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バーンアウト

医療の話で読みづらいところがあります。

わかりにくいところは教えていただけると嬉しいです。

善処して書きます…!


今回は新人看護師視点のお話になります。


 ―バーンアウト―




 あの日、私…上田美鈴は、急変時の対応を間違えてしまった。


 あの時から、私の中は恐怖でいっぱいになった。

 先輩に何を相談していいかも、わからなくなった。


「上田ちゃん、今日よろしくね」

「は、はい!すみません…」


 そう笑顔で挨拶してくれていても、心の内では迷惑に思っているかもしれない。

 自分が負担でしかない今、どうすれば迷惑をかけないで済むかばかり考えてしまう。


「大丈夫?」

「大丈夫です…!」


 大丈夫なんかじゃない。


 なのに、何がどう大丈夫じゃないか整理できない。

 言葉にならない…。


「……じゃあ困ったら声かけてね?」

「…はい」


 そんな私の対応が困難になっていく先輩方。

 私のフォローについてくれる先輩は、毎日違う先輩だった。


 私のフォローという負担を分担しているんだと思った。

 それでも情報共有をするために、陰で噂されているんだと思った。


 わかりやすく、たらいまわしにされているんだと、……思った。


「すみません…」

「ごめんなさい…」

「大丈夫です…」


 これ以外の言葉が、出ない。


 そんな自分が、この病棟にいていいのか毎日悩んだ。

 辞めたい、逃げたい、休みたい、毎日そう思うけど、それ以上に、


 〝今日こそ変わってやる〟


 そう思っていたいから、毎日泣きながら出勤していた。




 * * *


「――あのね、上田さん。もうスタッフが限界なの。あなたのことを守ってあげられない。」

「え…」


 今日はこのあと、姫川さんが相談に乗ってくれる。

 だから、この面談が終わったら、すぐに約束のファミレスに向かわないといけない。


 師長の口から出る言葉を聞きながら、私は姫川さんのことを考えようとしていた。


 ――だから、泣くな。


 下唇を噛みしめて、目から涙がこぼれ落ちないように少し上を向いた。


「もう、あなたとどうかかわったらいいかわからないって。スタッフみんな、しんどいって言っているの。」


 師長の口は、私の限界ではなく、病棟の限界を伝えていた。

 ……いや、そもそも私の限界なんてとっくの昔に出ていたのかもしれない。


「……」


 言葉を返せないでいると、師長はつづけた。


「私は、あなたを守ってあげたい。」


 その続きの言葉は、聞かないでもわかる。

 私の目から、涙がどんどんあふれていった。


「だけど、それ以上に、患者さんと、スタッフを守ってあげなきゃいけない」


 知っていた。

 私がここにいること自体が、リスクになっていること。


「あの…」


 変わりたいと思っていた。

 大丈夫になりたいと思っていた。


 でも、それは私のわがままだったみたいだ。


「今この状況で、人を減らすわけにはいかない。だけど、あなたが勤務していると、倍以上スタッフを取られるの」


 私のフォローに人員がとられる。

 それは、私が育てば解消されると思っていた。


 だけど、一向に私は向上できなかった。


「あなたもここじゃないところで、リフレッシュした方がいいと思う。」


(もう、頑張らなくてもいいじゃない)

(楽になってもいいじゃない)

(リセットしてもいいじゃない)


