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炎上したアカウント

かなり女社会のドロドロしたところを書いています。

現場でもSNSでも実際にありそうな話をセレクトして書いています。

でもすべてがこうだというわけではないです。

 ―炎上したアカウント―




「どうしてあげるのがよかったんだろう…」


 私は一人で呟いた。

 先日の一見以降、上田ちゃんの失敗は続いた。


 それは小さなミスでも、重なると本人の自信を奪う。

 ストレスが増えるには十分すぎるほどの理由。




「あ、上田ちゃんおはよう!今日よろしくね」

「は、はい!すみません…!」


 ことあるごとに謝るようになった。

 上田ちゃんはどんどん表情が硬くなり笑顔が見れなくなった。


「…謝るようなことしてないよ?」

「でも…今日姫川さんがフォローしてくださるんですよね…、すみません…」

「どうして〝すみません〟…?」

「本来チーム違うのに…私の出来が悪いから、負担が集中しないように、バックの先輩が変わってるんですよね…?」


 上田ちゃんは、恐ろしいほど周りが見えている。

 その上、今は悪い方向にすべてを結び付けて自分を評価してしまっている。


 一度インシデントを起こしてしまったという、パニック。

 それは上田ちゃんの中に、強く恐怖として植え付けられた。


 周りに迷惑をかけてはいけないと思えば思うほど、

 身体は委縮し笑顔は消え、普段はしないミスを続けてしまう。


 まさしく、負のスパイラルに陥っていた。


「――上田ちゃん、大丈夫?」

「大丈夫です…!」


 大丈夫?なんて聞いて、大丈夫じゃないって伝えられる人は少ない。

 そんなことわかっているのに、自分の口から出る言葉は月並みなその一言。


 顔は大丈夫なんて顔していないのに、「大丈夫です」「すみません」が口癖になっていた。


「……」

「すみません…」


 上田ちゃんは困っていることを表出できなくなっていった。

 不安なことを報告できない新人は、とても心細く不安で、孤独。


 そして、孤独となる新人は――リスクの、塊。


「私上田ちゃんのフォロー付きたくない。何するか分からなくて怖いもん」

「わかる~」


 一人の看護師が、誰もが言わないようにしていたそれを言葉にした。


 その気持ちは、わかる。

 ……本当に可哀相だけど、わかってしまう。


 何かが起こってから、「その日のフォローは誰?」と責められる。

 そのフォローやカバーがしきれないのだから、それは恐怖だ。


 だけど。

 それを、他のスタッフに言うのは……よく、ない。


「でも、もっと言いやすい環境作る努力しませんか…?」


 私は、なんとか場をその話題にしないために口をはさむ。


「いや、もう環境で言うなら今の状況が最悪過ぎて。どこから改善したらいいかって感じ」


 ――〝原因不明の意識不明。〟

 それがなかったとしても、現場で育つのは困難なのに、この現状。


 環境もマンパワーも社会情勢も、すべてが機能していない。

 仮に新人指導だけの問題なら、何とかなったかもしれない。


 私だって、迷惑をかけながら過程をクリアしてきた。

 というか、新人は迷惑をかけるのが仕事だ。


 なのに、それを受け入れるだけのキャパが、現状備わっていないのが問題。




 * * *


「――あの、姫川さん…」


 その日の上田ちゃんのフォロー担当は、私だった。

 言いにくそうに、私の名前を呼ぶ上田ちゃん。


「上田ちゃん、どうしたの?」

「今日…お時間いいですか…?」


 やっと自分の思いを表出できるかもしれない。

 私は何が何でも、ちゃんと聞き入れてあげなければならないと思った。


「いいよ、仕事終わってからでいいのかな?」

「はい…!」


 それでも、業務中にそれをしてあげれる余裕は、今はない。

 プライベートになってしまうけど、仕事終わりにご飯にいこう、と誘った。


 すると、上田ちゃんは


「あの、今日師長から面談で呼ばれてて…それが終わってからでも大丈夫ですか?」


 といった。


 ――〝面談〟。


 内容が気になったけど、予定が組まれている以上、仕方がない。

 私は笑顔を向けて口を開く。


「わかった、ファミレスでいいかな。待ってるね。」

「はい、すみません…!」


 ご飯の時に、もしまた〝すみません〟って言われたら言おう。

 〝ありがとう〟のほうが嬉しいんだよって。




 * * *


 何とか仕事を終え、着替えを済ませる。


 そこに、上田ちゃんのプリセプターの川口さんがやってきた。

 私に気づくと、川口さんは私のところまでやってきた。


「あの、姫川さん。今日すみませんでした…」

「ん?何が?」

「プリセプターの私が出勤してるのに、上田ちゃんのフォロー回ってもらっちゃって…」


 本来、プリセプターが出勤しているときは、新人のフォローはプリセプターに委ねられる。

