第七十四章 貴女たちらしい選択ですね
セシリーはばたばたしていた。
ベッドの上を転がり、両手で顔を覆い、足を上下に振り回して──身悶えていた。
唇と唇が重なった。
ミーナと触れ合った。
……なぜか当のミーナはやるだけやって、どこかに転移したのだが、それで良かったのかもしれない。
でれっと崩れた顔を見られずに済んだのだから。
「う、うう、うううう!! ミーナってば積極的すぎでございますっ。ふふ、うふふ。い、いえ、違うでございますっ。なんであんなことしたのかきちんと聞かないとでございますっ。でも、あんなことするってことは、それって……ひゃわ、ひゃわわっ!!」
ばったんばったんとベッドの上で跳ね回るセシリー。心臓はドキドキと暴れ、全身は猛火で炙られたように熱くてたまらなかった。幸せが、噴き出して止まらない。
「早く帰ってくるでございます。そしたら、ふふ、うふふ、ちゃんと言葉にしてもらうでございますよ」
言って、認識して。
ばたばたと悶えて、ゴロゴロと転がるセシリーはそのままベッドの上から転がり落ちた。
ーーー☆ーーー
アリス=ピースセンスはディグリーの森へと向かう前に第一王子が殺されたことを『あいつ』から聞いていた。
『クイーンライトニング』が兵士長レフィーファンサ。アリスみたいな汚れ仕事専門のクソッタレではなく、華やかな女だけの兵団の頂点である。
『──ってなわけで例のメイドに第一王子は殺されたらしい。あの怪物を殺せるほどだし、「魔王」だなんだが真実かどうかは置いておいて、めちゃんこ強いってのは確かだろうね』
『ふぅん。あの馬鹿死んだのねぇ。どうせならぁ、わっちの手でぶっ殺したかったものだけどねぇ』
『不敬罪』
『そんなヘラヘラした顔で言われてもねぇ』
そんな風に言い合いながら、アリスはレフィーファンサに一つのお願いをする。アリシア国がアリスが頼んだ通り男爵令嬢を生かすために動いてくれるか、動いたとして王家がすんなり受け入れるかを調べて欲しいと。
『それくらいいいけど、いい加減何があったのか教えて──』
『全部終わったらねぇ。とにかくよろしくぅ』
『あ、ちょっと待ちなさい!!』
そんなことを思い出し、アリスは乱雑に頭を掻く。
「ほとんどの国家で悪魔を呼び出すことは法的にも罪とされていたよねぇ。確か悪魔と『繋がる』ことができる素養があるだけでも即座にぶっ殺せって感じだっけぇ」
「あん? そりゃあな。亜空間内から悪魔が干渉できるのは魂の波長が合う奴だけだ。そこから『繋がって』、落として、肉体を支配することでこの世界に進出するんだ。だったら『繋がる』素養持ちを皆殺しにすれば、悪魔はこの世界に進出できねえからな。そりゃ法律でも何でも使って、そーゆー連中を殺せって設定するだろ。それが大勢が幸せになるための『正義』ってヤツだ。なんだ? 今更『正義』に従って楽したくなったか?」
「まさかぁ。わっちはやっぱり『正義』と敵対するのが合っているって再認識しただけよぉ」
「うにゃ? つまりどういうことにゃあ???」
「毎度の通りぃ、つまんねぇ連中皆殺しってことよぉ」
「なるほどにゃ! つまり人助けにゃ!!」
「…………、そうよぉ」
「そんなご大層なもんじゃねえくせに。どうせ毟り取る気満々だろ?」
「きゃは☆」
そんな風に言い合いながらアリスたちは田舎町を歩いていく。そんな彼らに合わせるように変化があった。
あるいは建物の中から、あるいは路地裏の奥から、あるいは路上に座り込んでいたゴロツキ風の男どもが移動を開始する。
田舎町を出る頃には百を超えるゴロツキどもが合流していた。一体そんなにも大人数がどこに潜んでいたのか、田舎町の住人たちさえも今の今まで気づいていなかったほどだ。
「どうだったぁ?」
「襲撃なんざなかったぞ。人質とか回りくどい真似しねえんじゃないか?」
「問題があったとすれば暇すぎて死にそうだったってくらいだな。まあ『魔王』の住む森に突っ込むよりマシではあったが」
「案外何事もなく終わるんじゃねえか? 上の上の上同士がなんかよーわからん権謀術数ぶつけ合って、勝手に話を終わらせるんだって」
『クリムゾンアイス』。
総勢百を超えるクソッタレどもは今までミルクフォトン男爵家の人間が人質として連れ攫われるような事態にならないよう田舎町に潜んでいたのだ。
とはいえ、アリスが危惧していた事態にはならなかったようだが。
「まぁわっちが望む通りに話を終わらせるならそれでいいけどねぇ。何はともあれぇ、そろそろ『あいつ』が来る頃だしぃ、それから判断してもいいでしょぉ。こちらとしてはぁ、手柄欲しさによだれ垂らして襲撃してくれたほうがいいんだけどねぇ。何のために生かしてやったと思ってるんだって話だしぃ」
アリス=ピースセンスはアイラ=ミルクフォトン男爵令嬢のために戦っている。妹が救われただけの話で終わらせるためにだ。
「きゃは☆ せっかく命かけたんだしぃ、労力に見合った分だけ儲けないとねぇ。さてぇ、今回はどれくらいいけるかなぁ?」
だからといって、全部が全部善意で構築されているとは限らない。クソッタレはどこまでいってもクソッタレなのだ。
だからアリスは『正義』から外れて、社会から見放されて、『クリムゾンアイス』まで落ちた。犯罪者どもを束ね、数多の汚れ仕事を達してきたクソッタレが良い子ちゃんらしく善意をばら撒くだけで終わるわけがなかったのだ。