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邂逅、あるいは致命的な見落とし

 

 レフィーファンサはミルクフォトン男爵家の家の前に立っていた。アリスから男爵家の人間の護衛を頼まれたからである。


 ……何かを隠しているのは確実だが、だからといってくだらない点数稼ぎを見逃す理由もない。『とりあえず』守り通し、真相を暴いた上で適切な対応を行えばいい話である。


「ふんっ、何が殺し合うのはもうちょっと先にしたい、よ!! 私がアリスを殺すわけないのにっ。……まあロクでもないことしてるっていうなら、死なない程度に叩き潰すけどさ」


 森のほうでは轟音が連続していた。どうやらアリスと公爵家が激突しているようだ。


「まったく。アイラ=ミルクフォトン男爵令嬢の安全を優先して、私に頼らず戦うつもりのようね。もお! 相変わらずのヒーロー気質なんだからーっ!!」



 ーーー☆ーーー



「ん、ぅ……」


「あっ、お姉ちゃんっ!!」


「ぐえっぷう!?」


 見事なダイブであった。

 ベッドの上で目を覚ましたアイラ=ミルクフォトン男爵令嬢はお腹に飛び込んできた小さな人影を恨めしそうに見つめる。


「ココア、何をするの……っ!!」


「お姉ちゃんお姉ちゃんおねえーっちゃーんっ!!」


「え、なに、なんなのーっ!?」


 どったんばったん暴れて、アイラを揉みくちゃにしている小さな人影こそアイラの妹であるココア=ミルクフォトンであった。


 どちらかといえば内気な姉と違い、他者と関わるのが大好きな妹は常に外で駆け回っている印象が強い。活発に輝く瞳をキラキラさせて、妹は姉に頬ずりする。


「えへへ、お姉ちゃんだぁ」


「はいはい、お姉ちゃんなの」


 そんな妹の頭を宥めるように撫でる姉。

 そんな風にいつも通りの触れ合いをしていた時だ。ふとアイラ=ミルクフォトン男爵令嬢は口を開く。


「ねえココア。アリスさんたちはどこなの?」


「アリス? わかんないよ。お姉ちゃん一人だったもん。あ、そういえばこんなのあったよ。よくわかんなかったけど、妹と一生を過ごすことってあるし、良いこと書いてあるんだよきっとっ」


 そう言って妹が手渡してきたのは一枚の紙だった。そこには『アイラと王家との関係なんかなかったことにしてやるわ。だから、あのクソ売女がやったことなんか全部忘れて、学園なんかやめちゃって、田舎町で妹とありきたりな一生を過ごすこと。それが木っ端貴族にはお似合いよ』、と書かれている。


 なんというか、アリスらしい文面だった。

 アイラ=ミルクフォトン男爵令嬢の記憶は淫魔イリュヘルナの支配を打ち砕くためにディグリーの森に行き、古龍と対峙した所で途絶えているが、こんな文面の紙が残されているということはその辺りの問題は既に解決しているのだろう。


 そう、アイラ=ミルクフォトンが眠りこけている間にアリス=ピースセンスは淫魔の支配を粉砕してのけた。相変わらず最強の兵士はアイラの想像の外に君臨している。


「そうそう、お姉ちゃん! いくら眠かったからって玄関でスヤスヤしたらだめなんだよ! ココア、びっくりしたんだからっ」


「…………、」


 ここで別れるのが正しい形なのだろう。

 アリス=ピースセンスにとってアイラ=ミルクフォトン男爵令嬢は保護対象であり、守るためにはさっさと戦場から遠ざけたほうがいいに決まっている。


 だけど。

 ここで別れて、それで終わりにしたくなかった。


 少しでも力になりたいとか色々と理由はある。が、わざわざなんだかんだと理由をつける必要はないだろう。一番強烈な想いを絞り出せばいい。そう、結局のところは『アリスさんと一緒にいたい』と、そう望んでいるからこそ、


