プロローグ
※医療の現場について、かなり堅苦しい文章もございます。
ですが、色んな方に考えるきっかけになる作品を書けたらと思っています。
読み苦しい表現はありますが、お付き合いいただけると幸いです。
―私たちの日常―
「はー…やっと休憩…!」
――4月。
新人の受け入れを行い、その指導に手を取られる現場。
私は、この時期はどうしても休憩になかなか入れない。
やっとこさ時間を作り、何とか休憩室に入る。
去年は教育係をしていた私だったが、それも後輩の役割になった。
今の私は、教育のカバーのために外回りの業務をこなす一スタッフ。
そのため、その日はやけに朝から忙しく遅めの休憩となった。
重症患者の受け持ちに、手術前日の予定入院。
更に午後に手術出しが控えており、それだけでも大変だった。
それに加え、当然のように認知症の患者さんも受け持っていた。
必死に日々の業務を整理し、午前中に終わらせないといけないものを片付た。
休憩中に何かあったときの対応を、残りのスタッフに申し送り、この時間。
そんなわけで、やっとの思いで休憩室へ入る。
「姫ちゃん顔死んでるよ~」
「もう今日忙しすぎるんですもん…!」
先に入っていた先輩が、私の顔を見て冗談を放つ。
(……冗談、だよね…?え、そんな死にそうな顔かな…。)
そんなことを考えながら、笑顔を向け言葉を交わす。
冷蔵庫からお昼を取り出せば、電子レンジの中に入れて温めを開始。
なんとか自炊お弁当を作ってきてはいるが、中身はほとんど冷凍食品。
〝姫ちゃん〟というあだ名に程遠いお弁当の中身。
ただ、姫川という名字なだけで呼ばれるようになったあだ名。
平然と返事をするのが何となく申し訳ない。
お弁当持参の理由だって、買いに行くことの方が手間だから。
病院寮に住んでいると、むしろコンビニの方が遠かったりする。
たまに売店も使用するが、ラインナップは微妙。
その上患者さんやその家族さんと気まずい空気になることもある。
そのためお弁当を持参するようになった。
だけど冷凍食品だらけのそれは見せれたものじゃない。
いつも突っ込まれる前に飲み込んでいるそれが、温まったようでレンジが鳴る。
「お疲れ。先休憩入っててごめんね。」
「気にしないでください。今日も忙しいですよね~」
「ちゃんと1時間入れそう?」
先輩看護師が的確に痛いところをついてくる。
休憩っていうのは本来全員がきちんと1時間とるべき。
……なのだが、こうも忙しいと、それも難しい。
「やー、オペ出しあるんで…早めに出ます」
「駄目よ、ちゃんとそれも考えて1時間休憩できるように仕事調整しなきゃ」
「はは、すみません…」
(だったら人員増やすか、受け持ち減らしてくれよ…!)
と言いたくなるのを必死に飲み込む。
マンパワー不足なのだから、仕方がない。
例えマンパワーが足りていたとしても、人相手のこの仕事。
相手のペースに振り回され、なかなか自分の仕事を管理しきれない。
一生かかっても、全て予定通りこなすのは難しいんじゃないかと思う。
でもまぁ、先輩の有り難いそのご指導に、私は苦笑いを返した。
――申し遅れましたが。
私、姫川沙織の職業は、看護師である。
経歴的には4年目になり、業務内容としては、自分一人でできる技術がほとんどだ。
でもそれに優先順位をつけ、仕事を時間で終わらせるところまでは、前述の通り難しいわけで。
私はため息をぐっと堪え、携帯を開く。
そして、SNS……〝milky way〟を起動した。
『今日も休憩、1時間入れない~。しかも定時厳しそう;_;』
そういって数分。
フォロワーからリプライがとんでくる。
『∟また…!?頑張って~!こっち厳しい…』
(どこもみんな、一緒かぁ…)
反応をみて、励ましあう。
それだけでも、午後からもなんとか頑張れそうだ。
「あ。姫ちゃんまた携帯?」
「え、ニュース見てるだけですよ…!」
昔からの看護師さんは、携帯を触るだけで不快そうな顔をする。
――20xx年。
技術は発達し、携帯の電波によって医療機器が障害は受けないとされるようになった。
それでも携帯をなるべく禁止している風習は、根強く病院に残っている。
