノシシも捌けます」
まぁ嘘は言ってない。シカもイノシシも一応捌けるから、でも一番慣れてるのは人間だけどね。
でもなんだろうこの感じ。この男の視線と言うか雰囲気と言うか、気配が他の人とは明らかに違う。
例えるのなら子供の中に一人だけ大人が混ざってる様な––––異物感を覚える。
猫を被った状態でその後も面接を続けていた私は、緊張した振りをしながら視線を彷徨わせて室内を見回していたが、壁にサーベルと共に日本刀が飾られているのが見えた。
その日本刀に反応しかけたが、何とかそれを堪えて目の前の男へ視線を向け直した。
あの刃物には良い思い出が無い。日本にサイボーグ狩りをする為に派遣された時にそれまで伸ばしてた髪をバッサリ斬られたり、私が過去に殺した日本人の遺族に乗ってた組織の車ごと真っ二つにされそうになったり、何となくで入った民家で怪奇殺人っぽく一家族皆殺しにしたら偶々外出してた中学生くらいの子が刺し違える覚悟して背中から串刺しに来たり、二刀流にサイコキネシスで操る六本の刀を足した八刀流を使うサイキッカーにストーカーされまくったり、ほんとロクな目に合ってない。
そんな昔の記憶に想いを馳せている間に、猫を被った状態での受け答えでメイドとして雇って貰える事に決まっていたらしく、一旦思考を切り上げて礼儀正しく退出する。
えらく和風な代物が飾ってあったので彼には何か秘密があるだろうけど、今は頼まれたお仕事を熟す方が優先。
その為にはまず信用と信頼を勝ち取らないと……ね?
私は潜入任務を遂行する為にこの手の訓練も施されているから仕事自体は問題無い。無いんだけど……ここのメイド服はえらく可愛らしいから少々気に入らない。
着飾ったり、甘い物を食べたりするのは自分の中に普通の少女としての一面があると錯覚しそうになる。
殺人鬼にそう言った物は必要無い、理不尽な死神である事が私に求められているのだから。
と、そう考えて歩いていると曲がり角で人とぶつかってしまった。
「も、申し訳ありません!! お怪我はございませんか!?」
「痛いなぁ!! 何するんだよ!! 僕の事知ってての狼藉か!!」
ぶつかった程度で心底頭に来たのか、大声でそう怒鳴りつけて来る男。
豪奢な服と過度な迄に宝石が散りばめられた趣味の悪いネックレス、足の重心の位置や全体の雰囲気から察するにこの男が無能で有名な兄だろう。
その証拠に隙だらけ過ぎてどの様な状態でもこの男を細切れにして殺害出来る自信がある、あの弟なら暗殺を防がれそうな気もするけれどこの人は殺された事にも気付けないね。
必死で謝る演技をしている内に彼は私へ蹴りを一発入れてから去って行った。
とりあえず上手く目的の無能と接触出来たのは良いんだけど……どうしようか? 殺さない自信が無いや。
明日から本格的に仕事をする事になるし、お給料もいいから出来れば長く勤めたいんだけど、まぁこればっかりはなるようにしかならないか。
フィア視点の本編では解説されない非公開情報。
①クライス。
前話で名前が出た彼はこの街だと麻薬売買や人身売買など手広くやっていた所謂マフィアのボス。
戦闘能力も非常に高く、戦闘離脱の腕前も素晴らしい為、どんな状況に追い詰めても仕切り直しされる上に手痛い反撃を受けるので実質的に裏の顔となっていた。
しかし、常人離れした身体能力を持つフィアとバッサリ出くわし、斬撃を認識する前に関節に沿って肉体を分割される。
散歩ついでの殺人行為だったので、彼女には殺した自覚が無く、名前を聞いてもピンと来なかった。
②組織の車&それを切断した少女。
要人護衛用の防弾・防爆処理の施された車で、任務先から帰る為に乗り込んでいたところを信号機の上で待ち構えていた少女に強襲されて切断された。
現代日本では無くSFの技術が発展した別世界の日本人な為、復讐心に燃えて斬鉄出来るまでの腕前になった模様。
ぶっちゃけこの世界の地球人は大概トチ狂った身体能力してる。戦闘能力は地球人>異世界人。
その後も少女は車が行き交う路上でフィアと交戦。車の屋根を足場に逃走を図るフィアを逃がさない為に、車と言う車を切断したり、逃走先の陸橋を斬り落としたりしたが、崩れ落ちる足場を利用したフィアによって接近されて首を斬り落とされた。
③八刀流。
裏で名前が売れ始める前からフィアをストーカーしていた壮年の男。
初の出会いはフィアが九才の頃で、当時は現代に蘇ったサムライとして名が知れていた彼の両腕を彼女が斬り落とした事が原因でストーカー化。
義手を装着して再戦したものの敗北、超能力開発を受けてサイコキネシスに目覚めてからは四刀流→六刀流→八刀流と変化して行った。
最期は挽肉状になるまでフィアの技を受けて死亡。そのまま下水に遺棄される。
尚転生はしていない。
年齢差は20才差、立派なロリコ(ry