フォースブッキング
アリス=ピースセンスは最強の兵士である。
七つの兵団のうち最小兵数ながらも多大な戦果を挙げてきた『クリムゾンアイス』が兵士長の名をヘグリア国内で知らぬ者はいないだろう。
小柄な体躯からは考えられないような巨大な鎧を纏い、縦横無尽に戦場を駆け巡る『最強』に憧れる者は数多く──しかし、その本性を知る者は少ない。
「きゃは☆ こんなものかなぁ」
ヘグリア国北部にある山岳地帯。
その最奥にある洞窟を根城としていた犯罪組織『ビーキメンゴ』のボスの首根っこを引っ掴んでの台詞であった。
辺り一面は肉と血と臓物で真っ赤に染まっていた。誰の? 犯罪組織の構成員たちのものに決まっている。
「が、ぶあ!? くそが、なんだってアリス=ピースセンスみてえな有名人がこんなところに……!!」
「そりゃぁ正義の味方らしく悪党退治しにきたんだけどぉ」
それにしてもぉ、とアリス=ピースセンスは口元をつり上げて、
「こんな山奥に噂の新発見『鉱石』が眠っているなんてねぇ。運良くここを根城にしていたお陰でぇ、随分と儲けたみたいねぇ。……ああそうそうこれは単なる雑談なんだけどさぁ」
わざとらしく、大仰に、ヘラヘラと嘲笑って。
英雄に近い有名人とは思えないほどのドロドロした声音でもって、最強の兵士は言う。
「犯罪組織の調査のためにぃ、実際にその組織に所属するって手段があるんだよねぇ。スパイってヤツぅ? でさぁ、スパイって怪しまれないようにぃ、組織内でしっかりと働く必要があるんだよねぇ。つまりぃ、犯罪行為に手を染めるのが定番なんだよねぇ。犯罪組織の全貌を暴いてぇ潰すための『必要悪』として正義の行い扱いされるってわけぇ。きゃは☆ こっからが面白いんだけどぉ、もしもスパイを送り込みまくった結果ぁ、気づいたらスパイ『だけ』になっていたぁ、なぁんてことになってもぉ、不手際を責められはしてもぉ、『まぁ悪を滅するためだもんね』ってな風に変換できるんだよねぇ。実際にスパイ『だけ』で悪事に手を染めてもぉ、許されるってわけぇ」
「……っっっ!! 貴様、まさか!?」
にぃ、と。
嘲るように笑い、小柄な女が口を開く。
「『ビーキメンゴ』を潰したはずがぁ、生き残りがいましたぁ。その生き残りは全員が『クリムゾンアイス』が派遣したスパイだったけどぉ、そのことに気づくことはありませんでしたぁ。結果としてスパイ『だけ』で犯罪行為に手を染めてぇ、新発見『鉱石』の発掘場所を不当占拠してしまいましたぁ、って感じになるかなぁ? まだまだ細部が甘いからぁ、これから詰め直すけどねぇ」
悪意が噴き出す。
正義のガワを被ることで悪事を正当化する、そんなどうしようもないクソッタレは今日も元気に暴れていた。
ーーー☆ーーー
「新発見『鉱石』の採掘場を隠匿、占拠するために犯罪組織を丸々支配する、ねえ。財源確保にしてももうちっとやりようあったんじゃねえか」
「きゃは☆ 確かにねぇ。財源を確保するため『だけ』ならねぇ」
「んだよ、その意味深な台詞?」
殺し合いを終えたその日のうちに王都に帰ったクソッタレどもは(色々と手を加えることで寂れるよう調整した)酒場に集まっていた。
アリス=ピースセンスはどこか不機嫌そうに視線を虚空に投げて、
「スキル『運命変率』を使ってもぉ、例の新発見『鉱石』に関する情報は出てこなかったのよねぇ。僅かでも可能性があるならぁ、増幅することで目的を達する確率操作スキルが不発になったってことはぁ、『百パーセント』知り得ることは不可能ってことよぉ。あの『鉱石』が何であれぇ、確保しておいて損はないってものよぉ」
「そうかい」
キアラとかいう『クリムゾンアイス』が新入りとお揃いらしき髪留めを撫でて、でれっと表情を崩すグラマラスで八歳児なネコミミ女兵士を横目に、クソッタレの一人は話題を切り替える。
「それはそうと、明日どうすんだ?」
「…………、きゃ、きゃは☆ なぁ、なにぃ、何がぁ!?」
「現実逃避したって何も変わらねえぞ。ったく、ありとあらゆる可能性を自在に増幅可能なくせに、なんだってそんなめんどくせー展開になるんだよ」
「確かに可能性は好きに増幅できるけどぉ、過去だけは変えられないのよぉ!!」
例えば隣国の第五王女。
例えば四百近い魂を束ねし『勇者』。
例えば『クイーンライトニング』が兵士長。
例えばミルクフォトン男爵家が長女。
ある闘争の果てに四人の女との縁を繋いだ……まではまだ良かった。『今』が変わることに拒絶反応を示すアリスが(理由まではうまく分析できないが)、とにかく受け入れるくらいには好意的に受け止めていたのだから。
問題があるとすれば。
明日、四人の女と出かける予定が組まれていることだろうか。
そう。
一日という限られた時間を駆使して、四人の女の相手をしなければならないのだ!!
……どこぞの淫魔と殺し合うよりも大変そうな予感がビンビンであった。
「逃げちゃっていいかなぁ?」
「武力を司る王女やら四百近い歴代『勇者』を束ねしエルフの女やら、軍勢に等しいゲテモノから逃げ切れると思うなら、試してみればいいんじゃねえかね。十中八九、状況が悪化するだけだと思うがな」
「せめて一度に全員相手──」
「連中が集まった時、とんでもねえ騒乱が勃発したの忘れたのか? アリスが『百パーセント』死ぬって状況を新入りのキアラとかいうのが覆したから良かったが、何度も奇跡は起こらねえと思うぞ」
「きゃっきゃは☆ なんでこんなことになってるのよもぉ!! どこの誰でもいいからデッカイ事件起こしてうやむやにしてくれないかなぁ!? この際『魔王』襲来くらいなら許容してやるわよぉ!!」
はい、そんなわけで続きました。
なぜか初っ端クソッタレからのスタートですが。
どうにも二人で完結しているミーナやセシリーよりも、気がつけば輪を広げているクソッタレのほうが繋ぎにはちょうどいいみたいです。好きなのは主人公カップルなのに、クソッタレが文字数奪い気味な理由ですね。
もちろん主人公たちにも視点を向けていきますし、イチャラブ増量ですのでご安心を。『鉱石』とか出てきましたが、本編みたいにガッツリシリアスにはならない……はずです。こういうの入れておかないと話が進められないから仕方なく、なんです、はい。
ってなわけで作者もいつ終わるか不明なイチャラブストーリースタートです。
……ようやくタイトルっぽい展開が始まりそうですよ。もう九十話近いんですけどね!