第一種目、昼下がりの昼食タイム
『第一種目はこちら! 昼下がりの昼食タイムを楽しもう、でっす☆』
五人の参加者の前には机が用意されていた。その机の上には生クリームたっぷりなショートケーキ、ハートの形に絡み合った二つのストローがささったピーチジュースが置いてある。
フォークやナイフも含めて一人分だけが、だ。
一人分のこれらを二人でどう楽しむか、ということを審査するものなのだろう。
『ここまでお膳立てしてあげたんです。やるべきことはわかりますよね? わざわざ説明なんて野暮なことしませんよ? では、勝負開始でっす!!』
ゾッザァンッッッ!!!! と。
腰の漆黒の剣を引き抜いたアリアが近くの──バトルスーツ姿のエリスへと斬りかかった。
「くすくす☆ ペアに対してショートケーキやジュースは一つだけ。ならば答えは簡単。他のペアからショートケーキやジュースを奪い、二人『楽しく』食べてみせろ、ということですよね?」
『は? いや、あの──』
ドッゴォンッッッ!!!! と。
エリスの蹴りがアリアの胸板へと叩き込まれ、軽く数メートルほどノーバウンドで吹き飛ばす。
ザ、ザザッ! と靴で床を擦り、衝撃を受け流せないと悟ったのか自分から転び、猫のように四つん這いへと移行するアリア。
視線の先ではアリアの斬撃を炎と風を束ねて練り上げた剣で受け止めていたエリスが鼻で息を吐いているところだった。
「いきなり物騒な奴ね」
「それほどでも。それにしても、くすくす☆ やるですね」
「この程度で? あたしはまだ『龍』を解き放ってすらいないんだけど」
「そうですか。それは良かったです。この程度が貴女の底だとすれば、勝敗は決したも同然でしたから」
ギヂリ、と。
互いに己の得物を握りしめて、
「焼き尽くしてやる」
「ぶった斬ってやるですよ」
『ちょっちょっと、待っ……!!』
直後、炎と風の剣と漆黒の剣とが真っ向から激突した。
「うわあん! やっぱり物騒なのお!!」
「昼下がりの昼食タイムを楽しもう。説明はそれくらいでした。すなわち、ルールはそれだけであるということです。とにかく『楽しんだ』という結果さえ示すことができればいいというわけですね」
メイドさんその一なレッサーが突如始まった大乱闘にアワアワしている中、主であるシェルファは静かに思考を回す。
用意されしは一人分のショートケーキとジュース。
この状況で『楽しむ』にはいくつかのルートがあるだろう。分け合う、というものも一つの手だが、それでは口にできる量は半分だけ。それよりも二人揃って一人分食したほうが『楽しい』と考えるのはそう見当違いではないだろう。
とはいえ、対戦相手から奪うのはどうか。そこまでして手にしたものを食したとして本当に『楽しい』のか。
「あちらの人の方向性は間違ってはいないでしょう。後は手段をどうするか、ですね」
「なに、今すぐこんな物騒な国から逃げちゃおうって話!?」
「いいえ、料理をしようという話です」
「は!?」
「こうしてショートケーキやジュースを用意したのは、これらを用いて『楽しむ』ことが課題であるからと考えられます。それでいて一人分しか用意されていないとなれば、一人が食べられないか二人ともが半分しか食べられないという話になります。それでは及第点でしかありません。ではどうすればいいか。簡単です。このショートケーキやジュースと同じものをもう一人分作れば、二人ともがそれぞれ一人前を食すことができます。それが、最も高得点な『楽しみ方』と言えるでしょう」
「じゃあ、その辺の店でショートケーキやジュース買ってくればいいの?」
「それでは味や量に差が生まれ、不平等となります。それは本当に二人ともが『楽しむ』結果となるでしょうか? ああ、これはわたくしたちがどう感じるか、ではなく、観客なり採点者なりがどう感じるか、という話ですよ。何せこれは勝負。ならば誰かが勝敗を決するわけであり、そこにわたくしたちの感情を反映させては勝敗なんてつけようがありませんもの」
「ええと、つまりどういうこと?」
「このショートケーキやジュースと全く同じものを作り、二人ともが一人前食すこと、それが最適解です」
「……、どうやって?」
「決まっています。レシピが分からない以上、見た目や味を頼りにショートケーキやジュースを作って、作って、作り続けて──全く同じとなる答えを見つけるのみです」
「くふっ、くふふっ、くふふふふふふ☆」
レイ=レッドスプラッシュは笑顔であった。笑顔のまま、ピーチファルナを羽交い締めにしていた。
「もう、レイさん離してよお」
「一つ聞きたいのでごぜーますが……その手に持っているのは何でごぜーますか?」
「見ての通り、ハチミツだよ」
「それ、どうするでごぜーますか?」
「ぶっかけるけど」
視線の先には生クリームたっぷりな見るからに甘そうなショートケーキ。その真っ白な甘味にピーチファルナは両手で持たないと支えきれないほどに巨大な容器に入ったハチミツをぶっかけようしているのだ。
レイは知っている。経験則が物語っている。
ピーチファルナは全部ぶっかける。白が塗り潰されてもなおドバドバと、だ!!
