第七十五章 貴女様と同じ血が流れているとは思えないですね
『勇者』リンシェル=ホワイトパレットは歴代『勇者』の記憶や力をフル活用して、『封印』されし負の遺産復活を阻止するために動いていた。
推定三日。
残り三日間で負の遺産の再封印ができなければ、『百八ノ罪業』は内側から『封印』を打ち破り、大陸を鮮血と死で埋め尽くすことだろう。
『仲間が必要だわ』
(……仲間じゃと?)
六百年前の『勇者』シェリフィーンの声が響く。
魂に刻まれし歴代『勇者』の中でも自己主張の激しい少女はこう続けた。
『状況は限りなく最悪に近いわ。いくら「勇者」の力があろうとも、限界はあるわ。まあミーナに頼るという選択肢もありはするんだけど──』
(奴のせいでこんなことになっておるのじゃぞ。『魔王』がどう変わったかは知らぬが、あれは悪意なくとも被害を撒き散らす災厄そのものじゃ。誰かを救うために力を振るったところで、結果として大勢を殺すような怪物じゃよ。下手に頼ってみろ、負の遺産を封じ込めることに成功した頃には大陸中の生命体が死に絶えておるじゃろうよ)
『いやいやまさか……ああでも、ミーナならやらかしそうな気もするんだわ。まあそれはそれとして、できることならあんなに楽しそうにしているミーナを闘争に巻き込みたくはないし、ミーナ抜きでいけるならいきたいところだわ』
(そんなつもりじゃなかったのじゃが……まあ良い。とにかく『魔王』には頼らぬからな!)
『奥の手が残っているってのは精神的に楽になるし、まあギリギリまで私たちだけで頑張ろうだわ』
そうなると、と。
『勇者』シェリフィーンはこう言った。
『やっぱり仲間が必要だわ』
(…………、)
『リンシェルー? 聞いているんだわー???』
(聞いておるわ! 仲間、仲間じゃろ。それは、その、じゃな……)
『ぼっち拗らせて四百年なのは知っているけど、今はそんなこと言っている場合じゃないわ。「勇者」の称号があれば色々融通きくんだし、さっさと仲間を集めるんだわ』
(ぬう!!)
『はいはいぼっちぼっち。それじゃどこを引き込むんだわ? 公国の「四天使」や帝国の帝王なんかは有能だけど一国の頂点だし、引きずり出すのに時間がかかりそうだわ。「炎上暴風のエリス」や「重爆激槍のパキナ」なんかは冒険者だし、金さえ払えばいけそうだけど……リンシェル?』
(わ、わらわだけでも何とかできるのじゃ!!)
『……はぁ。戦闘中くらいテンション上げないと、人に話しかけることもできないんだわ?』
(そ、そそ、そんなんじゃないのじゃ!! これは、その、単に仲間などおらずともなんとでもなるからで、その、じゃな……っ!!)
『はぁ。なら、せめてアリスたちに話しかけることから始めるんだわ。ほら、ツンツンした態度だったけど、一応話しかけるくらいはできていたはずだし』
(むむ、じゃがな!)
『リンシェルのぼっちのせいで世界を滅ぼす気だわ?』
(むぐ、むぐぐうーっ!!)
ーーー☆ーーー
アリス=ピースセンス率いる『クリムゾンアイス』の面々は田舎町を出てすぐにある小さな森の中を歩いていた。
手持ち無沙汰なのか、ネコミミ女兵士の顎の下を撫でてふにゃふにゃっと鳴かせていたアリスが口の端をつり上げる。
「きゃは☆ きたきた」
ズヴァッヂィ!! と。
雷光が真正面に降り注いだ。
「まったく、『クイーンライトニング』の長を顎で使うのなんてアリスくらいよ」
バヂバヂと帯電する雷撃の中から声が響く。いいや、正確には雷撃を全身に纏う女が声を発していた。
「雷速って使い勝手よくてぇ、ついねぇ」
「まったく」
雷撃が霧散していき、徐々にその姿が鮮明になっていく。
黒のビキニの上から淡い赤のコートを羽織った二十代前半の女であった。銀の三つ編みを四つほど後ろで束ねた彼女こそ『クイーンライトニング』が兵士長レフィーファンサ。女だけの兵団を束ねし長であり、アリスがいなければ最強の兵士と呼ばれていたのは彼女であったはずと言われるほどの実力者である。
加えて迷子の幼子のために町中を走り回ったり、孤児院の子供たちに将来手に職をつけられるよう教育を施したり、他国で災害が発生した際に『匿名の誰か』という形で力を貸したりと、根っからの善人であった。
だからこそ。
犯罪者は正しく罰しなければならないというのが彼女のポリシーだったりする。
「それよりぃ、上はどうなってるぅ?」
「アリシア国の要求を受け入れ、『表向きは』今回の事件は第一王子の独断ということで済ませようとしているみたい」
「『表向きは』、ねぇ」
「もちろん裏ではコソコソやってるものよ。まずはじめに第一王子とアイラ=ミルクフォトン男爵令嬢の婚姻はなかったことになったとか。婚姻の儀までやってはいたが、お披露目まではやってなかったものだから、国民にまでは伝わっていないしね。今ならうやむやにできるってこと」
「へぇ。まぁアイラと王家との関係は無理矢理にでもぶっ壊すつもりだったしぃ、手間が省けてよかったって感じかねぇ。……王族なんてもんになったってぇ、アイラが笑えるとは思えないしぃ」
「もう一つ。公式発表の前にアイラ=ミルクフォトン男爵令嬢の口から自分が一連の事件の犯人だと公表するように小細工しようとしてるとか。そのために王家とは関係なく行動している『ということになっている』連中が武力行使も視野に入れて仕掛けてくるみたい」
「なるほどねぇ。アリシア国の要望は受け入れたけどぉ、アイラが勝手に自分のせいだと言い出したってことにしてぇ、責任全部押しつけようとしてるわけねぇ。随分と無理矢理じゃないかねぇ?」
「この辺はアリシア国の本気度を見抜いた上でってことかも。今回のアレソレがアリシア国が何が何でも強行したい事項だったとすれば、ここまで分かりやすいちゃぶ台返しをやらかそうとは思わなかったはず。そんなことすれば、報復合戦に発展しかけないしね。だけど、今回のアレソレはあくまで『頼まれたからやってやった』程度の事項よね?」
「まぁねぇ。アイラ本人が自分がやらかしたことだと言い出してぇ、世論がそれに乗っかったらぁ、そこからひっくり返すためにアリシア国が気合い入れる義理はないものねぇ。その辺の適当加減を読まれた上での行動ってことかぁ。まぁ第五王女に損得勘定だなんだが通用するとは思えないしぃ、案外王妃や第三、第六王女を無理くり動かしてでも損害度外視で報復合戦まで発展させるかもだけどねぇ」
今後の展開がどうなるかはさておいて、ヘグリア国の上層部は一度アリシア国の提案を受け入れた上で、それをひっくり返そうとしている。
とするならば、
「それでぇ、王家とは関係ない『ということにして』ぇ、ちゃぶ台返しかまそうとしている馬鹿はどこの誰よぉ?」
問いにレフィーファンサは肩をすくめ、こう返した。
「シルバーバースト公爵家よ」