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激突、あるいは成長促す経験値

 

 六百年前のことである。

『魔王』が『封印』され、消息不明となったことで戦局は一気に傾いた。それほどに『魔王』の力は強大であったとも言える。


 次々に人類側が領土を取り返していき、このまま魔族を殲滅できる、そう思われた矢先のことだった。『魔の極致』第二席と『勇者』シェリフィーンが激突したのだ。


 序盤は『勇者』シェリフィーンが優勢であった。力の差は明白であり、いずれは勝利するだろうと思われていた。


 だが、



()()()()()()……きひひ☆ まぁこんなものだよね』



 一瞬であった。

 その言葉と共に力の差はひっくり返され、『魔の極致』第二席の一撃が『勇者』シェリフィーンを貫いたのだ。


『こんなんじゃ何にも変わらない。「上」にのぼりつめることなんてできない。見える景色は変わらず、退屈で空虚でつまんない。うん、やっぱりミーナじゃないと駄目みたい』


 序盤は確かに『勇者』シェリフィーンが押していた。もっと言えばシェリフィーンのほうが強かった。


 だというのに、ひっくり返された。

 気がつけば()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()



 ーーー☆ーーー



『勇者』リンシェル=ホワイトパレットは四百近い歴代『勇者』の魂を内包している。そう、四百近い猛者の力を内包しているのだ。


 黄金が輝く。

 右拳が唸る。


 あるいは気体、液体、固体関係なくドロドロに溶かす溶解能力、あるいは射程範囲無限大の精密狙撃能力、あるいは視界内に捉えた空間を埋め尽くす爆撃能力、あるいは設定した対象よりも速い挙動を可能とする加速能力、あるいは自身の十分の一の力を持つ人形を生み出す分身能力、あるいは皮膚をこの世のどんな物質よりも硬くする硬化能力、あるいは防壁を無視して内部を破壊する防御無視能力、あるいは物理現象を増幅、減少させる法則増減能力。


 変幻自在な猛攻の乱舞、それも一つ一つが『勇者』足りうる者の力なのだ。


 さしもの『魔の極致』第二席も防戦一方であった。もしもこの戦闘の目撃者がいたならば『勇者』が押していると感じていたはずだ。


 それは間違っていない。

 今この瞬間、優勢を勝ち取っているのはリンシェルである。六百年前は届かなかったかもしれないが、六百年間の積み重ねが必殺となっているのだ。このままいけば勝利するのはリンシェルであると誰もが判断するだろう。


 そう。

 まさしく()()()()()()()()()()展開であった。


『気をつけるんだわ、リンシェル。私を殺したその女は──』


(知っておる。そして関係ないのじゃ。奴が何を企んでいようが、その企みが達せられる前に粉砕すればいいだけなのじゃから!!)


 ──『勇者』シェリフィーンの記憶があったとして、何かが変わるわけもなかった。全力で叩き潰す、短期決戦でもって挑むことが最適解であると分かるくらいだ。


 だから。

 それは必然の結果だった。



 ゴッ!! と。

 赤髪の女が腕を振るうだけで、四百に近い猛者の力が粉砕された。



「ぐ、ぅ……!?」


 完全なる力技。

 対象の性質を無視して打ち破る方法論。


 そんな暴論を実現するだけの力を『魔の極致』第二席たる赤髪の女は内包していた。


 いいや、だが、それは、


「なぜ、じゃ。そんな力、今までなかったはずじゃぞ!!」


「確かにそうね。だったならば、今この瞬間からこれだけの力を獲得したってだけじゃん」


 簡単に。

 赤髪の女はそう吐き捨てた。


「経験値、ステータス、レベルアップ。そういった概念を掌握すれば、こういった突然変異も可能ってことよ」


「なに、を」


「こういうことよ」



 ぐじゅ、ぐじゅう、と。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()



「それは、まさか!?」


「経験値を稼いで、ステータスに割り振って、レベルアップすることで新たな力を獲得した、それだけの話よ」


 漆黒の掌握、その意味を理解できたとして、どうしようもなかった。破滅が顕現したことが分かった時にはもう手遅れだったのだから。



 一瞬であった。

 漆黒が爆発的に膨れ上がり、大陸も惑星も宇宙さえも纏めて吹き飛ばした。



 ーーー☆ーーー



 白が空間を埋め尽くしていた。

 地平の彼方まで、真っ直ぐに、白く染まっていた。


『勇者』の姿はない。消し飛んだのだから。

 森の緑はない。消し飛んだのだから。

 空の青はない。消し飛んだのだから。


 敵対者もそうでない者も一律に消し飛んだ。大陸も惑星も宇宙さえも例外なく、ありとあらゆる存在があの一瞬で消滅したのだ。


 その後に残ったのがこの白き世界だというのならば──そう、黒に染まった世界の裏側の正反対だと示すように白だけが存在するというのならば──ここは世界の表側とでも言うべき空間なのだろう。