「ごめんなの、ココアっ。わたしちょっと行ってくるの!」


「え、え? お姉ちゃん待ってよーっ!!」


 アイラ=ミルクフォトン男爵令嬢は行動する。胸に燃えるたった一つの感情に従って。



 ーーー☆ーーー



 田舎町の近くにある森の中を『勇者』リンシェル=ホワイトパレットが駆け抜ける。『勇者』の力があれば、そう時間をかけることなくアリスの下まで駆けつけることができた。



 赤黒い液体と肉片が撒き散らされていた。

 弾けた肉片からは顔の判別もできない。が、その中にあるのだ。特徴的な巨大な鎧の残骸、そう、アリスが身につけていた鎧が弾けるように砕け、そこらにばら撒かれていた。



「きひひ☆ 『勇者』様じゃん。こっちから出向いてやってたんだけど、わざわざ自分から消費されにくるなんて気が利いているね」



 鮮血のごとき長髪に赤き瞳の女。

 つまりは『魔の極致』第二席。


 六百年前、()()()()()()()()()()()()()()()怪物が目の前にいることを、しかしリンシェル=ホワイトパレットは認識すらしていなかった。


 ほんの僅かな時間の差。

 リンシェルがもっと早くに森に入っていれば、いいやそれ以前にアイラ=ミルクフォトン男爵令嬢を淫魔イリュヘルナの支配から解放した後にでもアリスを仲間に引き入れていれば、リンシェルの手でアリスたちを守り抜けたかもしれなかった。


 ほんの僅かな勇気があれば何かが変わっていたはずなのだ。たったそれだけの努力を怠ったがゆえに、命が消失した。その事実に己への猛烈な怒りが噴出する。


 だから。

 だけど。


 ──『勇者』リンシェル=ホワイトパレットが『魔の極致』第二席たる赤髪の女を認識する。


「しっかし、目についたから適当に摘んでみたけど、百八匹のゲテモノに比べたらちっぽけな経験値──」


「もう黙れ」



 ゴッパァァァンッッッ!!!! と。

 黄金に輝く右拳が赤髪の女を殴り飛ばす。



「……っづ!?」


「貴様はここで死ね、今すぐに!!」


『勇者』と『魔の極致』第二席。

 怪物同士の殺し合いが始まる。



 ーーー☆ーーー



 額からねじくれた赤いツノを生やし、白と黒のマーブルに染まった瞳を持つ『魔の極致』第三席ネフィレンスはさる洞窟の最深部に潜っていた。


 ちなみに彼女の近くには胴体を貫かれたシルバーバースト公爵家当主が転がっていた。


「なーんか私チャンゴミ箱扱いされてないカナ? いらないものの処理を押しつけすぎだっテ」


『転送』で送られてきたため、とりあえずぶっ殺した死骸を落ち葉でも払うように蹴り飛ばし、ネフィレンスは前方に手を伸ばす。


 さる洞窟の最深部。

『百八ノ罪業』の中でも『封印』場所が判明している十五のうちの一つ。


 時空の壁に干渉することで世界を超える能力を持つネフィレンスは『封印』に直接干渉するのではなく、何箇所か世界の壁を経由、迂回することで『封印』を無視して『中』に手を突っ込む。


 ぐにゅり、と飴細工のように歪んた景色のその先、『封印』の『中』には──


(やっぱりネ。()()()()()()()()()()()()()()()()()……というよりモ、ぶっ殺されているって感じカナ)


 よく調べてみると、『封印』には穴が空いていた。つまり誰かが『封印』をこじ開け、封じられていた怪物を殺したということだ。


 こんなことができるのは誰か。

 こんなことをして得するのは誰か。


 心当たりは一人だけだ。


(六百年前『魔王』の居場所が観測できなくなった、その後。『勇者』シェリフィーンを殺シ、それ以上の敵がいなくなった時点で世界に興味をなくしたあの女に決まっているよネ)


 つまりは『魔の極致』第二席。

 その執着を鑑みれば、『魔王』が現実世界に帰ってきたと分かった時点で動いたって不思議ではない。


 そう、昨日空が漆黒に覆われた時点で、『魔の極致』第二席は『魔王』が帰ってきたことを知り得たはずなのだから。


(私チャンでも気づけなかったカァ。まぁ仕方ないよネ、あの女の力はそういうものだシ)


 全世界を効果範囲とした索敵能力、および『魔王』でさえも至近に近づかないと気づけないほどに自身や周囲の気配を希薄化する能力を持つ『魔の極致』第二席であれば可能なのだ。『百八ノ罪業』の居場所を探ることも、誰に気づかれることなく『封印』を破り『百八ノ罪業』を殺すこともだ。


 ……外部から『封印』を破壊でき、『百八ノ罪業』を殺せるだけの力を持っている、という前提があっての話ではあるが。


(第一席は色ボケだシ、第二席の『力』に期待するのもアリかもネ。アレヨ、()()()()()()()()()()()できないことはなにもないだろうしネェ?)


 ネフィレンスはそれ以上の調査は不要と考えた。どうせ結果は分かりきっている。


『百八ノ罪業』は皆殺され、その命は『魔の極致』第二席の糧となったに違いない。

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