粉砕、あるいは奇跡の消失
シルバーバースト公爵家において最も強き者は当主であるが、最も厄介な者は長男である。
グリズビー=シルバーバースト。
魔法を乗っ取るスキルの持ち主である。
──そもそも魔法とは魂から抽出される魔力を材料に生まれる力である。個々人によって生み出される魔力の波長は異なり、同質の波長を持つ魂には魔力を操る力が備わっている。ゆえに魂から魔力を抽出した術者本人しか魔法は操作できない。
ならば、もしも他者の魂の波長と己の魂の波長を合わせることができれば、他者が抽出した魔力やそれを材料とした魔法を支配できるのではないか?
つまりはスキル『魔導錬金』。
本来は魔力の質に干渉、弱体化させたり増幅したりするスキルであるが、その応用として魔力の波長を操作することもできるのだ。
その応用でもって他者の魔力の波長を己と同じ波長に変え、魔法の乗っ取りを可能とする。
そう、グリズビー=シルバーバーストに魔法は通用しないし、味方の魔法を増幅することもできる。
「なあ、なあアリスっ。もちろんスキル『運命変率』は──」
「アイラを守るために使っているわよぉ。動いているのが公爵家だけとも限らないしぃ、念には念を入れるべきだしねぇ。ほらぁ、あいつら倒したって他のにアイラ取られたら意味ないからねぇ」
「くそが! パーフェクトゲーム狙いすぎだ!! その分だけ俺らが死ぬ確率跳ね上がってんだぞ!!」
「後さぁ、ここから先魔法は使用禁止ねぇ」
「……ッ!? 縛りプレイ大好きかよ!! こんのクソマゾロリ女があ!!」
「おかしい、楽して儲けられる展開じゃなかったのか? 気がついたら毎度のピンチだよ自殺行為にもほどがあるぞクソが!!」
やはりというべきか、文句タラタラなクソッタレを無視して、アリスは前に飛び出す。体躯の何倍もの鎧を着込んでいるとは思えないほど瞬間的に加速、一気にトップスピードまで到達する。
まさしく残像を引き連れていると錯覚するほどの速度でもって──馬を駆る私兵たちを凌駕するスピードでもって──瞬く間に距離を詰める。
対して私兵どもは流れるように魔法陣を展開、先陣の数十人が一斉に風系統魔法を放つ。
ゴッ!! と竜巻が互いに絡み合い、増幅され、巨大な龍のごとき勢いで迫るが、アリスは小さく息を吐いただけだった。
直後に着弾。
そして、馬を駆る先頭の私兵の首が両断された。
「……あ?」
断面から真っ赤な液体を噴き出す胴体や地面に転がり落ちた頭部、そしてその私兵の後ろ、馬に両足をつけて立っているのは紛れもなくアリス=ピースセンスであった。
「なん、だと……っ!?」
──突っ込んだだけだった。
『防具技術』を使い不可視のエネルギーを展開、防御力を底上げした状態で龍のごとき暴風に突っ込み、真正面から突破して、そのまま私兵の一人の首を両断、その私兵が駆っていた馬に乗っかったのだ。
つまり。
そんな力技ができるくらい、アリスが強いだけの話だった。
「スキだらけよぉ」
アリスが跳ねる。
馬に乗っている私兵たちは急な方向転換はできない。どうしても動きは制限される。そんな縛りプレイで馬の上をぴょんぴょん跳ねまわるアリスの自由度に対応できるわけがなかった。
まさしく刈り取るような気軽さで命が消える。アリスが飛び、その長剣を振るえば、その度に鮮血が舞い私兵が崩れ落ちるのだ。
アリス=ピースセンス。
最強の兵士の呼び声は伊達ではない。
そして、
「やってやるよ、やればいいんだろクソがあ!!」
「無茶振りに乗っかってやるんだ、分け前増やすくらいしろよなあ!!」
「いっくにゃーっ!!」
二十人近いクソッタレどもが突っ込む。アリスがこじ開け、崩した箇所を広げるように。
局所的な観点で言えば、アリスたちが優位だったろう。とはいえ戦力差が十倍以上なことに変わりはない。いずれは地力の差によって戦況が変化するのは見えている。
このままでは、負ける。
勝ち筋があるとすれば、決定的に敗北する前にシルバーバースト公爵家の戦意をへし折り、撤退させるしかないだろう。
そこまで考えて、アリスは口の端をつり上げる。
(……、出てこないわねぇ)
私兵どもの中心、馬車の中に潜むキングは沈黙したままだった。私兵どもの魔法が増幅されている以上、シルバーバースト公爵家が長男が出張っているのは確実である。それでも、出てこない。今が、ここが、戦意をへし折れるかの境にして戦の転換期であると分かっていない。いいや分かっていても、己が矢面に立つことを恐れているのか。
私兵を率いるだけの力はあるくせに、『安全圏』から飛び出る覚悟がない。その怯えが勝敗を左右するとしても。
(だったらぁ、まずは雑魚どもの心をへし折りますかぁ。状況が致命的に動いてからぁ、慌てて出てきた臆病者一人が相手ならぁ、楽に始末できるだろうねぇ)
とはいえ、懸念は残っている。
これくらいの相手であれば、少しでも戦力が欲しいなどとは思わなかったはずだ。
あの予感は外れていたのか。
それとも少しでも戦力が欲しいと感じるほどの怪物は未だに現れていない、のか?
そして。
そして。
そして。
ゴッグチャアッッッ!!!! と。
上空より降り注いできた何かが馬車を粉砕した。
「……な、ぁ!?」
気づけなかった。
結果が示されるまで、何も。
いくら弱敵でも気配の探知などはできる。強敵であれば気配を押し殺していても力の波動を読み取ることができる。
だが、『あれ』からは何も感じ取れない。
舞い上がる粉塵の奥、灰色のヴェールの中に潜む『あれ』が何であるのか、一切の情報が読み取れないのだ。
「ぐっ、グリズビー様っ!?」
「嘘だろおい!!」
私兵どもが騒ぎ出したが、アリスの耳には入ってすらいなかった。
馬車の中に潜むキング、シルバーバースト公爵家が長男を粉砕した『あれ』が粉塵の奥から出てくる──瞬間であった。
ごっぢゅん!! と。
二百人近い私兵が纏めて爆散した。
何かが起きた。
何らかの力が放たれた。
だが、やはり読み取れない。人間が弾け飛ぶほどの力が噴出しても、なお、力の波動一つ感じ取ることができないのだ。
気配の遮断、その究極。
二百人近い私兵を一瞬で殺すことができる怪物の姿が浮かび上が──
「スキル『運命変率』ぅ!!」
全て、投げ捨てていた。
気がつけば、スキル『運命変率』にて設定している目的を変更しようとしていた。
直感が猛烈に訴えかけてくる。ここ『だけ』を凌ぐために死力を尽くせと。出し惜しみなんてしている暇はなく、ゆえに生き残るために全力を振り絞れと。
だが。
それでも。
(不発だってぇ!? 迎撃も逃亡も『百パーセント』不可能だとでもぉ!? これはぁ、この無茶苦茶な『百パーセント』の乱立はぁ、まさかあの『魔王』と同じく──)
「きひひ☆」
鮮血のごとき赤髪に赤き瞳。
その姿を目撃するのが精一杯であった。
直後に破壊があった。
アリス=ピースセンスもネコミミ女兵士も残りのクソッタレどもも平等に粉砕されたのだ。