プロローグ
––––かつん。かつん。閉鎖的な部屋に響く様々な足音。耳に入ってくるこの音は後数分もしないうちに途切れてしまうだろう。
私は両手は後ろ手でキツく手錠をかけられ、アイマスクをされた状態でその部屋の中心に立っていた。
コレから起こる事柄は自分の行いによって引き起こされる事象、いずれ巡ってくる因果。こうなる事は十年以上前から決まっていたのだから、怖がる事はない。
たった十八年––––それが私の人生。
十三年前、私と私の家族は飛行機事故に遭いどことも分からない国へと墜落した。
別にそれ自体は不運な事故で済んだだろう。しかし、その際に両親が死んでしまった上に頭を強く打った為記憶喪失になってしまった事、運良く拾われたもののその相手が裏組織の人間だった事もあってか、言葉も通じない国で生きる為に殺人技巧を叩き込まれた。毎日。毎日。陽が登っても、沈んでも。
暴行は当たり前だった。食事に毒が混ざっている事もあった。殺しの技術として毒の種類や人間の肉体についての知識や、女である事を利用した暗殺法なども教え込まれた。
…………尤も、私は教えられたそれらをあまり使わなかったが。
人を殺すだけならナイフ一つで十二分、何より毒や誘惑等で相手を殺害するなんて––––スマートじゃないもの。
殺害対象は迅速且つ確実に、それでいて相手を殺めたと言う実感が得られる方法で、それが私のやり方だった。
組織の中では右に出る者は居らず、命令で組織に不都合な人間や法の穴を抜ける様な犯罪者を始末している内に人殺しがライフワークになったのは必定だろう。
––––だからまぁ、要するに私が捕まって今絞首刑を執行されようとしているのも仕方の無い事。十三年前に死に損なった亡者が地獄の底へと帰るだけ、何も恐れる事じゃない。
唯一つ後悔と心残りがあるとすれば、私が捕まるきっかけとなった仕事くらいだろうか?
その日は新月の夜に乗じてターゲットの屋敷に忍び込んだのは良いものの、組織内の裏切り者が私の情報をリークしていたのか、待ち伏せしていた護衛と戦闘になってしまった。
今にして思えばその際に退いていれば少なくとも捕まる事は無かっただろうが、銃を構えたその護衛が余りにも隙だらけだったものだからつい、その、ナイフも軽くなると言うか……思わず首を斬り裂いてしまったのが運の尽き。
護衛が倒れ込む瞬間に銃の引き金を引いてしまった為、銃声に気が付いた護衛が私の元へと集まった結果––––屋敷内の非戦闘員含めた全ての人間を皆殺しにする羽目になった。
銃弾の弾幕や投げ込まれる手榴弾に傷付きながらも、一人一人この手で始末して行く瞬間は正に夢のようなひと時だったその時間は、夜明けと共に撃ち込まれた一発の銃弾で終わりを迎えてしまう。
銃声の遠さから一キロスナイパーだと察した時には足を撃ち抜かれ、倒れ込んだ瞬間に利き腕を撃ち抜かれた。
死角に隠れる事で一命だけは取り留めたものの、その後の突入部隊を相手にするだけの余力は無く––––呆気なく捕まって今に至る。
もっとスマートに仕事を遂行出来たと言う後悔と、ライフワークに熱中し過ぎてタイムオーバーになったと言う情け無さ、自身の死刑よりもそちらの方が私にとっては問題だった。
だが、その後悔こそが私の運命だとするのならば、コレで良いのだろう。
––––そう自分の人生を締め括った瞬間、ガコンという音と共に足場が開いた。
ロープが首に喰い込む痛みは一瞬、それよりもロープの長さを間違えたのか、私の首が自重に耐えきれず切断されてしまう。
意識を失う最期の最後に聞こえたのは自分の身体から血飛沫の上がる音、コレを聞いて死んだものはそうはいまい。
そんな思考と共に私の人生は幕を下ろした––––はずだった。
目が覚めて見れば首は繋がっているわ、見知らぬ路地裏に倒れているわで流石の私も自体が飲み込め無かったが、周囲の喧騒から聞き取れる言語に一切の聞き覚えが無い事から何処とも知れない土地だと言う事が分かる。
地面は舗装されていないし、街並みは発展途上国のそれに近く、車などは見渡す限り存在しない。
目を閉じて聴覚に意識を集中してもそれらしい音は聞こえない辺り、人間の認識できる範囲には其れ等が無いのだろう。
