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第八十四章 クソッタレは腹芸が得意みたいですね

 

 シルバーバースト公爵家では当主と長男が一日経っても行方知らずということで騒ぎが起きていた。が、メイド長としてはそんなことより優先すべき問題があった。……正確には問題そのものよりも、その余波の心配をしているのだが。


 シルバーバースト公爵家が本邸、その一角。

 セシリーの私室は主が去った今もメイド長を中心とした者たちが掃除を欠かしていないため、いつ主が帰っても問題ないほどに整えられていた。


 そんな私室のベッドの上では毛布にくるまる影が一つ。そう、つまりは、


「はぁ。まあだ心の整理ついていないでしょーか?」


「だって……」


「だってじゃないでしょーよ」


 毛布の中からくぐもった、それでいて平坦な声が響いた。メイド服をマントのように羽織る無表情な後輩。つまりはミーナであった。


 昨日、当主や長男が去ってしばらくしてから転移してきたミーナはメイド長へと一方的にボソボソと『説明』した。かと思えばベッドにくるまって今に至るというわけである。


 メイド長は『説明』を思い出し、頭痛を抑えるように額に手をやる。


「まったく。唇重ねたはいいけど、くっそ恥ずかしくなってセシリー様と顔合わせにくくなったって……この忙しい時になんだって今更な問題持ち込んでくるでしょーか?」


 ミーナが転移してきてから、一日が経っている。

 そう、それだけの長い間、セシリーは一人きりなのだ。余波が主を苦しめている。


 当初、メイド長は『まぁはじめてのことでしょーし、こういうのもいい経験でしょーし、多少はゆっくり心の整理つけるのもアリでしょーよ』と思い、放置していたが流石にこれ以上放っておくわけにもいかない。『さっさとやることやるでしよーよ』と思いながら毛布を引っ剥がして、ミーナを引きずり出した。


 いつまで年齢=独り身な女にアレコレ相談してるでしょーよ完全な当てつけでしょーか!? と喉元まで出かかった愚痴を飲み込み、はじめてのことに戸惑っている後輩と視線を合わせる。



 ーーー☆ーーー



『ハッピー☆トロピカルスパーククライシス』。

 ヘグリア国が王都でも有名な若者に人気の飲食店であった。店内は客が多く、ガヤガヤと騒がしかった。そのため二人の男女が向かい合って腰掛けていたとしても、誰も気にすることはない。


 一人は分厚い鎧という『特徴』を捨てた、小さな女だった。幼子に見間違えられることも多いが、れっきとした三十路前である。


 一人は二十代半ばの顔立ちを維持している男であった。三十路前の『子供』がいるくらいの年齢だというのに、その姿は若々しさを損なっていない。それこそ不自然なまでに。そのことを隠すために公的な場では姿を変えていた。そうやって不自然なまでの若々しさを誤魔化しているのだ。逆に言えば素顔を晒せば彼ほどの有名人に誰も気づかなくなるということでもあるのだが。


「きゃは☆ 連絡とったその日のうちに来てくれるなんてねぇ」


 若者に人気らしい、カラフルな色彩のデザートを前に、頼んだはいいけど赤とか青とか紫とか黄色とか緑とか散りばめられたそれに臆している女の名はアリス=ピースセンス。『クリムゾンアイス』が兵士長にして、最強の兵士とも名高い有名人は、しかし特徴的な鎧を脱ぎ捨てるだけで人混みに紛れていた。


「娘から会いたいと言ってきたのだ。時間を作るのは親の務めだろう」


 同じくカラフルなデザートを前に、しかし男は慣れた手つきでフォークを突き刺していた。国内に蔓延するものであれば、カラフルな若者の流行だって調べはついているし、取り込んでいるのだ。


 国王ゾーバーグ=ヘグリア=バーンロット。

 ヘグリア国を支配する絶対的な支配者であった。


 それよりも、だ。

 彼の口から出たあの言葉が真実だとすれば、


「なあアリス。俺はアリャリア=()()()()()()に真実の愛を見出した。その結晶たる娘ともなれば、特別扱いしたくもなるものだ。だからそう警戒する必要はない。な?」


