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第七十七章 激突したみたいです

 

「くそっ。ユアンの馬鹿がくたばらなければ、僕がこんな点数稼ぎすることもなかったのに!!」


 小太り男が馬車の中で悪態をついていた。

 グリズビー=シルバーバースト。セシリーの弟にして、シルバーバースト公爵家が長男はぶくぶくと脂肪をため込んだ腹を揺らしながら、癇癪でも起こすように馬車の壁を蹴る。


「僕はうまくやっていたんだ。第一王子の庇護下に収まり、『封印』の管理者以外の価値を得ることで権力を高めることができたはずなのに!!」


 シルバーバースト公爵家が公爵家としての地位を確立出来た理由は『魔の極致』第八席の『封印』の核を受け継いできたからである。


 シルバーバースト公爵家の血を受け継ぐ女にこそ、『封印』を維持するための核が受け継がれる。それこそが、それだけが、シルバーバースト公爵家が公爵家たる『理由』であった。


 かの巨人を解放しないために、シルバーバースト公爵家という血筋を守るために、国家は動く。融通がきくようになり、国家の中枢に組み込む足がかりとなるのだ。


 そう、セシリーという『封印』の核こそが公爵家を支えていた。淫魔イリュヘルナの影響がなければ、『貴族らしく』実の娘さえも手駒とするシルバーバースト公爵家当主がセシリーを勘当することはなかっただろう。


 ──第一王子が殺された現場にグリズビーもいたからこそ、王家より点数稼ぎを(あくまで繋がりが見えないように調整した上で)指示された。できるだけ情報を拡散させないためにあの場にいたグリズビーに話を通した、ということだろうから、点数稼ぎをしくじれば『情報の拡散を防ぐ』相応の対応でもって処理されるだろう。それこそ没落で済めば運がいいほどである。


「……ここから、巻き返してやる」


 ギリギリと。

 馬車が走る振動でぶるぶると全身を震わせるグリズビーが奥歯を噛み締め、血走った目を走らせる。その口から、怨嗟のごとき声が溢れ出す。


「誰を利用してでも、誰を蹴落としてでも、遥か高みにのぼりつめてやる!!」


 グリズビー=シルバーバーストを乗せた馬車が走る。二百を超える私兵を引き連れて、ミルクフォトン男爵家の面々を攫い、それを人質にアイラ=ミルクフォトン男爵令嬢を好きに操るためにである。


 ……当のアイラ=ミルクフォトン男爵令嬢がどこにいるのか分かっていないのが問題ではあるが、いずれは見つけ出せるはずだ。いくらなんでも公爵家の捜査網からいつまでも逃げおおせるわけがないのだから。



 ーーー☆ーーー



 アリス=ピースセンスは田舎町の近くにある小さな森の中でゴギリと首を鳴らす。


「先読みが外れていなければぁ、そろそろくるはずよねぇ」


「よくわかんないけど、悪い奴にゃあ?」


「せっかく家族と再会できたアイラを攫おうとしてるんだしぃ、悪い奴に決まってるよねぇ」


「にゃっ。だったらやっつけるにゃ!」


『クリムゾンアイス』の面々は田舎町の周辺や内部に散らばっていた。小さな森の中に走る道に陣取っているのはネコミミ女兵士含む二十名ほどのクソッタレである。


 ──馬の足音が響く。無数の音が重なり、一つの大音響となって肺腑に響くのだ。


「きゃは☆ きたきたぁ」



 ゴッバァ!!!! と。

『敵』の姿が見える前に紅蓮の津波が押し寄せてきた。



 数十メートルもの横幅を埋める猛火である。その熱量は凄まじく、木々が爆発するように燃え盛るほどだった。


「うげえ!? おいおい、いきなりかよっ」


「やべえってくそが!!」


「なるほどねぇ」


 ギャーギャー騒ぐクソッタレどもと違い、アリスは口の端をつり上げ、腰の剣を掴む。



 後方へ身体を半回転、抜剣、そして激突。

 何もない空間を薙いだだけのはずなのに、ガギィン!! と金属音が炸裂した。



「にゃ、にゃにが!?」


「ネコミミが気づかなかったってことは視覚や聴覚、嗅覚なんかをまるっと騙しているってことかねぇ」


 数度剣を振るうだけだった。

 ぶしゅっと赤い液体が噴き出したかと思えば、虚空より剣を持った男が出現する。……いいや、正確には今までもそこにいたのだ。姿が見えていなかっただけで。


「な、なんで……」


「バレたかってぇ? 単なる思考の先読みにぃ、直感組み合わせただけよぉ」


 言下に長剣を振るう。首に斬撃を浴びた男がびぐんっ! と震え、仰け反り、そのまま後ろに倒れた。そんな男になど視線も向けず、アリスは更に半回転。流れに逆らわず、迫る津波のごとき猛火へと斬撃を繰り出す。


「きゃは☆」


 不可視のエネルギーが爆発的に溢れ、長剣へと収束していく。ギヂベヂと空気が軋み、景色が歪むほどに膨大なエネルギーが一点に集う。


「『爆裂気剣(バーストスラッシュ)』ぅ」


 紡がれるは『剣術技術(ソードアーツ)』の秘奥、魔法でいえば上級に位置する大規模『技術(アーツ)』である。



 ゾッッッパァン!!!! と。

 激突と共に長剣に凝縮された不可視のエネルギーが起爆。紅蓮に輝く猛火よりもなお強烈な光が炸裂したかと思えば、次の瞬間には爆裂した。



 長剣が猛火を引き裂き、その刃より吹き出した不可視のエネルギーが猛火の内側で暴れ狂う。そのままだったならば小さな森の一つや二つ焼き尽くす勢いの紅蓮が不可視のエネルギーに塗り潰されるように吹き飛んだのだ。


「おとなしくしていたならぁ、恐喝程度で済ませてやるつもりだったけどさぁ」


 紅蓮のヴェールの先に馬を駆る私兵たちの姿があった。中央の馬車を中心とした『敵』である。


「やり合うっていうならぁ、徹底的に毟り取るしかないよねぇ」


 ここからが本番。

『クリムゾンアイス』とシルバーバースト公爵家が真っ向から激突する。



 ーーー☆ーーー



「きひひ☆」


 鮮血と死に満ちた、世界のどこかで。

『彼女』は言う。


「『準備』はほとんど終わったし、後は頂点を粉砕するだけね。きひ、きひひっ!! 待ちくたびれたわよ、ミーナ!! ようやく、よおーっやく! ぶっ潰して、殺し尽くして、踏み越えることができる!!」


 爛々と。

 真っ赤な瞳を輝かせて、『彼女』は肉片を踏み潰す。『準備』を終わらせて、ミーナと再会する時を心待ちにするかのようにぐちゃりと表情を崩す。

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