 でもここ最近は、それが二人を追い詰めていたため、ローテーションで上田ちゃんをみていた。


 その負担を分散しようとしている空気は上田ちゃんにも伝わっていたし、川口さんにも伝わっていた。


「私もプリセプターしてたとき、そうなってたよ」

「でも…」


 そういって、自分の不甲斐なさを責めているのは、上田ちゃんだけではなかった。

 プリセプターとプリセプティーは一心同体。二人で成長していくものだし、その逆もしかり。


「うん、プリセプターだもんね。川口さん。私仕事終わりに、上田ちゃんの話聞いてくるけど、何か聞いとくことある…?」

「え!そんな、姫川さんすみません…!」

「いいのいいの、私も去年プリちゃんとうまくいかない時先輩に間に入ってもらったりしたし。」

「私に相談、しにくいんですかね…」


 いらない不安を与えたかもしれない、と慌ててフォローする。


「違うよ、川口さんもいっぱいいっぱいだから、もう少し周りを頼っていいんだよ…!?」


 そういって気づく。

 病気と上田ちゃんのことで手いっぱいで、3年目の川口さんのフォローまで回れていないことに。


「……私も、頼っていいんですかね。そんな余裕ある雰囲気ですかね…」


 川口さんは今にも泣きだしそうな顔をしながら、本当は言いたくないだろう嫌味をつぶやいた。

 そのあとすぐに、


「すみませんこんなこと言って」


 と付け足し苦笑した。


 確かに、今は自分の仕事は自分でなんとかしなきゃ、一日が終わらないところまできていた。

 言葉に詰まらせていると、川口さんは言葉をつづけた。


「私…もうしんどくて。この間師長に相談したんです」

「…そっかぁ」

「……すみません」

「ううん、いいんだよ。仕方ないもんね。」


 思っていた通り、川口さんの方にも限界は来ていた。

 今、この状況で勤務に来ているだけでも、正直私は二人を評価したい。


 そんなことを思いながら、私は約束したファミレスで、上田ちゃんの面談が終わるのを待った。


「上田ちゃん、遅いなぁ…」


 しかしその日、上田ちゃんが待ち合わせのファミレスに現れることはなかった。




 * * *


 迎えに行った方がよかったのかもしれない。

 せっかく、思いを表出できる相手として選ばれたのに、上田ちゃんは来なかった。


 私は、最近忙しくてmilkywayを起動していなかったことに気づく。

 何気なしに、milkywayを開いた。


 身近な自分の病院でさえ、ここまで環境が悪くなってきている。

 他の病院の状態を知りたいと思ってしまった。


 〝熱傷 意識不明〟――で、検索をかける。


『受け持ちの患者さんが熱傷になった』

『普通の発熱と区別がつかなかった』


 やはり、同じような状況にはなってきているようで、そういう発言を見ていく。

 そんな中、一つの医療アカウントが拡散希望をしているのに気付いた。


『【拡散希望】このアカウント、個人情報ばら撒いてる。公式に凍結してもらうためにも拡散お願いします。

 RTーこの前の受け持ちの患者さん。24歳男性。原因不明の意識不明。発症から2週間。入院後1週間個室管理し、その後大部屋に移動。大部屋移動後3日で熱発から熱傷。ー』


(……え。)


 これは、まずい。

 あまりに個人情報と病状をばら撒くこのアカウント。


 今は病院でなくても、個人情報は保護に関しては権利意識が強い。

 しかも病気については公にしたくない情報が多く、医療関係において個人情報の流出は犯罪となる。


 個人を特定される内容が含まれるものは、絶対に晒してはいけない。

 SNSでの常識なのだが、そのアカウントはそれを逸脱していた。


『発熱の情報を報告したかったけど、バックの先輩いなかった。探してただけなのに、看てなかったって。つらい。』

『普通の発熱と、熱傷の前駆症状の区別ってどうしてますか。どうしたらよかったんですか。わからない。』


(……いやいや、まって)


 それは、この間のインシデントで散々反省をし、対応を統一した内容だ。


 でも、私は気づいてしまった。

 その日付や状況が、間違いなく上田ちゃんの患者さんと…一致していたことに。


『もう怖くて看護ができない。いつ熱傷するかわからない。』

『今日師長とも面談した。私は病棟で邪魔者らしい』


(上田ちゃんも今日、面談をしていたはず。)


 特定はできないが、これが上田ちゃんだとしたらまずい。

 しかも、既に個人情報保護法に違反したとして、目につくアカウントから拡散されている。


 気にしている間に、どんどん拡散されていく。

 私はあわてて拡散を希望しているアカウントにコメントを記入していく。


『∟その拡散自体、個人情報広げることになっています。個人を注意すればいいことではないでしょうか…?』


 すぐに返信は帰ってきた。


『それは私も思いましたが、そもそもそれを教育できなかったのは彼女が関わった看護学校や病院の責任です。私の指導の範囲ではありません。該当の発言が消されたら、私もすぐに消します。』


