予測された炎上
―予測された炎上―
何で意識不明になるのか、わからない。
何で火傷ができるのか、わからない。
わからないけど、私の心の奥底で、根拠のない仮定がどんどん展開されていく。
医学的根拠がまったくない。説明がつかないから、人には言えない。
だけど最近の身の回りの出来事が、仮定をどんどん裏付けた。
誰かに聞いてほしくてたまらなく、私は勇気を出して青木さんを呼び留めた。
「青木さん……あの、相談してもいいですか?」
「何、どうしたの?」
だが呼び止めて、やっぱり根拠がなさ過ぎて、言葉に詰まる。
「あの…バカみたいなこと、言ってしまうんですが…」
「?、早く言いなよ」
青木さんは私の歯切れの悪さに首をかしげて促してくれた。
その言葉に背中を押され、私は勢いのままに自分の仮説を話す。
「あの、私…上田ちゃんは、…炎上して火傷になったんだと思うんです」
「?、火事って言いたいの?」
「じゃなくて、ネット上の、……〝炎上〟です」
数秒の沈黙。
その上で、深いため息が一つ。
青木さんが口を開けば、
「バカじゃない?」
の一言。
「ですよね」
あまりの否定の速さに、自分自身も「わかる」と同意したくなる。
というか言ってしまった。
私だって「そんなバカみたいなことあるわけない」って自分自身に何回も言い聞かせた。
だけどその上で、そうじゃない可能性を誰かに聞いてほしかったんだ。
「――私、火傷ができたんです。心当たりはなくて、あるとすれば炎上しかけたことくらいで。」
そういって、自分にできた火傷を見せた。
今はだいぶ引いているが、赤みはまだ形成している。
「……お酒の席で、とかじゃないの…?」
(ごもっともすぎる。)
でも、間違いなくあの炎上の時に、熱さを感じた場所だった。
アルコールだって入っていない、意識はしっかりしていた。
「信じられないのはわかるんです。自分もそんな根拠のないことって何度も思いました。」
「とりあえず、全部話は聞くわ」
そう言ってくれる青木さんに感謝し、私はつづけた。
「その、私が炎上したって言うのも…上田ちゃんのことが関係してて。」
「……はあ?」
私は、言うべきか迷ったが言った。
これを伝えると、上田ちゃんが個人情報を漏洩したことを伝えるということ。
看護師としてやってはいけない行為をしていたことを、報告するということ。
プライベートでたまたま気づいただけのことを、上司に報告するをためらってた。
だけど、もうそんなこと気にしてる場合じゃなかった。
大事なことだったから、伝えることを決めた。
・上田ちゃんが個人情報を漏洩してしまっていたこと。
・そのため、きつくSNSでさらされ、炎上していたこと。
・あまりの罵倒のされ方が見て入れず、フォローを入れたら自分も炎上したこと。
・その時、すぐに発言を消したが、自分も火傷部位が熱くなったこと。
・それが朝見ると軽度の熱傷になっていたこと。
信じられないが事実ばかりだった。
「だから、ネットで炎上したら火傷になるって言いたいの?」
「可能性はあるんじゃないかと思って…」
「だったら日本中で何万人も火傷になってるわよ」
青木さんの言うことはもっともなのだが、それを言うならもうすでに…
「……なってます」
今、日本中で、何万人もの人が原因もわからず意識不明になっている。
その上で、火傷を起こしている。
「あのね、姫川。」
「はい…」
「仮にそうだとして、順番がおかしいと思わない?」
「……」
私が言葉に詰まっていると、青木さんは言葉をつづけた。
「意識不明の人は、大半が意識不明になってから熱傷を起こしてる。意識不明になってから炎上するなんて、そんなことできると思う?」
「なんかこう、時差みたいなものがあったり……」
「時差があるんだとしたら、上田も姫川も火傷は関係ないってことになるね」
「う、確かに…」
名推理だと思ったのに、見事に論破される。
「それに、その炎上してたアカウントが上田だってなんでわかったの?」
