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目の前の急変

実際の急変時はまた違った病態で起こるので対応が異なります。

あまり深くツッコミを入れず読んでいただけると幸いです。

  ―目の前の急変―


「ちょっと!あの熱傷いつから!?」


 スタッフコールが鳴ると同時に、先輩看護師の青木さんの声が病棟内に響き渡る。


 すぐさまその場に駆けつけると、的確に処置を行い指示を出す青木さんがいた。

 見ると患者は発熱し時間が経過しているようで、熱傷に至る皮膚損傷が始まっていた。


「すぐにドクターに報告します!家人への連絡も済ませてきます!」

「それから解熱剤と、クーリングをすぐに用意して」

「はい!」


 集められたスタッフが連携を取り、対応をする。


「個室に移動しますか?」

「そのつもりだからベッドコントロールをお願い」

「わかりました」


 急変時は、大部屋での対応は困難になる。

 そのため、個室で管理している患者さんの中から大部屋に移せそうな患者を判断する。


 その後説明を行い、了承を得て大部屋に出てもらう。


 用意できた個室には、重症管理が行えるようにモニターや酸素を用意する。

 場合によっては付き添いを希望されるため、付き添いベッドを用意したりもするがそれは後でいい、など自分の中で優先順位を組み立て対応する。


「主治医の先生が到着しました!」


 その言葉と同時に、室内に主治医がやってきた。


「いつからこの状態!?」

「わかりません、訪室した時にはすでに熱傷になっていました」

「この部屋の担当看護師は?」


「それが…」


 今メインで指示を出し状況を把握しているのは、青木さん。

 だが、青木さんはたまたま訪室をしただけで担当ではない。


 今日のこの部屋の担当は――……


「……上田ちゃんだ」


 新人看護師の、上田さんだった。


「すみません先生、新人なので後で指導しておきます。熱傷処置はどうしますか」

「まずは体温を下げて、そこから全身状態の確認でいいから。家族への連絡は?」

「しています、すぐに向かうとのことです」

「わかった」


 意識不明患者の突発的な熱傷。

 毎日それが起こらないことを願いながら、スタッフ一同異常の早期発見に努めている。


 それでももし、熱傷が現れていたらのために、現場の教育は常に必要だ。

 とにかくスタッフを集め急変時対応を行い、その後通常の火傷の処置と同じことを施すようにマニュアル化されていた。


 一般的な熱傷の場合かならず原因があるが、この疾患はすべてが未知。

 ただ、必ず前駆症状として発熱を来たすことがわかっている。


 そのため、体温の上昇が見られればかならず動脈の近い部位にクーリングを行い血液循環を冷やすことに努める。

 同時に、解熱剤を投与し体温上昇を抑えることにより、最小限の熱傷に留めることができていた。


 だが、対応が遅れた場合は皮膚損傷を伴う熱傷を形成する。

 そのため、皮膚を傷つけないように衣服を脱がし、熱傷に対する処置を施すようにとされていた。


 この日も、発見が遅れたため重症管理の一歩手前になってしまったが、何とか重度の熱傷は免れた。




* * *


「何で誰も気づかなかったの!?」


 ことが落ち着くと、当事者を集め青木さんが声を荒げる。

 命がかかわっているのだから、当然だ。


 だがその対応が、新人の上田ちゃんとその新人指導に当たっていた川口さんを委縮させた。


「部屋持ちは上野さんで、そのフォローは川口さんだったよね?」

「はい、すみません…!」

「川口さんはその報告、受けてたの?」

「受けてませんでした…」

「上田ちゃんは何で言わなかったの?」


 新人の受け持ち患者は極端に少なく配置される。

 まだ勉強途中でキャパが足りないのだから当然だ。


 そしてその受け持ちを少なくするのは新人のためだけでなく、フォローの看護師のためでもある。

 新人フォローについた看護師は、新人の受け持ちに加え自分の部屋持ちを見なければならない。


 その分、負担が重くならないよう受け持ちの数は減らす。

 そして二人が少ない受け持ち患者で回す分、その他の看護師の各部屋の分担が多くなる。


 指導に関わらない看護師も自分の受け持ち患者が増えるのだから、新人看護師が受け持つ部屋まで見ていられない。

 だからこそ、新人からの報告が遅れれば遅れるほど、直接的に発見が遅れるということになる。


「あの、言おうと思って…先輩を探しているところでした…普通の発熱との区別がつかなくて、まず先輩に見てもらおうと…」


 看護師は、基本的にプリセプター制度で新人教育を行うことが多い。

 一人の看護師が一人の新人の指導係になり、互いに成長していくための制度。


 新人をプリセプティーと呼び、その教育係を、プリセプターと呼ぶ。


 その役割は3年目看護師にゆだねられることが多い。

 3年目が、看護をどう理解し新人にどう教えるのかを、上の先輩が見守るのだ。


 ただ、この制度は場合によっては、誰にでも相談できないという環境を生む。

 今日のように極端に〝何かあったときは第一にフォローの先輩に報告〟という考え方を植え付けてしまうからだ。


(まぁ人それぞれだと思うけど…、)


