変化した日常
※医療の現場について、かなり堅苦しい文章もございます。
ですが、色んな方に考えるきっかけになる作品を書けたらと思っています。
読み苦しい表現はありますが、お付き合いいただけると幸いです。
―変化した日常―
「…また、欠員ですね。」
申し送りも終わり、患者の検温・処置・保清・点滴……などなど。
やらなければならないことは山ほどあり、更に時間指定もあるため必死だ。
その上いつ入院や急変など、予定にないイベントが飛び込んでくるか分からない。
そこにきて、欠員。
責めれなくても、現実問題現場は疲弊していた。
いつもなら、
『おはようございます、今日の日勤のお部屋担当の姫川です。よろしくお願いします。まずはお熱と血圧を測りに来ました。』
――なんて声掛けを行いながらする業務。
だが、対象はほぼ、例の流行り病となってしまったの意識不明の患者。
本来なら、ケアや処置の前に患者さんへの声掛けは必須なのだが、反応もない。
処置や業務に追われ、いけないことだと知りつつも効率を求め、声掛けの言葉数が減ってきていた。
――そんな自分が、嫌だった。
* * *
「毎日毎日やってらんないわよ。」
先輩が、ため息と一緒に本音を漏らした。
気持ちはわかるが、ここはベッドサイド。
(意識がないとは言え、こんな話題…。)
違和感を感じつつも、自分自身もそれに同意してしまう。
「夜勤とか、どうするんでしょう…?」
ベッドサイドでの私語は慎むべき……。
それでも、こういう話をしたくなってしまうのは、ナースステーションでは話題にしにくい話だったから。
「来月のシフト、怖すぎるわ…」
先輩看護師の青木さんは頭を抱えて言った。
通常でも激務だったのに、職員は辞め、患者は増えるのだからたまったものではない。
「……いつか原因がわかって、現状が変わったりするんですかね…」
「わかってもらわないと困るわよ。ほら、異常なし。」
そういって、バイタルサイン(体温・脈拍・血圧・酸素飽和度)をとっていく。
どの値も、正常値を示している。今のところは熱傷も起こってない。
どんな検査を行っても、今のところ原因が特定できていない。
「でも、一向に解明されてないし…。」
「日本だけでしょ、この症状。なんかこう…共通点が見つかるはずよ」
原因はわからない。
わからないが、発生地域はなぜか日本だけ。
報告されていないだけなのかと半信半疑だった。
しかし、世界各国を見ても主だって発症が見られてるは、日本だけだった。
「よりによって、なんで日本…。」
「まぁどこで起きても困るけどね。」
(そうだけども…!)
他の国の医療制度がどういう体制なのかは知らない。
知らないが、この国において治療法が定まっていない異常データがない患者は、経済的によろしくないことだけはわかるわけで。
経営的なことまで考えなきゃいけないのが、嫌になる。
そもそも病院を成り立たせるためには、加算を取りつつベッドコントロールを行うことが必須。
だが、原因不明の意識不明者の大半は、何故か若者。
心肺機能が正常であり、大きな急変もなく予後が長い。
にも関わらず、効果的な治療がなく、容易に入院が長期化する。
その上、親は大体、神経質になってしまう。
未来ある若者なのだから、当たり前といえば当たり前だ。
しかしその患者家族への1つ1つの対応が、職員の時間を更に奪う。
そして、入院しているからといって、万全の医療が提供できているわけではない。
私たちが、患者さんに行える行為は、対処療法。
ただ、栄養状態の管理をし、洗髪や清拭や入浴などの保清介助をし、自己にて行えなくなった排泄介助をし、筋肉が固まらないようにリハビリをし……。
やれることはすべてやっているが、すべてが現状維持に過ぎない。
時間と労力は間違いなく奪われているのに、治療の結果が出ない。
モチベーションは下がる一方だ。
そして、これはあまり意識したくないことだけど…。
国が推奨している入院制度に当てはめると、治療面でのコストがとれない。
言葉が悪くなるけど、「手はかかるのに金にならない」、という厄介な区分になっている。
ただただ経営が困難に追いやられてばかりいるわけで。
(……っていうか、看護師は〝療養上の世話〟が役割なのに、なんでここまで経営や制度まで考えなきゃいけなくなるの。)
変わっていないナイチンゲールの教えと、現代の医療が看護師に求める役割は、原則は変わらないにせよ少しずつ変化している。
学校では教わらなかったけど、病院に出てからお金のことも意識させられるようになった。
私たちの国は、こんな医療制度で、何とか国民を守っているらしい。
(なんて不安定な国なんだろう…)