「その、内容がこの間のインシデントと類似していて」
「じゃあ、本人だって確証はないのね」
「でも、いっぱい当てはまるんですよ…!」
そういって私はmilkywayを起動した。
といっても、上田ちゃんのアカウントはほとんどの発言を消してしまってる。
見せてもあまり意味のないんだけど……。
そう思いながら、私は上田ちゃんのアカウントを開き目を見開いた。
「え…!」
「なに、どうしたの?」
「上田ちゃんのアカウント……」
『最近、看護がすごく楽しい』
『患者さんが、私のこと認めてくれた』
『今日、難しいって言われてる人の採血、一発で入れることができた!』
「――発言が、…ある。」
それも、意識不明になってからの日付で、内容はとても明るい内容のものだった。
「え、なんで!?」
思ってもみない展開に、自分自身疑問が溢れ取り乱す。
「だから、他人だったんでしょ」
青木さんの冷静なツッコミにも納得できない。
「いやでも…!」
ほら、と青木さんに画面を見せる。
「この辺とか、すごく上田ちゃんっぽくないですか…!?」
発言を見てもらうと、青木さんは眉間にしわを寄せる。
「……姫川?」
「はい…!」
「あのさ」
「はい!」
「何も書いてないけど」
「はい!!?」
そんなはずはない、と再度画面を見ると、やはり発言はされている。
その上でもう一度見せると、青木さんは数秒見つめて口を開く。
「この、ごめんなさいっていうやつが上田っぽいって?確かに、日付は上田の倒れた日付と一緒だけど…」
それは炎上した直後に言ってた発言だ。
それではなく、看護を楽しんでいる発言があるのになんで…。
私は必死に説明する。
「いや、そのあとに看護が楽しいとかたくさん発言が…!」
「だから、そんなのないって」
「そんな…」
それでも、青木さんには見えていなかった。
それでも何故か、私にはその内容が見えている。
非公開アカウントが見えないとかそういう機能はあれど、この場合は私の画面を通してみている。
milkywayに、同じ画面を見ていても見える情報が異なるなんて、そんな機能は流石にない。
怪訝そうに私をみる青木さんに、必死で訴える。
「青木さん、信じてください。私見えてます。やっぱり何かおかしいんです、きっとこれが何かの引き金になってるんじゃないかって思うんです…!」
「姫川落ち着きなよ…」
私は、milkywayを再更新する。
「私、上田ちゃんにメッセージ送ってみます!」
私は夢中になって上田ちゃんにメッセージを送る。
【はじめまして、上田さんのアカウントですか?】
すると、既読のマークがつき、すぐさまタイムラインが更新される。
『え!怖い…!個人特定された…!ブロックした方がいいのかな…』
もしも青木さんの言うとり人違いだったらと不安を考慮して、あたりさわりのないことを言えばよかった…!
でも特定ということは、上田ちゃんで間違いないと言うことだった。
「わああブロックされちゃます…!でも個人特定できてるみたいです!」
「いや、上田今意識不明だしあり得ないでしょ…!」
「どうしようブロックされちゃう…!」
焦りすぎて会話が成立しない。
見かねて、青木さんが話を合わせてくれる。
「もう。なんて送ってなんて見えてるの…?」
見えていない青木さんに状況を説明すると
「それは怪しすぎる」
と正論を言われ慌てて訂正を入れる。
【上田さんビックリさせてごめんね…!私だよ、姫川…!ブロックはしないで…!】
そういうと、しばらくしてダイレクトメッセージにも返事が来る。
【姫川さんだったんですね…!!急にビックリしちゃいました。あの、なんでわかったんですか…?】
【ごめんね、ちょっと前の炎上してたところから見てて…】
【炎上…?】
不思議そうにそう返してくる上田ちゃんに、違和感を覚える。
【してたよね…、炎上?】
【夢で…しました…けど…】
(……え)
炎上したことが、夢になっている…。
――もしかして、現実と夢が入れ替わっているんじゃ…?