現在地が分からない事は理解出来た。しかし一番分からないのは何故私が生きているのかと言う点。
今の私は囚人服を着ている上に武器も無い、襟元も切断された際の血飛沫でべったりと濡れている事から刑の執行は間違い無く行われている。
等活地獄や無間地獄に落ちたにしては誰も彼も殺し合っていないし、責め苦を味わっても居ない。はてさてコレは一体どうした事か。
そんな風に考え事に没頭していると、土を踏む音と共に背後に気配を感じる。
振り返って見ればナイフを構えた男が三人、美しいと言う言葉からは最も縁遠い容姿をしていて、生理的に受け付けそうにない。
何やら私に向けて話しかけているらしいけど、認知していない言語である事や、興味の対象外な事も相まって殆ど耳に入ってこず、言葉を聞き流して居たらナイフを眼前に突き出された。
ジェスチャーから察するに私を拐うつもりだったのだろうが––––嗚呼、それは悪手だよ。
反射的に、本能的に、生理的欲求を満たそうと、私の身体は滑らかに動く。
回転と同時に身体のバネを利用し、体重を乗せた蹴りを真正面に立って居た男の胴体へと突き立てる。
槍の様に鋭く、貫通力のある槍の様な私の蹴りは容易く男の腹を穿ち、身体の中心部へ向こうの景色が見える程の風穴を開けた。
「––––烈牙・重槍」
殺人技巧の一つ、脚技の烈牙。最近はサイボーグ化手術を受けた人間や超能力開発をされたサイキッカーなど、最近の裏世界はまともな人間が少なくて、そう言ったタフな連中を狩る為に編み出した技の一つ。
元々は戦闘用のサイボーグ相手に使う事を想定してたんだけど……まさかこんなところで役立つとはね。
崩れ落ちる男の手からナイフを抜き取りつつ獣の様に体を屈めた私は、残る二人の獲物に四肢を使った踏み込みを行い、すれ違い様に頸椎の隙間に刃を通す様に斬り裂いて首を切り落とそうとしたものの、あまり質の良いナイフじゃなかったからか一人中途半端に仕留め損なってしまった。
首を抑えてのたうちまわる男、放置して居ても直に逝くだろうけど、それはスマートじゃない。
「悪いね、仕留め損ねて。どうも私は暗殺とかが下手でさ、だからお詫びに大奮発して殺してあげるよ」
私はそう言って名前も知らない男の胸ぐらを掴んで無理矢理立たせると、ナイフを操っり出血が著しい部分を七箇所斬り裂いて血の噴水を作り上げる。
「––––奥義・七閃噴血。中々死なないサイキッカー用の必殺技だよ? よーく味わって死んでいってね?」
そう言い終わるよりも早く、男は倒れて微動だにしなくなった。
––––やっぱり良いね斬って突いたら死んでくれる人って。
サイボーグ連中は首斬り落としても腹を蹴り抜いても動いてくるし、サイキッカーだって精神力だけで死んだ身体動かしてくるからズルいよね? 仮にも人間名乗ってるんだし、殺したら死んでくれなきゃ嘘だ。
くるくるとナイフを手元で弄びながら、前世の生き汚い連中の事を思い浮かべつつ、私は街とは反対の裏路地を進んで行くのだった。
ゲーム風ステータス(本編に関係なし)
Name:フィア・フィリス
Sex:女
Age:18
Like:外出・昼寝
Dislike:可愛い物や服と甘い物(普通の女の子だと錯覚しそうになるから)・サイボーグ&サイキッカー等(彼女曰く生き汚い連中)
備考:十三年前、旅客機の墜落事故によって両親と記憶を失った少女。幸か不幸か偶々その周辺で反社会的な活動を行なっていた裏組織『フィナーレ』に拾われ、構成員として教育される。
記憶を失った彼女には与えられたその殺人技巧のみが自分の内側に実感できる個性であり、それ故に彼女の行なっている殺人行為は趣味・嗜好の領域にはあらず個性を肯定する為の行動であり思想や性癖などではない。
特技は殺人。
我流の殺人技巧を操り、唯の人間でありながらサイボーグやサイキッカーと言った超人の多くを殺害してきた。
元々は組織のエースであり、数々の要人を狩り続けていたが、彼女の殺人衝動は身内にも及んでいた為、組織内部からの意図的な情報漏洩によって捕縛され、その後処刑されるが、その後何故か異世界へ転移してしまう。