「真実の愛ねぇ。結局は政治的やらなんやら公的なものを優先してぇ、男爵令嬢だったアリャリア=ピースセンス……わっちの『お母さん』じゃなくて今の王妃を選んだくせにぃ? 王妃の嫉妬から端を発した『闘争』の際にロクな手を打たなかったくせにぃ? お母さんが死んでぇ、わっちが力を覚醒させたことで利用価値が生まれてからぁ、ようやく血が繋がった娘を引き入れたくせにぃ? ……真実の愛とやらは確かにあったのかもねぇ。多少は特別扱いもあったかもねぇ。それ以上に王としての顔が強いってだけでさぁ」


「アリス……」


「ああ別に責めているってわけじゃないのよぉ。王としては立派だと思うわよぉ。少なくとも真実の愛とやらを錯覚してぇ、淫魔イリュヘルナに言いように操られたどこぞのクソ馬鹿よりはねぇ」


 口の端を歪めて、娘は言う。


「先に言っておくけどぉ、わっちは王としての顔にしか興味ないのよぉ。それを利用しにきただけってことねぇ。というわけで交渉の時間といこうかぁ。まずはじめに──」


「ああ言い忘れていたな。『クリムゾンアイス』には俺の手先が潜んでいる。だからアリスの言いたいことは全て把握しているぞ」


 サラリと。

 国王は言ってのけた。


「中々の交渉材料だな。シルバーバースト公爵家を贄と捧げ、なおかつ第一王子を事件の犯人と仕立て上げろと騒ぐアリシア国を黙らせるなら、男爵令嬢の一人や二人見逃してやるよ」


「……、ムカつくわねぇ。淫魔イリュヘルナに言いように操られていたクソ野郎がえらっそうにさぁ」


「済んだことはいいではないか。それより、どうだ? つまらん話は終わりにして、親子水入らず楽しく食事といこうではないか」


「ほざいているわねぇ、クソ野郎がよぉ」


 吐き捨て、アリスは席を立つ。

 そのまま背を向ける娘へと、父親はこう声をかけた。


「アリャリアは俺を愛してくれた。俺もまたアリャリアを愛していた。だからだろう? アリスは最強の兵士と呼ばれるまでに自身を鍛え上げた」


「…………、」


「アリスはアリャリアが好きだったものな。だからこそ、『アリャリアが守りたかったもの』を守るために動いてくれている。ありがとうな」


「そう言うなら理解していると思うけどぉ、勘違いしないようにねぇ。わっちはお母さんが好きだったものを守りたいだけでぇ、お前を守るのはお母さんがそう望んでいたからよぉ。そうじゃなかったらぁ、誰がお前なんかのために動くかっつーのぉ」


「別にいいさ。それで、な」


 会話はそこで終わり。

 娘は立ち去り、致命的なまでに距離は広がった。



 ーーー☆ーーー



 カラフルなデザートを口にしながら、国王は娘が立ち去った方向をずっと見ていた。


 ニタニタと。

 口の端を歪めて。


(アリャリアは都合のいい道具を残してくれたものだ)


 確かに彼はアリャリアを愛していたのかもしれない。だが、それはそれとして、と切り捨て、公的な顔を優先した。


(アリス=ピースセンス。はっはっ! アリャリアのために、アリャリアが愛したものを守るあの女は決して俺に牙を剥くことはない。何せ王妃の嫉妬に殺される寸前まで、アリャリアは俺を愛していたのだから。あの結末を許してやれとアリスに言ったほどなのだからな)


 そう、彼は公的な顔を優先する。

 娘であろうとも、利用価値があるなら利用する。


(本当都合のいいものだ。死んだものにいつまでも執着して、『今』を維持するだけの道具よ。これからもアリャリアが愛した、それだけの俺を誠心誠意守ってくれよな)


 これが国王。

 これがゾーバーグ=ヘグリア=バーンロット。


 全ては支配者の掌の上であった。

 少なくとも、彼の中では。

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