 大陸も惑星も宇宙も取っ払った末に残った、下地にして土台。今まで観測されていたありとあらゆる存在はこの白き空間の上に乗っかっていたに過ぎない。


 ゆえに。

 何もなくなった後に、白が顔を出したのだ。


「きひひ☆」


 そんな白き空間にぐじゅ、ぐじゅう、と腐ったような漆黒が滲む。赤髪の女は口の端を歪め、くつくつと笑う。


「これがスキル『消去』、ね」


 スキル『消去』。

『不浄なる左』より噴出する腐ったような漆黒のことであり、『魔王』が持つ力の中でも最も強大な破壊能力である。


 本来であればいくら『魔の極致』第二席とはいえ、その力を努力だけで手にすることはできなかっただろう。


 が、赤髪の女にはそれは当てはまらない。

 経験値、ステータス、そしてレベルアップ。特異な性質を自在に振るう彼女には関係ないのだ。


 もしも戦闘、勉学、恋愛、運動、料理、などの経験が数字として固定化できるとすれば。


 もしも筋力、動体視力、技能、『技術(アーツ)』、スキル、魔法、などを数字で表現できるとすれば。


 もしも一定以上の経験を獲得すると、その時点で飛躍的に能力が向上するとすれば。


 それこそが『魔の極致』第二席が持つスキル『遊戯再現』。あらゆる経験は値として蓄積でき、蓄積した経験値をステータスに割り振ることができ、一定以上の経験値を割り振ることでステータスが底上げされる、といったスキルである。


 成長を分かりやすい数字で表現する、というよりも、ありとあらゆる分野に成長可能な可能性を提示する、といったほうがいい。


 割り振り可能な領域に制限はない。つまり先天的、後天的関係なく、『誰か』が会得可能なありとあらゆる力を会得することができる。


 経験値はどのステータスにも割り振ることができる。つまり裁縫で獲得した経験値を剣術に割り振ることで剣を触ったこともないのに歴戦の兵士顔負けの剣術技能を獲得することもできるのだ。


 そのため『魔の極致』第二席は殺し合いの最中であっても飛躍的な成長を遂げる。強い相手とぶつかり、困難に直面すれば、その経験を元手にレベルアップ、瞬間的にステータスを向上させることが可能なのだから。


「勇者』との戦闘、その前には()()()()()()()()()()()()()()っけ。その他にも貯めに貯めていた経験値使って、レベルアップして、ステータスを向上させて……やあっと手に入った」


 全てはスキル『消去』を獲得するために。

 もって『魔王』と同じ土俵に立つために。


 ぐじゅう、と。

 腐ったような漆黒が()()()()()()()()()


「スキル『消去』の正体、分かってしまえばなんて事ないわね。きひひ☆ そりゃあ世界そのものが相手なら、生命体が生み出す力で対抗できるわけないよね」


 スキル『消去』はミーナ自身の力ではない。

 世界の裏側と繋がり、積もりに積もった穢れを引き出し、エネルギー源としていたのだ。


 そう、腐ったような漆黒は『不浄なる左』という出力口から噴出する世界の裏側そのもの。世界を構築する膨大な負のエネルギーであるからこそ、生命体が紡ぐ力程度では打ち破ることなど不可能である。


 それこそミーナ自身でさえも『消去』で消し飛ばしたものは『復元』で直すことはできない。あくまでミーナから出力される『復元』よりも、世界の裏側に積もった穢れをエネルギー源としている『消去』のほうが強力であるからだ。そう、一度『消去』したものは()()()()()()()()()、と考えていい。


 ──今は赤髪の女も世界の裏側をエネルギーとして利用できる。その意味を噛み締め、赤髪の女は高らかに叫ぶ。



「さあ! 六百年前の続きといこうか、ミーナあ!!」



 立ち塞がるは一人の女。

 世界が白に染まっても相も変わらず無表情な女が一歩前に出る。


『魔王』。

『魔の極致』第一席。

 いいや、『ミーナ』はたった一人で赤髪の女と対峙する。


 その意味を果たして赤髪の女は理解していたか。

 世界を吹き飛ばした結果、ミーナから何を奪ったのか、理解できていたのか。


「…………、」


 大陸も惑星も宇宙さえも消失した、その跡地。

『魔の極致』第一席と第二席のみが存在する、全てが終わった後の世界で。


 頂点を決する、ただそれだけの闘争が勃発しようとしていた。

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