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第七十八章 同じ『勇者』でもあの人と違って人見知りなんですね

 

『勇者』リンシェル=ホワイトパレットは『百八ノ罪業』を封じるために動いていた。


『百八ノ罪業』は『封印』によって意識を内側に向けられている。その結果『封印』を破ろうと考えないためにこれまで封じ続けることができた。


 が、その前提が崩れた。

 昨日、青空を漆黒に染め上げた『魔王』ミーナが撒き散らした力の波動によって、内側に意識を向けられている『百八ノ罪業』の意識が外側に向けられたのだ。


 封じられし者の実力は歴代『勇者』の記憶にある。その記憶を参照に、後三日は『百八ノ罪業』の誰も『封印』を破ることはできないだろうとリンシェルは計算していた。


 それまでに『封印』を強固なものとして、『封印』が破られないようにする必要がある。


 そのためにも仲間を集めなければならない。

 ……リンシェルにとっては『百八ノ罪業』へ対処することよりも、誰かに話しかけるほうが苦痛だったりするのだが。


「む、むぐう」


 田舎町の近くにある小さな森を眺め、『勇者』リンシェル=ホワイトパレットは唸り声をあげていた。あの中にアリスがいる。可能性を引き寄せる最強の兵士の力を借りれば、それだけで成功率は飛躍的に上昇するだろう。


 アリス=ピースセンスに協力を求めるのが最善であることは分かっている。が、あの女は何をやらかすか計算できない怖さがある。つい昨日も空が漆黒に覆われ、惑星から生命が一つ残らず吹き飛びかねない危機であったというのに、『勇者』リンシェル=ホワイトパレットに剣を向けたのだ。


 結果として漆黒は霧散したが、アリスがあの結果を予見していたとは思えなかった。それくらい後先考えない性質の持ち主なのだ。損得勘定度外視で行動するようなクソッタレを引き込んで、土壇場で余計なことをされてはたまったものではない。


 ……といったのがリンシェルの建前であった。ぶっちゃけぼっち特有の人見知りが発動しているだけなのだが。


 アリスとまともに会話できたのは戦闘中だったり、淫魔イリュヘルナの憑依先を潰すために行動している時だったりと、何らかののっぴきならない問題があった時だけだ。そんな時であれば『勇者』という()()をでもって何とか会話することもできるのだが……。


「わ、わらわだけでも何とでもできるのじゃ!」


『リンシェルー? 世界を鮮血と死で埋め尽くす気だわー???』


「む、むぐぐう!!」


 今すぐ、目の前に問題が立ち塞がっていたならばまだしも、まだ三日もあるのだ。三日あれば何とでもできる『はず』だと思ってしまうと、もう駄目だった。四百年ぼっちを拗らせたエルフの女は森の前でもじもじして──



 ゴッバァ!! と森の中で猛火が炸裂した。



「……、むぐ?」


 吹き荒れる猛火や力の波動から、アリスたちが何者かに襲われているのを察知──リンシェルの纏う空気が変わる。


「まったく、また騒動の中心で暴れておるようじゃのう」


 ぼっちをいくら拗らせていようが、彼女は『勇者』である。その奥底にはまばゆい限りの『正義』が輝いているのだ。



 ーーー☆ーーー



「きゃは☆ 雁首そろえてうじゃうじゃとやってきたわねぇ」


 小さな森の中、アリスは森を突っ切るように走る道を埋め尽くす騎馬の群れを見据える。シルバーバースト公爵家が送り込んできた私兵は実に二百を超えていた。アイラ=ミルクフォトン男爵令嬢が家に帰っていることは知らないだろうから、ありふれた男爵家を襲い、アイラの家族を人質にするためだけにあれだけの兵力を動員しているということだ。


 大仰すぎる。

 念には念を入れるにもほどがある。


 それらを前提に考えるとするならば、


「率いているのはぁ、長男かねぇ。腰巾着が矢面に立つことになってしまったからぁ、『安心感』を得るために大袈裟なほどに兵力を動員してるんだろうねぇ。きゃは☆ 第一王子の影に隠れていた時と同じような『安心感』がないとぉ、ロクな戦力保持してないミルクフォトン男爵家と喧嘩の一つもできないようねぇ」


「んなことはどうでもいいんだよ! 今はこの場に二十人程度しかいねえってのが問題だろうが!! くそっ、早く味方をかき集めて──」


「いいやぁ、ここはわっちたちだけで対処するべきよぉ」


「はぁ!? アリス、お前っ、ばっかじゃねえの!?」


「出たよ毎度の無茶振りっ。アリスと同じグループになった時点で嫌な予感はしていたがなっ」


 クソッタレどもがギャーギャー騒いでいるが、アリスは気にせず右手に握った長剣で迫る騎馬どもを指し示す。


「勝つためよぉ。黙って従うことねぇ」


「だからって、ああもう! 死んだらそれまでだっつーこと分かってんのか!?」


「死ななければいいだけよぉ」


「だ、から、もおーっ!!」


 クソッタレどもが頭を抱えていたが、アリスは完全に無視して思考を回していた。


(アイラが家に帰っているとまではバレていないはずよぉ。何せスキル『運命変率』には()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()って目的を設定しているしねぇ)


 だとするなら、


(連中はわっちたちとここでぶつかるとは考えていなかったはずぅ。つまり全部即席ってことよぉ。準備期間も思考時間もないとすればぁ、自ずと行動は狭まってくるものよぉ。得意技を使うとかねぇ)


 つまり、


(さっきの大規模な炎と同じよぉ。ド派手なもんかますことで注目を集めてぇ、その裏からコソコソと本命をぶつけるつもりのはずぅ。だったらぁ、『クリムゾンアイス』のメンバーをそこらに配置して構築した防衛網は崩せないわよねぇ。ここに戦力を集めることはぁ、向こうの思惑に乗るってことなんだしぃ)


 二百人近い私兵の対応として防衛網に割り振っている人員を使えば、その分だけ防衛網は脆弱化する。その隙へと私兵を送り込まれ、男爵家に到達されれば、アイラ=ミルクフォトン男爵令嬢が連れ去られることだろう。


(それはそれとしてぇ)


 防衛網は崩せない。

 隙を作るわけにはいかない。

 ここはアリスたちだけで対応する必要がある。


 ──それ以前の問題が一つ。


()()()()()()()()()()って予感がビンビンなのは変わらずかぁ。何を気にしているのやらぁ)


 アイラ=ミルクフォトン男爵令嬢を家に帰す前にも感じていた予感はなくなるどころか膨らんでいた。それでも、分かっていても、根拠がない予感よりも根拠がある戦略を優先するべきだ。


 ……無意識が導く予感、完全なる直感が正しかった場合はその時に対処するしかないだろう。

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