百合女神降臨祭開催
翌日。
ヘグリア国は活気に満ちていた。
百合女神降臨祭。元の意味を半ば忘れて、とにかくお祭りを楽しんでやろうと国中でどんちゃん騒ぎあった。
王都も例外ではなく、街道に所狭しと屋台が立ち並び、羽目を外した人々が濁流のように流れている。
そんな中。
朝日を見つめてげんなりしている小さな影が一つ。
アリス=ピースセンス。
特徴的な巨大鎧を脱いで、純白の簡素なワンピース姿の彼女をあの最強の兵士と見抜ける者は少なかった。それくらい人は印象というものに引っ張られるのだろう。巨大な鎧という一点を外すだけでこうも効果的な迷彩となるのだから。
とはいえ、それはあくまで繋がりが薄かったならばの話である。『クリムゾンアイス』のクソッタレどもくらいの繋がりがあれば見抜ける程度のものでしかない。
「帰りたいわねぇ……」
周囲がお祭りに浮かれる中、アリスの表情は暗かった。淫魔やら古龍やらと殺し合っていた時のほうがまたしもマシだった、という所に彼女の性質が表れているというものだ。
フォースブッキング。
四人の女との約束が一日に集中していた。
時間が重なっていないのがせめてもの救いか。頑張れば何とかなりそう、ということは、頑張る必要がある、ということなのだから。
「きゃは☆ いつからかしらねぇ。平穏よりも騒乱のほうが気軽になったのはさぁ」
シリアス風味な呟きを漏らした次の瞬間であった。
ドッバァァァンッッッ!!!! と。
人混みなんて完全に無視して、上空より落下してきた影が一つ。
動きやすいようにとドレスの端を引き千切った、空気を支配せし王女であった。
ウルティア=アリシア=ヴァーミリオン。
隣国であるアリシア国が第五王女はお祭り騒ぎから一転、悲鳴が炸裂し大混乱に陥った有象無象など目に入ってすらいないのか、びしっ! とアリスを指差し、
「さあバトルしようかーっ!!」
「……、やっぱり平穏のほうが気楽かもねぇ」
武力を冠とするほどには強大な、アリシア国でも一、二位を争う怪物が舌なめずりしながら飛びかかってくるのを見ては前言なんて撤回するに決まっていた。
フォースブッキング、最初の最初から第五王女とどんちゃん騒ぎなどハードにもほどがあるというものだ!!
ーーー☆ーーー
ドッバァァァンッッッ!!!! と凄まじい轟音が炸裂した瞬間、ネコミミ女兵士は即座に臨戦態勢に入り──迸る力の波動からアリスとウルティアによる『いつもの』ヤツだと把握して、肩の力を抜く。
第五王女という立場は決して軽いものではないはずなのだが、『いつもの』なんて扱いができるほどには繰り返されてきた激突である。流石に何度も繰り返されては慣れるというものだ(スキル『運命変率』をフル稼働させて、ようやく勝てるかどうかという怪物とやり合っているアリスにとってはそんな簡単な話でもないのだが)。
「にゃあ。キアラー早くいくにゃ!」
「う。ミケ、さっきの本気だったわけ?」
「もちろんにゃ!!」
どこか困ったような……というよりも、自信なさげな様子のキアラがミケの後ろについてきていた。
『魔の極致』第二席。
少し前には大陸も惑星も宇宙さえも吹き飛ばした怪物である。今でこそそこまでの規格外な能力は『魔王』に消し飛ばされてしまったが、その力は未だ強大である。その証拠にスキル『運命変率』が『百パーセント』アリスは乱痴気騒ぎに巻き込まれて死ぬと判断した状況下で乱入、『百パーセント』を崩してアリスを救い出したほどである。
さて、そんな怪物が自信なさげだということは、それ相応の困難が待ち受けているに決まっているだろう。
すなわち、
「『百合ノ女神に捧げし仲良し決定戦』なんてものにワタシが出たって勝てるわけないよ! だって、そんな、無理だってミケえーっ!!」
「そんなことないにゃ! 私たちは仲良しだから、絶対優勝できるにゃあ!!」
「だって、だって! ワタシなんかにそんなの荷が重いというか、ワタシはミケのこと、その、まあアレだけど、ミケがワタシのことすっごく好きになってくれるとは思えな──」
「ちょっと待つにゃ! 私、キアラのことメチャクチャ好きにゃ!! そうやってすぐネガティブな方向に決めつけるの、キアラの悪い癖にゃ!!」
「……、ふえ?」
「わかったにゃ、私のほうは問題なしにゃ! そして!! キアラの好き好きオーラは十分感じているから、キアラのほうも問題なしにゃ!! ってことは優勝間違いなしにゃあ!!」
「ん、んんん? 好き好きオーラ!? え、ワタシそんなの出してる!?」
「にゃあ。出まくっているにゃ」
「待って、待って待ってよ!! そ、そんなわけない、ワタシはミーナみたいにはなってない!! だから、そんな、だから!!」
「もおなんでもいいから、さっさといくにゃ」
ぎゅう、と。
ワーワー騒ぐ(ある時間軸において)宇宙滅亡を引き起こした怪物の手を取るミケ。たったそれだけでビキリ! と硬直して、真っ赤に染まって、何も言えなくなるくせに今更何を言っているのだという話なのである。
──かつて世界の危機は幾度となく訪れたのだろう。それらは『勇者』を筆頭とした英傑たちが悪を切り裂いたがために未然に防がれたはずだ。
であれば、英傑が敵わないほどの悪が台頭した場合は? 格好つけて悪に立ち向かって解決できるのは身の丈にあった問題だけだ。わざわざ身の丈に合わせて悪が台頭してやる義理はないのだ。
ならばどうするか。
答えはここにある。
強大な悪から世界を守る方法?
そんなの悪自体を愛してやればいいだけだ。
魂胆なんてどこにもなく、計算なんてさっぱりできておらず、そもそも目の前の女が宇宙規模の破壊を撒き散らすことも可能な怪物だと気づいてすらいないとしても──だからこそ、なのだ。
悪を退治できる英傑は凄いだろう。だけど英傑にできるのは悪を殺すことのみ。そんなでは、いずれ限界がやってくるのだ。
ネコミミ女兵士は示した。英傑には絶対に不可能な形での世界の救い方を。
おそらく『これ』こそが分岐点なのだ。
『これ』がなかったから六百年前は鮮血と死で大陸は埋め尽くされた。『これ』があったから現在は平穏無事なのだ。
ここから先、暴力なんてものがいくら強大でもなんの役にも立たない。そういったものを取っ払い、好きで場を埋め尽くしたからこその『今』なのだから。
「にゃんにゃかにゃんっ、にゃにゃんがにゃあ!!」
「…………、」
「にゃににゃににゃんにゃか、にゃにゃんがにゃあ!!」
「……ハッ!? み、みみ、ミケっ。これ、手が、手を繋いっ、手え!?」
「もおいい加減慣れるにゃあ」
……それにしても骨抜きにされすぎな気がしないでもないが、よく考えてみればどこぞの『魔王』も似たような感じであった。
いくら暴力が強大であっても、それ以外の方面も強いとは限らない。というか、無駄に暴力が強大だからそればっかりに頼りきりな生き方をしてきたせいで、他の方面に対する耐性が鍛えられていないのだ。
簡単に言おう。
『魔の極致』は上位にいくほどチョロさが増すのである!!