 拡散希望しているアカウントからの返信は一理ある。


 でも…それにしても、これはあまりに攻撃的すぎる。

 それが妥当だとしても、私はどうかと思ってしまう。


 もしも個人情報を漏洩しているアカウントが上田ちゃんだったら、私たちの指導を反省しなければならなくなる。

 もしかしたらそんな保身もあったのかもしれない。


 余計なことだと思ったが、


『個人情報流出を拡散するくらいなら、DMとかで個人に注意すればいいのに…』


 と、私は発言してしまった。

 その自分の発言は、どんどん拡散されていき、そして攻撃的な発言も返信がついた。


『∟そもそも、資格と知識を持って現場に出てるんだから自分で善悪を判断すべき』

『∟対応しないのだから、晒されて当然』

『∟それでも看護師?』

『∟こんな価値観の人が病院で働いてるなんて、正直怖すぎる』


 自分の発言が、意図しない形に伝わり、発言が広がっていく。

 こういう面で、SNSは気持ち悪いんだということに気づかされる。


『いや、私は個人情報を漏洩していいと思ってるわけじゃなくて』


『∟はいはい、言い訳ですね』

『∟素直にごめんなさい言えないの残念過ぎる』


(……うわ、なんか……やだ)


 すぐさま、milkywayでの発言を消す。

 自分が否定されたからだろうか。攻撃されたように感じたからだろうか。


 変に心臓が脈打って、変な汗をかいた。


(……あつい)


 消したにも関わらず、変な汗がとまらない。

 脳と目が、爛々としてしまい、夜になってもなかなか寝付けない。


(気にするな、気にするな、)

(あれは上田ちゃんじゃない。大丈夫)


 何度も寝返りをうつ。

 時計の秒針が時を刻む音が頭に響く。


(眠れない。寝なきゃ、)

(眠れない、寝なきゃ。)


(……――)


 いつの間にか意識はなくなっていった。




 * * *


 ――~~♪


 アラーム音で目が覚める。

 いつの間にか眠れていたようだ。


 変な汗をじっとりかいていて、気持ちが悪い。

 私はシャワーをあびようと、脱衣所で服を脱いだ。


「――え」


 すると。

 自分の大腿部に覚えのない火傷が、形成されていた――。


「なにこれ…患者さんと同じ…?」


 再び心拍数が上がっていくのがわかった。

 でもそれに、体温の上昇は感じなかった。


 気味の悪い不安から、心臓が過剰に動いている。

 ……そんな自覚があった。


「と、とりあえず…写真に撮ろう」


 私は冷静になり、携帯のカメラを起動させ、写真を撮る。

 患部に触れるとピリピリと痛みがあった。


 これは間違いなく、軽度の熱傷。

 だが、こんな位置に熱傷が起こるような心当たりは、ない。


 胸がざわざわする。

 私はすぐさま、milkywayを起動した。


 私の炎上は、私が該当する発言を消してからは、鎮圧していた。

 あれ以上ことが大きくなることはなかった。


 問題の個人情報を漏洩していたアカウントは、


『ごめんなさい、反省しています。わかってもらいたかったんです』


 と、発言し、すべての発言を消している状態になっていた。


 拡散を要請していたアカウントも、該当の発言を取り消していた。

 私は、全ての発言を消し謝っているそのアカウントが気になった。


 上田ちゃんかもしれない、そう思ったそのアカウントを、そっとフォローした。




 そして、出勤。

 上田ちゃんは、――無断欠勤していた。


 何があっても、無断で休むようなことはしない子だった。

 いくら本人に連絡をとっても、連絡がつかない。


 師長は、上田ちゃんの家族に無断欠勤だったこともあり連絡を入れた。

 上田ちゃんは、入職と同時に一人暮らしを始めていたそうだ。


 その連絡を受け、家族は上田ちゃんに連絡を取ったそうだ。

 それでも、家族すら連絡がつかないということだった。





 ――午後。


「あまりに連絡がつかなくて、家に言ったら…意識がなかったんです」

「どころか…全身…火傷だらけになっていて…」


 上田ちゃんの家族が、泣き崩れながら、やってきた。

 救急車で、上田ちゃんを連れ、病棟に患者として入院してきた。


 最悪の形で、上田ちゃんは病院にやってきた。


ここまで読んでくださってありがとうございます。

少しずつ物語が進んできているのじゃないかなと自分では思っています。

これからも見放さず読んでくださるととても嬉しいです。

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