何を一番大切に考えて仕事をしたらいいのかわからない。
私も、疲れてきているのだろうか。滅入りそうなことばかりだ。
純粋に人を助けたい、なのにお金ばかり考えなきゃいけない。
せこいような気がするが、それが経営なんだと思う。
結局、人を助けるには病院を潰すわけにはいかない。
潰さないためにはマイナス経営にならないための方法を個々に知っておかなければならない。
自分の価値観をどこにおいていいのか、わからなくなる。
「状態は横ばいだけど、前触れなく熱傷くるじゃないですか…。予測管理もできないのに。当たり屋みたいなところありますよね…」
「表現悪いけど、ホントそうよね。理解ない家族ならすぐ訴訟を起こすに決まってる。医師だって何故そうなったか、説明がつかない。」
先輩が数秒黙り込んだ後、ため息交じりに、口を開いた。
「それって、私たちはいつ犯罪者にされてもおかしくないところで働いてるってことよ」
〝意識消失性の熱傷〟
実際、受け持っていた時に目の前でみたことがある。
本当に、意識不明の患者が、突然熱発したかと思えば全身酷い火傷を負うのだ。
普通じゃあり得ない。というか説明がつかない。
だが、実際目の前で起こるのだから否定できないのだ。
「最初の症例が、家人の目の前で起きたことも、それがすぐにネットで拡散されたのは救われましたよね…。」
この病気を発症し、初めて熱傷をきたした事例はSNSを通じて拡散された。
たまたま、家人が面会に来ており、家族の目の前で、意識不明患者が目をしかめたかと思うと、みるみる発熱した。
モニターの波形は乱れ、すぐにスタッフも駆けつけた。
医療者と家族の目の前で、みるみる熱傷…つまり、火傷が出来上がったというのだ。
不幸中の幸いで、迅速な治療が行え、熱傷により命が奪われることはなかった。
医療職員を責めることができない現状だったこともあり、医療訴訟が起こる事件にはならなかった。
それは情報共有すべきだと、主治医が提案し、家族の同意の元SNSで拡散された。
世間の認知として広がったことで、同様の熱傷が目撃者なく起こっても、家族が医療者を訴えなくなった。
「一瞬で犯罪者になってもおかしくない中、原因が分からないながらも何とかこの仕事が出来てるのは、あの拡散のおかげだなと思います」
「ネットで見ただけの時はそんな馬鹿なことって思ったけど、実際自分の病院の入院患者でも同じ症状が起き始めらさすがにね…」
「色んな意味で怖すぎて辞めたくなります」
「ま、あんたは辞めれないだろうけどね」
「くそー…だって辞めたら困る人がいるじゃないですかぁ…」
先輩に見抜かれていて複雑な気持ちになる。
だって、辞めるわけにはいかない。
今。現場で踏ん張っている医療者は、その思いでとどまっている。
「さ、口だけじゃなくて手も動かすよ」
「はい!」
「誰か入院取れる人いますかー!?」
バタバタと足音と共に、スタッフの声がする。
すぐさま病室から出て対応する。
「どんな人がくるの?」
「原因不明の意識消失で、24歳男性です!」
「何時くらいに病棟に上がってくるの?」
「CT検査が終わったら上がってくるので、10分くらいです」
今日はマンパワーが足りていない。
処置もケアもたくさん残っている。
「私入院取りましょうか?」
「いえ、私がとるわ。一応部屋にモニター準備しといて。」
「はい。必要なことあったらすぐ声かけてください」
「ありがと。ケアも手薄だけど大丈夫?」
「介護士さんと協力してやってみます」
残されたメンバー間で声掛けをしつつ、業務を回す。
毎日が悲鳴をあげたくなるような状況だが、この状況を残して辞めることはできない。
やるしか、ない。
「それにしても、また意識消失……しかも社会人男性か…。正直寝てないでちゃんと社会回してくれよ~ってなるわよね。」
「病気とは言え、こうも多いと気持ちわかります…。意識戻らないだけで、バイタルは基本正常。見た目では気持ちよさそうに寝てるだけですしね…。」
「なのに突発的に自然熱傷を起こして重篤化のリスクがあって予測不可能とか、ほんと勘弁してほしいわ」
「せめて機序でもわかればいいんですけどね」
「そうね。じゃ、入院くるから」
「はい。あとでもろもろ報告します」
「なんかあったらすぐ呼んで」
「ありがとうございます」
なんて、分担を終えると、先輩は足場に立ち去って行った。
――いつまでこんな状況なんだろう。
――いつまで、私はもつんだろう。
(不安しか、ない……。)
病気の説明と医療の現状についての話ばかりになってすみません。
実際、すでに寝たきりの方への声掛けができないスタッフって増えてきてるように思います。
自分自身ちゃんとしなきゃなぁって思うばかりです。