「私、ピーチファルナちゃんのこと大好きでごぜーます」
「うっへ!? い、いきなりそんなこと言って! みんな聞いちゃってるじゃん恥ずかしいなあ!」
「だけど、これだけは『何周』しても受け入れられないでごぜーます。──何でもかんでもハチミツかけるなでごぜーますう!!」
「なんで!? 美味しいのと美味しいの掛け合わせたらメチャクチャ美味しくなるのにい!!」
統一国家から送り込まれてきたシェルフィーは首を傾げていた。何やらメイドさんその二がショートケーキにかかった生クリームを少量すくい、魔法で分解、各種成分を分析し始めたのだ。
「何やっているんですか?」
「シェルフィー様、ちょっと待ってて。毒などが入っていないか検査するから」
「……、どれほどかかりますか?」
「原子レベルでの検査になるから十時間ほどかかるかな」
「いや、あの、簡易的なもので構いませんから」
「何を言ってるわけ!? シェルフィー様の口に入るんだよ!? 毒が含まれていないか確かめるのは当然として、栄養素から何から不純物が含まれていないか確かめないと! うわっ、ベータガフジンラーナが劣化しちゃっているし。こんな半端なものシェルフィー様の口に入れられるわけないじゃん!!」
「メアリーは良いメイドですが、その、ちょっと過保護すぎますよね……」
キアラはアリアとエリスが剣を交えている一角を見据えて、ゴギリと肩を鳴らしていた。
「きひひ☆ ああいうのならワタシの出番よねえ!!」
「ちょっと待つにゃ! あんなのに首突っ込んだって何の意味もないにゃ!!」
「む。そういえばミーナも闘争の先には望むものはない的なこと言ってたような。じゃあ、どうすればいいのよ?」
「正解が何かはわからないけど、そもそも正解って一つなのかにゃ?」
「……? 正解って一つじゃないの???」
「あくまでこれが『仲良し決定戦』なら、計算問題みたいに答えが決まったものじゃないはずにゃ。だって、仲良しの形に正解なんてあるわけないんだからにゃ」
「つまり?」
「楽しもうってのは文字通りの意味にゃ。変に背伸びせず、『自分たちが一番楽しいと思うこと』を素直にやればいいだけにゃ」
「いちばん、たのしいこと……」
繰り返し、そして改めてパンケーキやジュースと向かい合うキアラ。あるいはアリアやエリスたちのようにもう一人前どこかのペアから強奪するのもアリだろう。あるいはシェルファたちのように全く同じものを作るのもアリだろう。あるいはハチミツぶっかけ阻止だとか成分分析による安全の確保といった脇道に逸れたって構わない。
大事なのはそれが本当の意味で『楽しい』と思えるかどうか。シェルファは観客や採点者といった『外』に重きを置いているが、ミケの考えは『内』に重きを置くものである。
そもそも、だ。
つい最近までやれ『魔王』を超えて最強になるだ、やれ世界を丸々吹き飛ばすだ、ロクでもないことばかりやってきたキアラである。下手に取り繕ったところで滲み出るものは隠せない。
所詮はバケモノ。サイケデリックに染まりきった魔族の一人でしかない。いかに演技しようとも無駄ならば、せめて不自然さが目立たないよう心からの願望を曝け出したほうが幾分かマシというものだ。
だから。
だから。
だから。
「ワタシ、は……ミケと一緒なら、後は何でもいい、かな」
カァッ、と。
理由も分からず赤く染まる頬を隠すようにあらぬ方向へ視線を送りながらの言葉であった。ミケといえば満足そうに頷き、フォークで適当にショートケーキを切り崩し、突き刺した一欠片をキアラへと差し出す。
「にゃあ。奇遇だにゃ。私も同じにゃ」
言って、んっ! とショートケーキを突き刺したフォークを軽く突き出す。キアラがキョトンと目を瞬くと、ようやく意図が伝わっていないことに気づいたミケはこう続けた。
「せっかくだから、食べるにゃ。別に奪い合ったり、同じの作らなくても、キアラと分け合えたならば普通に『楽しい』からにゃあ」
「…………、」
キアラはその行為の名称や意味は知らなかった。だが、そう、だがである。こうして差し出された甘味を食べると、ミケが差し出しているものを口にすると考えるとどうにも心臓が激しく脈打つ。
他の誰でもない、ミケが相手だから。
こうもここら動かされるのだろう。
「それは……ちょっと恥ずかしい、かも」
「いいから、ほらにゃ!」
そして。
そして。
そして、だ。
ドグシャアッッッ!!!! と。
ウサミミ、肉球、九本の狐の尻尾など多様な動物の因子を身体に組み込んだ女の子、ダークスーツを身につけた能面のような女、そして──背中から純白の翼を生やした、そう、まさしく『天使』とでも呼ぶべき何かが真正面に落下してきた。
腕が千切れたり、胴体に穴が空いたりと、一目で重傷だとわかる有様であった。キアラを含むこの場の全員が意表をつかれていた。つまり誰もが彼女たちがどうやって現れたのかも、どこで誰にそこまで痛めつけられたのかも察知できていなかったということだ。
類い稀なる戦闘能力を持つ者が複数いる──そのうちの一人はかつて世界をまるっと消し飛ばすほどの力を持っていた──というのに、全員の感覚を欺いて謎の三人組を痛めつけた下手人が存在する。
「こ、れは……ミーナの仕業ではない!?」
もしかしたら。
そいつは今この瞬間にもこの場の誰かを標的と定め──
ーーー☆ーーー
ざ、ざざ。
ザザザジジザザザザザザッ!!
ザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザッ!!