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いきなり平民が何を言い出すんだ?とでも言いたげな表情でオレを見ているセミオンは、それでも立ち去ろうとはせずにベンチに座ったままでいてくれた。
もとい、濡れたベンチに、だ。
「そりゃー、同級生だし、存在くらいは知ってるけど?唯一の光属性持ちだしな」
そうかそうか、名前を知っているのか。それに唯一の光属性って事は、しっかりとナナを認識している訳だ。
で、何故気が付かない!
「じゃあ、侯爵の名前は?知ってる?」
再び訝しげな表情のセミオンは、
「流石に不敬だぞ」
と。
つまりは知っていて当然の質問をされたと感じたのだろう。
それこそ、平民までもが知っていて当たり前の常識的な質問を。
「じゃあ、その光属性の方の名前は?」
それでも引き下がらないオレに呆れたのか、セミオンは軽い溜息を吐いた後、
「アヌビアス・ナナ」
と、かなり素っ気無く答えたのだが、それ以外には特に言葉はない。
これでも気が付かないなんてどうなってんだ?
「と言う事は……アヌビアス侯爵、なのですね。存じ上げませんでしたわ」
強固な設定でもあるのか、それとも本格的に姉のミスか?
しかしここがいくら姉の作った乙女ゲームの中とはいっても、ここに住んでいる人間にとっては現実世界。それなのに姉のミスがそのまま反映されるって事が起こりえるのか?
良く言われている、自分以上の頭脳を持ったキャラクターを作者は作れない。と?
「え……いや、違う。アヌビアス侯爵なんていない……侯爵は……」
あら?もしかしてこれは気付くか?
「セミオン殿下、私の名前はご存知?」
パッと顔を上げてオレを見つめる2つの瞳は、軽く揺れている。
それはもう綺麗な白金色で、オレの血の様な赤い瞳とは雲泥の差だ。サラサラと風に靡く髪ですら1本1本が白金色。暗くて重いオレの青い髪とは全くの別物……。
「え……あれ?」
「うん」
「なっ……えぇ!?」
「そう」
どうやらこの世界に丸め込まれている人物が1人減ったようだ。