電波の問題がなくても、携帯を触ることによって生じる職場内のコミュニケーション不足は問題視されており、それを懸念する看護師は一定数、必ずいる。
(でも休憩くらい、自分の好きにさせてほしいなぁ…)
なんて思いながら、私は懲りずに携帯に目を向ける。
ネットが普及し、SNSでの情報共有が行われるようになったのが今から約xx年近く前。
それから技術は発達し、ニュースはもちろん、様々な情報発信が飛躍的に便利になった。
中でも、最近注目されているのは、さっきから私が起動しているこれ。
〝milky way〟というSNSサービス。
人というものは感情を発信・共感を行うことで、ある程度のストレスの軽減・発散に繋がるという独自のデータがある。
そのデータを元に、発言後に自分のストレス指数がどれくらい現象されたかを数値化してみることができるようになった特殊なサービスを展開しているのが、milky wayだ。
過去の言動を分析し、緻密な計算の元、かなり具体的な数値を見れるようになっている。
また、その日の行動から分析し、身体的なストレス面まで数値として見れる。
情報管理だけでなく、身体面・精神面までも、日記のように呟き、それによって管理できるようになった。
そういった特殊な技術が開発され、私たちの日常に溶け込んで、3年近く経過しようとしている。
まだ出回ったところで、浸透こそしていないが、若い世代の間ではかなり流行っているんじゃないかと、私は思う。
(といっても、数値をゲーム感覚で眺めてるだけで実際の自覚的なものはないんだけど)
そんなことを考えながらタイムラインを見る。
『夜勤前の仮眠中~』
『∟あ、今日夜勤ですか。一緒ですね!』
(お、この人たちは夜勤さんか。じゃあ私も何か声掛けようかな)
『∟お二人とも落ち着いてるといいですね^^』
こういった単純なやり取りで、簡単に癒されたりする。
人って単純だなぁ、なんて思ったりしながら、それに支えられている。
* * *
「――疲れたぁああ……!」
その日の帰宅は、21時を軽く回っていた。
看護師は大体、8時前から情報収集のために病棟に出勤していることが多い。
私もその一人だが、8時から21時まで拘束されていると思うとなかなかしんどい。
私は仕事を終えて帰宅すると、その場で倒れ込む。
『今日受け持ちえぐかった~、勘弁してほしい( ;∀;)』
『∟こちらも部屋持ちの他にオペ出しと入院2件、へとへとです(;^ω^)』
『∟わああお疲れ様です…!大変でしたね…( ゜Д゜)』
携帯を開き、愚痴をつぶやくと反応が返ってくる。
こういう癒しが、私の毎日をつないでいる。
(……あ。)
私は気になる発言を見て、リンク先の記事を読む。
『認知症患者の転倒による骨折、また訴訟で病院側が負けてるよ…RT
―〝認知症患者の転倒、病院側賠償責任発生か〟』
『∟こんなケースまで病院に問題提起してたら病院潰れてしまう…』
『∟ただでさえ医療職、辞めていく一方なのにこれはひどい…』
ただのニュースではなかなか取り上げられない。
それでも、SNSを通じ誰かが拡散した情報で、医療現場の危うさを知れるのは有り難い。
拡散されていたニュースを見て、それに対する反応を見る。
それも、知っているのは一部の人間。
ただただ、現場の辛さを知ってるのは現場の人間だけなんだと思い知らされる。
今は、しんどい時期なんだ。
(――でも、落ちるだけ落ちたたらは上るだけだし…)
〝今より酷くなることはないだろう。〟
――なんて、その時の私は思っていた。
―散々な休日―
「明―?いつまで寝てるの。早く起きてきなさーい!」
俺・星野 邦彦は、母さんが妹を起こすその声で、目が覚めた。
その日は、たまたま実家に帰省していた。
世間とずらした時期に、遅めのゴールデンウィーク休暇。
(まだ起きるには早いか…。)
携帯を見れば、朝の7時。
普段ならとっくに起きているが、たまの休みだ。
まだ起きるのは勿体ないような気がして、寝返りを打った。
携帯を見たついでに、SNSを開きタイムラインをチェックする。