 〝ここで育つ〟

 ……それが、ここで教えてくださった皆さんにできる自分の感謝の伝え方だと思った。


 だけど、そのためにしがみ付くことすら、もう迷惑になってしまう。


「部署移動、しましょうか」

「はい」


 思った以上に、すんなりと受け入れている自分がいた。

 心が折れるって、こういうことなんだと思った。


 頑張るために、話を聞いてもらうつもりでいた。

 諦めた私が、姫川さんに合わせる顔なんてない。


「じゃあ、次の部署については考えておくから。挨拶もあると思うから、明日はいつも通り、病棟にいらっしゃい」

「はい」


 私が移動する挨拶をすると、皆さん喜んだりするんだろうか。

 表面上だけでも悲しんでくれるんだろうか。


 もうどっちだって関係のないことになる。


「次の場所、何か希望ある?」

「どこでも…いいです」


 私が行っていい場所があるなら、どこだっていい。

 何も考えることができなくなっていった。




 *  *  *


 私は家に帰ってから、まだ泣いた。

 部屋の電気を付けることすら忘れ、玄関で座り込んで泣いた。


 こんな時に、もし実家だったら誰かが心配してくれただろう。

 だけど私は、家を出て一人暮らしを始めていた。


 心配かけたくないと思うのに、親の声が聞きたくなってしまう。

 電話も考えたけど、何を伝えればいいんだろう。


 自分の心すら、整理できていない。

 今ただ泣くことしかできていない。


 そんな状態で、心配をかけるわけにもいかない。


 最後の一押し。

 通信ボタンを押せず、私は電話をすることができなかった。


 どうしたらよかったんだろう。

 まだ頑張りたいって言えたら、自分を変えれたのかもしれない。


 でもあれだけ、逃げていいよって準備されたら、強がりなんて消え去ってしまう。

 弱い自分が、もう楽になりたいって、逃げ出したくなった。




 私は、milkywayを起動した。


『どうすればよかったんだろう』


 ただただ、自分の気持ちを整理するために、発言を続けた。


『報告の基本がわかってなかった…?』

『その日の受け持ちさんの病態を理解しきれてなかった…?』


 自分の思いつく限りの反省を、ただただ発信した。

 病態は誰も理解できないけど、受け持ちさんのことなら全部整理して関わってたはずだった。


 ――今でも、情報収集していた内容は言える。


『この前の受け持ちの患者さん。24歳男性。原因不明の意識不明。発症から2週間。入院後1週間個室管理し、その後大部屋に移動。大部屋移動後3日で熱発から熱傷。』


(ほら、書けた)


『発熱の情報を報告したかったけど、バックの先輩いなかった。探してただけなのに、看てなかったって。つらい。』

『普通の発熱と、熱傷の前駆症状の区別ってどうしてますか。どうしたらよかったんですか。わからない。』


 ――そっか。


 私は、つらいって理解してもらいたかったんだ。

 文字にすると、どんどん自分と向き合えた。


 わからないことを聞けばよかったんだ。

 わからないことは悪いことじゃなくて、わからないことを聞けないことが悪いことだったんだ。


(なんて、今更遅いかもしれないけど)


 ――だって、


『今日師長とも面談した。私は病棟で邪魔者らしい』


 また、涙がボロボロと流れてきた。

 泣きはらした目が重たくて、目を開けていられないくらいだった。


 まだ玄関で靴すら脱げていない。

 私はなんとか靴を脱ぎ、汚い顔を洗った。


 すべてを忘れたくて、シャワーを浴びた。

 そのまま、髪を乾かすこともできず、私はベッドに倒れ込んだ。


 少しして、ものすごい通知音で意識が戻る。

 驚いて通知先を見る。


【milkywayから通知300件】


 見たこともない数字に、恐る恐る起動をかける。

 すると、1通の引用リツイートが目に入った。


『【拡散希望】このアカウント、個人情報ばら撒いてる。公式に凍結してもらうためにも拡散お願いします。

 RT―この前の受け持ちの患者さん。24歳男性。原因不明の意識不明。発症から2週間。入院後1週間個室管理し、その後大部屋に移動。大部屋移動後3日で熱発から熱傷。―』


(……まって)

 私、個人情報ばら撒いた…!