だとしたら、現実のあなたは今意識不明です、なんて言えたものじゃない。
どんな影響が、身体に出るかわからない。
私は思わず話を合わせる。
【ほら、夢で怖かったって言ってたじゃない!】
【……あ!言いました!】
(――よかった、言ってたんだ。)
上手く話を合わせれてホッとする。
流石というか、なんというか、夢の中でも上田ちゃんは上田ちゃんらしい。
落ち着いて考えると何故、意識化でこういったメッセージのやり取りができるのかはわからない。
それでも、画面の向こうにいるのは、間違いなく上田ちゃんだった。
【なんかごめんね、アカウントに気づいたら声かけたくなって】
【ビックリしました、名前もIDも見えない変なアカウントだったので…】
(え…)
【私のアカウント、バグ起こしてる…?】
【そんな風に見えます。】
もちろん、私のアカウントはバグなんて起こしていなかった。
だが、意識不明である上田ちゃんに見えている画面にはモヤがかかっているという。
わけがわからなくなり、青木さんに今のやり取りをすべて伝えてみた。
半信半疑で、青木さんは状況を整理してくれる。
「つまり、そのアカウントは上田で、上田は姫川にしか見えないけど発言をしている。」
「はい」
「で、姫川の発言は、モヤが掛かって見えている。」
「みたいです」
「……怪しいね」
言葉にされると自分の発言が怪しすぎることを自覚する。
「疑わないでください…!」
「じゃなくて、SNSが」
「え」
「しょうがない、信じてみるよ。それ。」
青木さんは、半信半疑ながら私の推理を信じてくれると言った。
自分の考えを信じれるのは自分しかいなかった。
そこに尊敬できる看護師の青木さんんが加わって、嬉しくなる。
「青木さん…!」
「だからって、何もできないけどね…」
「そんなことないです、勇気が出ました!一度、milkywayの本社に連絡を取ってみようと思います」
「それがいいね」
青木さんの後押しは本当にありがたいものだった。
** *
「……とはいえ、連絡ってどうすれば」
そもそも、青木さんに言うのもとても躊躇いがあったくらいだ。
そんな私が、本社にどんな根拠を持って連絡を取ればいいのかわからず、数日たった。
どうしようかと悩みに悩んだ。
休日か、夜勤前か…どちらにしても、連絡できる日なんて限られている。
今日はせっかくの休日。
なのに、悩みが絶えず再び上田ちゃんのアカウントを見る。
『今日は時間があったから、患者さんを散歩に連れて行ってあげれた!』
(そっか、夢の中でも頑張って看護してるんだ)
のびのびと看護をできているように見える。
それがほほえましく見える。
その一方で、憎らしくも見えてしまった。
現実では寝たままなんだから働いてくれよ、なんて悲鳴をあげていた。
まだまだ意識不明の患者ばかりで、現場は今にも壊れてしまいそうだった。
『∟それが看護の正解みたいに理想押し付けないでほしい』
『∟そんなゆとりのある病棟ばっかじゃない』
上田ちゃんの発言に、心無い返信がついていく。
(この人たちは……夢の中の人…?)
(それとも、…私と同じ現実の人…?)
正直、こうなってくると区別がつかない。
区別はつかないが、そういう発言がどんどん増える。
本来炎上するような発言ではないのに、どんどんと膨れ上がり炎上しかけていく。
(〝炎上〟…?)
「……ッ、上田ちゃん…!」
私はハッとして、すぐに発言を消すように上田ちゃんに連絡を入れる。
が、上田ちゃんはすぐに反応できないようで、返事が返ってこない。
私は次に、病院に電話を入れた。
「すみません、看護師の姫川です!あの、突然なんですが上田ちゃん、今発熱してませんか…!?確認取ってもらうよう看護師さんに伝えてください!」
職場へわけがわからない電話をかけてしまった。
それでも、嫌な予感は当たっており、上田ちゃんは軽度の火傷を負っていた。
「……、なんでわかったの…?」
青木さんが、私に聞く。
「……SNSで、炎上しかけてました。」
「なるほど…」
私は、早くmilkyway本社に連絡を入れなきゃいけないと思った。
炎上と疾患についての関連性が見えてきた。
私は、予防的に熱傷だけでも食い止めることができないかと、考えるようになった。