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結婚、その本当の意味

 

 公爵家本邸の一室。

 先の騒動によってお家取り潰しとなり、財産のほとんどを徴収されたため、何もないそこはかつてセシリーが過ごしていた部屋であった。


 もう残り香もないその部屋でミーナは肩に羽織ったメイド服がはだけるのも構わず仰向けになって、死んだ魚のような目で天井を見上げていた。


『ん、ふぅ……はう。こ、こんなことまでしたのでございますもの。ミーナが「そういうこと」も望んでいる、そう思っていいでございますよね』


『?』


 好きだと意思を示し、唇と唇を重ねた、その後。

 セシリーのことで頭をいっぱいにして、そう、欲しいのだと魂が訴えていたその時。


『ふ、うふふ。ミーナ、こういう時はきちんと言葉にするべきでございますっ。わたくしと結婚したいと!!』


『したくないに決まっているじゃないですか』


 結婚。

 家と家とを繋げる人身御供の一種。

 権力なんていう、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()を増幅するための手段である。セシリーを振り回してきたそんなもの、したくないに決まっているではないか。


 だけど、だ。

 なぜ、あの時、詳しく聞かなかったのか。

 あのセシリーの、大好きで大好きでたまらない主の提案なのだ。ミーナが考えている以上の『何か』があったと、どうして察することができなかったのか。


 わからないことは聞けばいい。

 それが遅れたがために、大嫌いだと告げられた。


 だから。

 だから。

 だから。



「……、諦めて、たまるものですか」



 ギヂリ、と。

 拳を握りしめて、床に叩きつける。

 ゴゥッバァ!! と床をぶち抜き、その勢いで起き上がるミーナ。無表情、無感動な声音が常の彼女にしては珍しく、顔を苦痛に歪めて、声音を泣き声のように揺らして、それでも立ち上がったのだ。


 肩からずり落ちそうになるメイド服を、掴む。

 セシリーの隣に立つ意思を、強く固める。


 結局、ミーナにはそれしかないから。

 それだけあれば、世界の命運だって軽々と左右できるほどなのだ。そこまで強い感情を、そう簡単に捨てられるものか。


 セシリーが嫌いだと言うのならば、好きになってもらうまで体当たりでぶつかっていけ。大好きを、今度こそその腕に抱きしめてみせろ。


 それが。

 表だろうが裏だろうが関係なく、世界の全てを支配可能なだけの『力』を持つ魔王唯一の望みなのだから。


「ねーさま、やっと立ち上がった」


「妹ちゃん、そうですね。こういうのは周りがとやかく言うよりも、本人の意思次第ですもの。立ち上がってくれないことには始まらないのです」


 ご飯だバトルだノロケ話聞かせろだうるさいメイド連中を部屋から叩き出した双子(みたいにそっくりだが、血縁的には赤の他人な)メイドたちはそんな風に言い合いながら、ミーナへと一つの本を差し出す。


「これは……?」


「恋愛小説」


「今のミーナが欲する全てが記された書物ですよ」



 ーーー☆ーーー



「世界が変異しつつあるぅ?」


 出店で購入した棒状の氷菓子を舐めながら、アリスがうろんな目で隣の女エルフを見返していた。


『勇者』。

 歴代『勇者』の魂を受け継いでいくことで代を重ねるごとに力を増す正義の象徴であり、これまでも最強の兵士たるアリスと共に悪に立ち向かってきた女である。……アリスと共に、というのは嘘ではないのだが、どうにも共闘というにはアリスサイドが悪意に満ちすぎていた気がしないでもないが。


 とにかく、だ。

 ナンダカンダでこうして一緒にお祭りをまわる約束をするくらいの仲ではある『勇者』の言葉ではあったが、アリスは『絶対に儲けられる投資話がある』とでも提案された時のように表情を歪めていた。


「あ、信じておらぬな! 嘘じゃないのじゃあ!!」


「いやぁ、ぶっちゃけ意味わかんないしぃ」


「新発見『鉱石』」


 告げられた言葉にピクリとアリスが眉をひそめる。棒状の氷菓子を咥え、口の端から甘い液体を垂らしながらも、その瞳にわずかながら悪意が走る。


「あれは本来天上……『勇者』という枠組みを作った女神様が住まう領域にあるべきもの()()()()()()。そんなものが現世に存在するということは、この世界が天上と同質のそれへと変化しつつあることに他ならぬ」


「意味わかんないのは変わらないわねぇ。ついでに言えばぁ、その天上? ってヤツとこの世界が同質になったからって何が変わるわけぇ???」


「そうなれば、この世界は消滅するのじゃ」


 …………。

 …………。

 …………。


「はいはい滅亡滅亡っとぉ」


「あっ! やっぱり信じておらぬな!! ほーんーとーうーなのじゃあーっ!!」


「はいはい静かにしようねぇ」


「うっぐ!?」


 わーわーうるさい『勇者』の口を今まで咥えていた氷菓子を突っ込むことで塞ぐ。何やらぽんっ! と『勇者』の顔が赤くなっているが、あれは食べかけなどを口に突っ込まれて怒っているのか。


 ともあれ、だ。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


(巨人に淫魔に魔王にとどんちゃん騒ぎ続いていたってのにぃ、まだ何かあるってぇ? まったくさぁ、やってられないよねぇ)


 こうしてアリスよりもよっぽど強い『勇者』がわざわざ世界滅亡の危機に関して話をしてきたということは、事は『勇者』一人でどうこうできるレベルを超えているのだろう。


 ぐいっと口の端に垂れていた甘い液体を拭う。

 現実逃避もここらが潮時。

 拭った指についた甘い液体をその舌で舐めとりながら、ブルブル涙目で震えている『勇者』と向き合う。


 何はともあれ情報収集から。

 何をどうすれば世界を救えるかを知らないことには話は始まらない。



 ーーー☆ーーー



 世界のどこかで。

 致命的な言葉が一つ。


「世界完全変異及び消滅まで残り三十秒。ここから逆転なんて不可能に決まっている」

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