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消失した意識

※医療の現場について、かなり堅苦しい文章もございます。

 ですが、色んな方に考えるきっかけになる作品を書けたらと思っています。

 読み苦しい表現はありますが、お付き合いいただけると幸いです。

 ―意識の消失―




「おはようございます。8月1日、朝の申し送りを始めます。」


――8時30分。

 時間ぴったりに、夜勤の看護師が口を開く。

 情報収集を行っていた日勤看護師は、手を止め、夜勤の申し送りに耳を傾ける。


 病棟看護師の一日の始まりは、夜勤看護師からの申し送りで、業務がスタートする。




 一般的な申し送りとは、前任者から後任者へ進行している仕事を引き継ぐことだそうだ。

 しかし、病院での申し送りは、毎日の日課。


 私たち看護師は、交代勤務で24時間病棟勤務をしている。

 そのため日常的に、その日の患者の状態や伝達事項を夜勤から日勤、日勤から夜勤へと、伝達していく。


 私も、同様に情報収集の手を止め、申し送りの内容を聞いた。




 突然各地で意識不明の患者が病院に運ばれてくるようになり、3か月が経過した。

 何の前触れもなく、私たちの日常は変わってしまった。


 まさか、看護師4年目でこんな厄介な事例にぶち当たるとは思ってなかった。

 いまだに誰一人として意識が回復したものが出ていない上に、理由すらわからない。


 不安だらけのこの現状に、私は4年目として何をしたらいいんだろうか。


 そもそも、社会人4年目というのは、一般的にはどんな位置に見られるんだろう。


 4年という時間、同じ仕事をしていたら、ある程度ベテランと思われてしまうのだろうか。

 それとも、まだまだ若造で頼りないと思われているのだろうか。




 実際、私が思う4年目看護師というのは、まだまだ半人前だ。

 新人としての1年を終え、独り立ちの2年目を終え、新人指導を行う3年目をこの間やっと終えたところ。


 ひたすら前だけを見て仕事をやってきた。

 しかし、やっと自分はこれからどんな看護師になっていこうかと振り返り目標の再設定を行う時期だと思っていた。


(人に教わって、実践して、人に教えて…1つのプロセスのようなものをやり遂げたな。)

(これからは自分がどんな分野の看護をしたいか見つけるのを目標に、やっていこうかな。)

(新人指導をして思ったけど、周りの目気にしすぎて思ったこと言えなかったなー…。)


(そもそもちゃんと伝わってたのかなー…?)


 あげだしたらきりがないが、まずはそういう自分を改善して、言いたいことが言えるようになりたいなって。

 その上で、言いたいことが言えない子たちの気持ちに共感できる頼れる先輩看護師になれたらなー……なんて。


 ――本当は、そんな色んな目標や夢を、持っていた。




 だけど、私たちの日常はあの日を境に突然壊れてしまった。

 原因は、突然流行してしまった〝原因不明の疾患〟のせい。




「当直医師は循環器の太田Drでした。患者数40名、付き添い3名、在棟者数43名で送ります。」


 この病気が流行する前までは、看護の仕事は全く辛くなかった。……と言ったら、もちろん嘘になる。

 毎日しんどかったし、毎日辞めたいと思った。


 それでも今が一番しんどい時期だから、これを乗り越えたら楽になれるとさえ思っていた。


 しかし、実際は事態が悪くなる一方。

 解決の糸口がない現状に追われる毎日。

 

 今の現状を思うと、もしかしたら今まで幸せだったのではないかとさえ感じてしまう。


 それほどに、現場は追い詰められていた。




「昨日の入退院は505号室に伊藤さん、507号室に山崎さん、513号室に鈴木さんがそれぞれ原因不明の意識消失で入院されています。」


 ――〝原因不明の意識消失〟


 当たり前のように飛び交うようになってしまった診断名。


 そんなふざけた病名、あり得ない。

 なのに、現状それしかわからないため、そんな不明確な病名が飛び交ってしまう。




「退院の方が号室の505号室の大野さん506号室の田中さんが同じく原因不明の意識消失のまま症状軽快にて療養病院へ寛解退院されました。」


 ――〝寛解退院〟


 とは、病気が警戒した状態、もしくは見かけ上、正常な機能に戻った状態に言われる退院。


 でも正直その意味不明な意識不明が改善も何もしてもいないのに、寛解なんてあってたまるかとツッコミたくなる。

 それでも現状、目覚めないだけで身体機能が正常で、これといった病名を付けられない。


 名目上そう名前を付けて呼んでいる、といった方がいいのかもしれない。

 現状どうしようもない。原因がわからず治療法が確立していないのだから。


 治療ができない状態の現状維持のために入院ベッドを埋めるというのはとても厄介だ。


 治療が進まないことによる、患者や家族からの不信感はもちろんのこと。

 更にそこに加え、職員のモチベーションだって下がるし、ストレスが増す一方だ。


 その上、現在の我が国において、急性期病棟の入院期間は、原則2週間以内。

 厳密には、それ以上の入院が絶対できないわけではが、それ以上を過ぎると1日当たりの入院費用が大きく下がってしまう。


 それほど、医療は発達し入院後2週間でやるべき治療がほとんど終了してしまう、というのがこのルールを定めた根本にある。


 つまりそれ以上の入院となると、病院が得られる利益が少なくなる。


 飲食店でも、長々と1人のお客様が滞在なさるより、新しいお客様に食べ物を注文してもらい回転させることが利益につながる。

 それと同じ現象が、治療の現場である病院でも起きているのだから、仕方がない。


 (本当は、仕方がないなんて甘えなのかもしれない…)