 気づいたときには遅かった。

 この引用リツイートをした人は、有名な看護師のアカウントだったため色んな人からの非難が私の通知欄に並んでいた。


 私という人間への否定が、その発言と一緒に並んでいた。


(……あつい…)


 とにかく、該当の発言をすべて消していく。

 すべてを消し終わってから、


『ごめんなさい、反省しています。わかってもらいたかったんです』


 と、発言した。

 その時には尋常じゃない汗をかいていた。


 動悸がすごい。息が荒い。脈が早い。


(頭が、痛い…。)


 私の意識は、だんだん遠のいた。

 まるで強制的にシャットダウンをしていくみたいに、視界が暗くなっていった。




 * * *


 ――ジリリリリッ


 目覚ましの音で、飛び起きる。

 昨夜のことが、頭から離れず、milkywayを見る。


『看護師』『個人情報』


 で検索をかけるが、自分を非難している書き込みは見当たらなかった。


(あれだけさらされたのに……。)


 疑問が止まらなかった。

 それでも時間は待ってくれないため、身支度を済ませる。


 鏡を見ると、奇跡的に目の腫れは引いていた。

 ホッとして化粧を済ませば、いつも通りの時間に家を出た。


 早めの時間に情報収集を行う。


「……え」


 カルテを開くと、意識不明患者がいない。

 昨日まではたくさんいたのに。


 慌てて夜勤の看護師に話しかける


「あの、意識不明の方は…!?」

「え?」

「入院してた、意識不明の患者さんです…!」


 あんなにたくさんの人が、一気に退院するわけがない。

 意識が戻ったのなら、それこそ嫌でも情報が入ってくるはずだ。


 なのに、私の目の前に広がっている光景は、まるで


「夢…?」

「上田ちゃん、何寝ぼけてるの…?」


 そういう先輩方は、本当に不思議そうに目を丸める。

 そして私の焦る様子をみて、ただ笑った。


「原因不明で、意識不明になる人がたくさんいて、熱傷もおこって…」

「そんなの起こるはずないじゃない、どうしたの?夢でも見た?」


(夢……。)


 ――そっか、私悪い夢を見てたんだ。

 だから、milkywayのアカウントも、平穏と変わらなかったんだ。


「おはよう~」


 そういって、師長が出勤してきた。

 私は部署移動と面談のこともあり、自然と肩に力が入る。


「あ、師長さん…!」

「師長さん聞いてください、上田ちゃん朝から寝ぼけてるんですよ~」

「ええ?まぁ新人ちゃんはそろそろ疲れちゃうころよね~。」


 師長はにっこり「無理しちゃだめよ」とほほ笑んだ。


「あの、私…部署移動って…」

「え!?異動希望出したの!?」


 夜勤の先輩が大声をあげて驚く。

 それはわかる。でも何故か、師長も驚いている。


「上田ちゃんここしんどい…?どこが難しい…?」

「…、いていいんですか…?」

「上田ちゃんのことは責任もってこの病棟が育てるから、大丈夫よ!」


 昨日と言ってることがまったく違う。


「だって、面談で…」

「上田ちゃん、まだ寝ぼけてるの…?」


 ――え、じゃあ

(面談も、部署移動も、夢…?)


「今日もよろしくね、上田ちゃん!」


 なんでか、今までのことはすべて夢だったんだと理解できてしまった。

 そして、疑問に対する思考回路は働かなくなっていた。


 ただ、目の前のことが当たり前のこととして受け入れられた。


 そこは、私がインシデントを起こす前の平穏な世界。

 誰も私のことを疑っていない、信頼関係があった。


 いつの間にか、今まで見てた悪夢のことは忘れ去られていった。


 私は嬉しいことがあると、milkywayに発言するようになった。


『最近、看護がすごく楽しい』

『患者さんが、私のこと認めてくれた』

『今日、難しいって言われてる人の採血、一発で入れることができた!』


 やりがいが、目に見えて更新されていく。

 忙しかったけど、達成感で満ち溢れていった。




 私、この病棟で看護師ができて、本当によかった…!


実際に経験したこともモチーフに書いているエピソードですが、

すべての病院がそうというわけではないです。

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