 実際、私は新人の時にそう思ってしまったし、上田ちゃんも同じなんだろう。


「川口さんは?どう思うの?」

「すみません、少しの時間だったので検査出しのために自分の所在を伝えず病棟を離れてしまいました。」


 今回は、第一優先に報告をしなければならない先輩の居場所がわからず、自分自身パニックを起こし、急変している患者を放置してしまったというわけだ。


 連係ミスが、急変の発見をこれほどまでに遅らせ、患者を危険に晒してしまった。


 たまたま別患者の要件で訪室した青木さんが発見し、すぐさまスタッフコールを押して人を集めてた。

 その後の迅速な対応がよかったものの、あれ以上遅れると正直インシデントではなくアクシデントに繋がっていたと思う。


「上野ちゃんはスタッフコールのことは知ってたのよね?」

「はい…!わかります!」


 病院には、ナースコールの他にスタッフコールと呼ばれるものがある。

 スタッフコールは急変時にスタッフを集めるためのコール。


 ナースコールとは別の音が鳴り、人が集まりやすくなっている。


「自信がなかったら押していいから。」

「すみません…」

「川口さんも、こういうことのないようにちゃんと新人の動きは把握して」

「はい、すみませんでした…」


「あと姫川、あんたは見てないでちゃんと外回りしてきなさい」

「は、はい!すみません…!!」


 記録しながら聞き耳を立ててしまっていたのがバレた。

 無意識にやってたから申し訳ない……でも、これ以上人が減ったらひとたまりもない。


 先輩の言い分はわかるが、指導面の対応は、かなり慎重にしなければならない現状だと思う。

 うっかり聞き入ってしまうくらいには、心配になっていたわけで。


「じゃ、二人ともインシデントあげといてね。」

「……はい。」

「すみませんでした。」


 ――インシデントレポート。

 医療現場で、事故につながりかねないような出来事を報告するレポートのことだ。

 事例を分析し、類似するインシデントの再発防止のために提出するもの。


 目的は、事故の再発防止。だから個人を特定する必要はない。

 なのに、この業界では何故か伏せている個人を特定し、噂のネタにする人もいる。


 個人を陥れ攻め立てる手段として用いる者がいるというのは、悲しい現実だ。

 再発予防というより、反省文のようなものとして機能していて、ナンセンスだと思う。


 もちろん、環境によっては機能的にインデントレポートを活用できてる現場もある。

 でも今の病棟が100%それと言える状態ではない。


 事故報告を書く本当の意味を、現場のものがきちんと理解しないと、それはただの虐めのツールと同然となってしまう。


(あの二人…大丈夫かな……)


 熱傷は来したが、青木さんの迅速な対応により患者さんは一命は取り留めた。

 しかるべき処置もすべて行えた。


 家族も、苦情を訴えることなく納得してくれた。

 だが、病棟内で新人指導における関係性の見直しに、時間がとられた。


 大事なことだけど、心の傷もケアをしないといけない。

 それをわかりつつ、私はそれを発信して後輩を守ることができなかった。


 現場でのピリピリとしたムードは、上田ちゃんを追い詰めた。




* * *


「聞いたー?あのインシデント。上野ちゃんと川口さんらしいよ。」


 協力しなければいけないのに、そういう話の噂を大きく言うくだらない人はいる。

 居づらい環境になるのに、時間はかからなかった。


「上田ちゃん、可哀相に川口さんに放置されて事故になったんだって?」

「いえ、そんなんじゃないんです…」

「でも普通、言わないで検査出しなんてしないよ。」


 噂好きのお局看護師が、ことを大きく話す。

 この前は、上田ちゃんがいないところで川口さんの方に


『報告してくれない新人に巻き込まれて散々だったね』


 って、話しかけてるのを見かけていた。


(一体何がしたいんだか……)


 いい加減、くだらなさ過ぎてため息が出る。

 でも、この人を敵に回したら何をどう言われるかわからない。


 私は、その場で止めることができなかった。

 ただ、後々上田ちゃんに


「患者さんにしたことは注意しなきゃいけない。だけど、同業者の評価なんて気にしなくていいからね」


 と、フォローすることしかできなかった。


 この間の患者さん…伊藤さんの家族への対応で、純粋に尊敬してくれた上田ちゃん。

 その上田ちゃんのキラキラした笑顔が戻ることはなく、私の言葉に力なく苦笑いをしていた。


 その苦笑が、頭から離れない。


 なんで、あの時にもっと。

 何か力になってあげられることをしてあげることができなかったんだろう。


 私は、後になって後悔することしかできないでいた。


お疲れ様です。読んでくださりありがとうございます。


キャラクターが増えてきました。

先輩看護師が青木さんで、3年目が川口さんで、1年目が上田さんです。

なかなかストーリーが進んでいきませんが、気長に読んでいただけるとありがたいです。

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