下手なニュースよりもトレンドが充実しており、ニュースを一通りチェックする。
『ゴールデンウィーク明けしんどすぎる』
『仕事溜まりまくってて終了のお知らせ』
タイムラインにはゴールデンウィークを満喫した社会人の悲痛の叫びが羅列されていた。
(――ま、俺はやっと休みになった俺には無関係だな)
そんなことを思いながら、俺は再び瞳を閉じた。
「明?聞いてるのー?!」
――が、妹…明が目を覚まさない様子。
不審に思った母親が妹の部屋まで訪れ、必死に起こす声が聞こえる。
(――大学生にもなって情けない…)
俺は、社会人になり実家を出てもう8年近くたつ。
俺には両親の再婚ということもあり年の離れた妹がいる。
妹は、明という名前で、現在大学生。
父親が同じなだけで、母親は別。
唯一俺たちを繋いでいる父親は、単身赴任であり家にはいない。
その環境が居づらかったこともあり、就職を理由に早々に家を出た。
「明?あかり!?」
母さんがいくら声を荒げても、明は目覚めることはなかった。
「母さん?大丈夫か?」
明らかに様子のおかしい母さんと、それでも答えない明。
流石に寝てなどおれず、自室を出れば明の部屋を訪れた。
「あ!邦彦くん…!起きないの、明が…!」
何度揺すっても、大声をかけても、明意識は戻らない。
「……酒飲んだりは…?」
「してない、普通だったわ!」
(――普通だった…?)
まだしっかり見ていないが、明の様子…これは異常だ。
「さすがにこれでけやっても意識がないのは異常だ。」
「そ、そうよね…」
「救急車呼ぶから」
気が動転している母さんの代わりに、救急車を要請し状況を伝える。
状況を伝えると、いまいち理解しがたい状況に反応は悪い。
それでも、すぐさま救急隊に駆けつけてもらうよう要請した。
* * *
「……寝てるだけ、ですね」
(――まぁ、そうなるよな)
素人の俺が見ても、脈や血圧が正常。
ただ、深く眠っているだけにも見える。
それでもおかしいと思ったから呼んだわけだが。
全身状態を見てもらった結果、深い睡眠状態であると。
だから時期に起きるだろうと言われた。
〝人騒がせな〟
そんな評価を受け、釈然としない休日を過ごした。
母さんは仕事を休もうかとおろおろしていたが、あえて仕事へ行ってもらうことにした。
「俺が見てるから」
――と。
そっちの方が、冷静でいられるんじゃないかと思ったくらい、母親がパニックを起こしていたからだ。
しばらくすれば目が覚め、笑い話にできるだろうと思った。
だから、自分の休日を使い、一日様子を見ることにした。
だが、明が目を覚ますことはなかった。
流石に、これでは食事もとれない。どころか排泄はどうする。
仕事から帰った母さんは、余計にパニックを起こしていた。
再び救急隊に連絡をするか迷っていた矢先、
『先ほどは失礼しました、星野明さんの状況にかわりはありませんか?』
救急隊の方から連絡があった。
母さんは受け答えができる状況ではなく、俺が対応することにした。
「目を覚ましません。」
『やはりそうですか…!実は、今日一日でそういった事例がとても多く、一向に目を覚ましていません。理由や原因はわかりませんが、早急に入院できる病院を探して対応しています。』
「救急隊は、1度断った要請先に再度連絡をとるものなんですか?」
『いえ、ですがあまりに多くの件数が同じ症例で、対応しています』
「……なら、できる限り早く対応していただきたいです」
『すぐにそちらへ向かいます』
その間に俺は、ネットで入院に必要なものを調べ、ある程度準備をして到着を待った。
(――まったく、散々な休日だ。)
なんて、そのときは事態を甘く見ていた。
それが、〝原因不明の意識不明〟。
そんなふざけた症例が日本各地で発症となる始まりだったのだ。
はじめまして。
まずは読破お疲れ様でございます、そして読んでくださりありがとうございます。
プロローグということもあり、2人の人物を出しましたが、
メインは、看護師の姫川が主人公で進んでいく話になります。
今より少し進んだ未来のお話だと思って読んでいただけるとありがたいです。