百合女神降臨祭、一日前
『百合女神降臨祭』。
百合の花を依り代にして現世に意思を伝えることから『百合ノ女神』と呼ばれている、バリウス教が奉りし女神が地上に降臨した記念すべき日……という建前でヘグリア国全域で大規模なお祭りが行われる。
元々のアレやソレやを無視して、とにかく騒ぐきっかけがあれば全力で楽しむのがヘグリア国であった。
……ちなみに百合ノ女神は女の子同士が仲良くしているのが大好き、という真偽不明な噂があった。そのせいか、祭りの目玉には『百合ノ女神に捧げし仲良し決定戦』なんてものが組み込まれている。
明日に祭りを控えているということで騒がしい王都の一角、涙目な女の子とそんな女の子と同じく、いいやそれ以上に涙目な女がおててを繋いでいた。
キアラ。
経験値やステータスやレベルアップといった概念を操る力を失って、単純な腕力くらいしか残っていない……というのに、『勇者』やら第五王女やらが暴れた結果アリス=ピースセンスが『百パーセント』死ぬと定められていた乱痴気騒ぎに介入して、『百パーセント』を崩したほどの怪物である。
それくらい強い怪物とネコミミ女兵士は『友達』である。きっかけは些細なものだった。要約すると友達になりたいとキアラに言われたから、友達になった。それだけだ。
青い花を模した髪留めを撫でる。見た目はグラマラスなくせに中身は八歳児なネコミミ女兵士が撫でるそれと、キアラが身につけたそれは同じものだった。
お揃いのものを身につけるくらいには仲良しだった。ついでに言えば、キアラの服装もネコミミ女兵士と一緒に遊んだ時に買ったものである。
服自体に必要性を感じていないし、邪魔とさえ思っていたキアラにボロ布のような服以外を身につけさせるためにはより一層薄いヤツを選ぶ必要があった。つまりはネグリジェである。
……肌が避けるほどには薄いネグリジェ姿で街を歩き回る、という奇妙な構図になってしまったが、まあ、ボロ布よりはマシ、なはず、である。
「ミケ、どうしよう?」
「その子のお母さん探すしかないにゃ。というか、なんで泣きそうにゃあ?」
「こんな状況ハジメテだもん!! ナニコレ意味わかんないよおッッッ!!!!」
大空を自在に舞う鳥が魚のように海を泳げないように、生物には得手不得手なものがある。キアラにとっては『勇者』の頭を引っ掴んで地面に叩きつけたり、第五王女を雲を吹き散らすくらいの高さまでぶん投げたりすることは得意だが、迷子の女の子に対して適切に接するなんてものは苦手なだけなのだ。
むぐう、と今にも逃げ出しそうなくらい表情を歪めて、いっぱいいっぱいだと伝えてくるキアラ。
そんなキアラを見ていると、こう、
「キアラは可愛いにゃあ」
「…………………………、」
ナデナデ、と頭を撫でられているキアラの目から涙が引っ込む。どこぞのメイドのような無表情が到来する。
だからといって何も感じていないとは限らないが。
「お姉ちゃんたち、仲良しなんだね」
「にゃ! もちろんにゃあ!!」
「………………………………………………、」
じんわりと。
なんか赤くなっていくキアラを放って話が進んでいく。
「お姉ちゃんたちも明日の祭りの『仲良し決めるの』に参加するの?」
「にゃあ。それもいいかもにゃっ」
「だったらわたしたちのライバルだね! 負けないんだからっ」
「む。上等にゃ!!」
そんな風に会話していると、遠くのほうから名前を呼ぶ声があり、母親が駆けつけてきて、感動的な再会があって、お礼と共に親子が去っていって……、とそこまで状況が進んで、ようやくの一言。
「かっかわ……きひ、きひひ、きひひひひひ☆」
なんか笑い出した『友達』に対して変な奴だにゃあ、と呆れたように呟いて、そのまま手を握るネコミミ女兵士。
「こうして会えたんだし、どっか遊びに行くにゃ」
「て、手っ、きひゃぁ……」
「ん? どうかしたかにゃあ???」
「べ、別に……きひひ☆」
「そうかにゃ」
ぎゅう、と。
指と指とを絡める、俗に言う恋人繋ぎへと移行したのを見て、今度こそキアラの思考はフリーズした。
「………………………………………………………………………………………………………………………………………………、」
『魔の極致』第二席。
大陸も惑星も宇宙さえも吹き飛ばした尋常ならざる怪物……はもうどこにもいない。どこぞの『魔王』と同じく骨抜きにされているからだ!!
ーーー☆ーーー
世界のどこかで。
あるいは世界を跨いだその先で。
踊り子が着るようなヒラヒラとした露出が多いスカイブルーの衣から褐色の肌を覗かせる、二十代前半のスレンダーな美女にしか見えない魔族が頭を抱えていた。
「なんでそうなるのヨ、もォおおおーっ!!」
その女性の額からはねじくれた赤いツノが伸びており、瞳は白と黒が渦巻く不可思議なものであった。
『魔の極致』第三席、ネフィレンス。
世間一般が思い浮かべる魔族らしい魔族、そう世界征服を目論む真なる悪党である。
……第二席やら第一席やらと世界にはネフィレンスではどうしようもないほどにぶっ飛んだ怪物が存在していることを知っているからこそ、そういった怪物を利用することで世界征服を達成しようとしていた。
つまりは裏方専門。
『勇者』くらいならぶっ殺せるだけの力がありながら、世界には第二席や第一席のような規格外が潜んでいるはずと己が表立って武力的行動に出ない……からこそ、世界征服が遠ざかっていることに果たしてネフィレンスは気づいているか。
『転生』した第八席になぜかシルバーバースト公爵家でメイドをしている第五席、後は悪魔をダース単位で支配している第九席と肉体は『蠅の女王』に変換、魂は人間から人間へと乗り移り続けている第七席……は離脱したか。とにかくそれだけの怪物が集まっているのだから、戦力的には世界の一つや二つ軽々と征服できるということに(第二席や第一席の『テリトリー』さえ犯さなければ、彼女たちが邪魔することはない……くらいにはまだまだ本質を覆い隠せてはいないのだから、それ以外の連中を殺し尽くすことは可能なのだ)。
「足りないよネ。せめて第二席や第一席を引き込むか代わりとなる実力者を引き入れないと駄目よネェ。まぁ我らが第二席はなぜかネコミミにゾッコンなんだけどサァ!! ちょっと目を離したらこれだよなによそれミーナ殺すって息巻いていたじゃん魔族らしさはどこいったのヨォおおおーっ!!」
既に世界征服の一つや二つ容易いだけの戦力を揃えていながら、慎重に慎重を重ねてしまうことで身動きできなくなっている真なる悪党、魂からの叫びであった。
ちなみに。
ネフィレンスが世界征服に乗り出す未来は訪れることはなかったりする。『魔王』以上の力なんてどこにもなく、『魔王』はセシリーにゾッコンなのだから、そんな未来がやってくるわけがないのだ!!