 だが、必要な資源も人力もベッドの数も、有限なのだから仕方がないと思うようになってきた。


 もちろん、その医療制度を整えているのは国であり、決して病院がその制度を患者に押し付けているわけではない。

 病院が経営上成り立つために、そのルールに従っているというだけの構図なのである。


 ……にも関わらず、原因不明で治療が確立しない意識不明者の多発が現在起きている。

 入院が長引けば、病院の赤字経営に繋がる。


 病院の大きな損害となると、経営破綻を起こし病院がつぶれてしまう。

 病院がつぶれてしまっては、その地域の方々の生活が困る。


 目に見えて、医療の崩壊の方程式が出来上がっていた。


 それに抗うように、私たちは必死に退院調整を行い経営を成り立たせていた。

 可能な限り、別の病院へ移動してもらい新しい人を救うためのベッドを用意する。




 急性期となる患者を受け入れるためにも、ベッドは回さなければならない。

 状態が落ち着いていれば在宅や施設へ移っていただく、というのは、単純に言うと、


『国民の全員が病院のベッドで息を引き取れるほど、病院のベッド数は多くないのでおうちに帰ってください。』


 と退院を促すということ。それに対し、現実問題在宅での介護は難しいという声に


『それでは施設や在宅サービスを整えます』


 という世策を、近年の我が国が取り入れている結果だ。




――近頃の早期退院を促す背景には、そういったお国の事情があるわけだ。


(世間の認識として、それがどこまで理解されているのかはわからないけど)


 そのため、病院が一方的に悪者扱いされることもあるんだから本当に解せない。




 そもそも、早期退院を促すということは、もちろん医療者にも負担がかかる。

 入院・退院がめまぐるしく、症状や病態の把握を毎日更新していかなければならない。


 一番大変な急性期の治療段階を受け持ち、落ち着いてようやく手が離れる頃に退院していく。

 そのため、重症管理ばかりを強いられ、常に患者さんの苦しい時期と関わり続けなければならない。


 負担は増える一方だ。

 それでも、日々変化していく患者さんの容態や表情を見て、やりがいがあることだとも思っていた……


――のは、少し前の話。





 説明が長くなってしまっているが、先ほどの申し送りに戻る。

 意識は戻らないままで入院時と何一つ状況は変わっていないのに、無理矢理、〝寛容〟と呼んでいる。


 ……つまり症状安定という名目で、転院してもらおうとしている、ということだ。




「重症要注意患者さんは517号室の小林さん、518号室の島田さん。共に、原因不明の意識消失で入院されましたが、昨日より原因不明の意識消失性の熱傷を来たし、重症管理のため個室で対応中です。」


 ――〝原因不明の意識消失性の熱傷〟。


 そろそろツッコミがおいつかない病名と症状。

 意識不明になって突然前触れなく熱傷になる。

 従来の火傷の機序とまったく異なっているのに現実に起こっているこの現状。


 熱傷と区別し伝えるために、原因不明の意識消失性の熱傷、と無理矢理名称ができた。




 医学ってものは、基本的には症状に対して原因がある。

 その関連性に基づき診断名をつけ、その診断名に基づいて定義されているマニュアルに沿って、治療を選択する。

 患者の全身状態が、その治療に耐えれると判断されれば説明し同意を取り、行う。というものが原則。


 なのに、ここ最近の原因不明の意識消失から、突然発熱し場合によっては重度の熱傷となるという信じられない事例が報告されていた。

 

 今のところ死亡例は報告されていないが、熱傷の程度によっては最悪の場合死に至るのだろうと、私は思う。

 ちなみに報告されていた、といったが当院でも何例か目の前にしてきたし、全国的にもどんどん報告されている。




 未だに、この病名とも呼べない病名に診断されたもので、意識を取り戻したものはいない。

 そんな、ある日突然病院や病気の概念が覆ってしまうようになってから、――もう3か月も過ぎた。





「本日の転室は516号室の丸野さん。入院より症状安定のためベッドコントロールのため個室から大部屋へ転室予定です。日勤の皆さん協力よろしくお願いします。」


「夜勤さんお疲れ様。日勤への伝達事項に移る前に、お知らせがあります。」


 夜勤の申し送りが終わると、師長が口を開く。


「看護師の西村さんに、診断書が出たため休職という扱いになります。すでに勤務が出ていたため、欠員となってしまいますが、カバーしあっていきましょう」




(ああ…またか……。)


 この現状になる前から、元々この業界において精神疾患の診断がつき、休職・退職となるケースは多い。

 が、現在の医療の現場になってしまって3か月。


 今まで以上の勢いで診断がつき、職員は離脱していった。


 責めることはできない。誰にもそんな権利はない。

 それだけ、限界の中仕事をしている自覚はあった。




 正直、私自身、限界だ。明日は我が身だと、本気で思う。


今回は病気と医療の現場についての話ばかりで、難しい話で終わってしまいました。


至らない文章、読みにくい表現が出てくるかもしれませんが、

次回も看護師の日常についてのお話になりそうです…。


少しずつ、読みやすい世界観に引き込めたらと恐れ多くも思っています。

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