第七十三章 衝撃を処理しきれません
六百年前。
『魔王』ミーナはまさしく最強であった。『衝動』に導かれしその歩みは無数の国家を滅亡に追い込んでいった。
そんなある日。
無感動に一つの街を薙ぎ払った、その後のことだった。
『楽しそうじゃん、我らが最強様』
『また、きた』
『そりゃあ来るよね』
跡形もなく消し飛んだ街の跡地にて『魔王』と対峙するは赤髪の魔族少女であった。年齢は十代前半と『魔王』と大差ない。ボロ布を巻きつけただけの格好であるが、こうして身体を隠すような格好をしていることだけでも奇跡に近い。ネフィレンスがうるさく進めてこなければ、赤髪の少女も他の魔族も服という概念を理解することはなく、裸体を隠そうともしなかっただろう。
そう、魔族は服装なんて気にしない。それは『魔王』も同じである。この頃の『魔王』は真っ黒なドレスを着ていたが、それだってネフィレンスが押しつけてこなければ世界の裏側で暴れていた頃のように全裸のままであっただろう(服を着せるためだけにネフィレンスは『衝動』を撒き散らす『魔王』に挑み、殺されかけていたりするが、そこまでするからこそネフィレンスは『変わり者』なのだろう)。
『きひひ☆』
少女の鮮血のように赤い長髪が風に靡きぶわりと広がる。同じく真っ赤な瞳がおもちゃを前にした幼子のように無邪気に光る。
幼く、無邪気で、純粋なままに。
彼女は言う。
『見事に負けちまったもの。リベンジせずにはいられないよね』
『これ、何度目?』
『さあね。十から先は数えるのも面倒になったもの。まあいいじゃない。今日も付き合ってよ、ミーナ』
『……、しぶとい奴』
赤髪の少女は『魔王』と十回以上も殺し合い、敗北したにしてもこうして生き残っていた。まさしく破格の結果と言えるだろう。何せ相手はあの『魔王』である。軍勢を蹴散らし、国家を滅ぼす暴虐を味わい、なお生存できる者となれば候補はそう多くはない。
『きひひ☆ 常に最強、いつだって勝つのが当たり前って顔したミーナをフルボッコにできれば何かが変わるはずよね。「上」に立てば、頂点に君臨すれば、今とは違った景色が見えるに決まっているもの。ってなわけでミーナっ、今日こそくたばってもらうからねえ!!』
『なんでも、いい。どうせ、殺すのに、変わりないから』
『きひ、ひひひっ!! その舐めた台詞も今日で聞き納めにしてやる!!』
この世界の生命体のほとんどは魔族に手も足も出ない。であれば、赤髪の少女もまた『魔王』と同じく魔族でも上位に君臨する存在であるということだ。
つまりは『魔の極致』。
第二席に君臨する彼女は子供のように無邪気に笑いながら『魔王』へと突っ込んでいく。十回から先は数えるのも面倒になったほどに繰り返し、何度でも、最強へと挑み続ける。
『憧れ』で、だからこそ殺したいからである。
ーーー☆ーーー
アリス=ピースセンス、パンチパーマ、ネコミミ女兵士はディグリーの森の近くにある田舎町へと足を運んでいた。
ヘグリア国の端にある、そこらにあるような何の変哲も無い田舎町には他よりも少しだけ大きな建物があった。
三階建てのそれこそがミルクフォトン男爵家の住まいである。
アリスは気絶した男爵令嬢を背負いながら、
「きゃは☆ ついたねぇ」
「あれだな、シルバーバースト公爵家本邸見た後だから、こう、同じ貴族でもここまで違うのかって思っちまうよなあ」
「にゃ。早くお家に返してやるにゃ!」
ネコミミの言葉にアリスは微かに笑みを浮かべる。
「そうねぇ。アリシア国が動いてくれたとしてもぉ、そのまますんなり終わるはずないしねぇ。ここらでアホくせー闘争に巻き込まれない所に放り込んでおくのが一番よねぇ。後はこっちでいいように処理すればいいだけだしぃ。……少しでも戦力が欲しいって予感がビンビンなのが気になりはするけどさぁ」
「今更だが、男爵令嬢の意見は聞かねえのな」
「そりゃぁねぇ。こちとらクソッタレだものぉ。こっから先はわっち好みのクソッタレ要素満点でいくんだしぃ、良い子ちゃんの善性に付き合う気はないって感じよねぇ」
「ちなみに今後の方針としては?」
「もちろん毟り取れるだけ毟りまくるに決まってるよねぇ。そのためにも殺し合いかなぁ」
「ったく。その腕くっついているだけで、ひび割れまくっているまんまだっつーのによ。よくやるもんだ」
「きゃは☆ 何のために命かけて悪魔なんてもん敵に回したと思っているんだかぁ。頑張った分だけぇ、きちんと毟り取らないとでしょぉ。だからまぁ、そのためなら多少の無理ぐらいしないとねぇ」
身の丈の何倍もの大きさの鎧で覆い隠しているため見た目では分からないが、アリスは『勇者』リンシェル=ホワイトパレットとの戦闘で決して軽くない損傷を受けていた。へし折れた腕はパンチパーマのスキルでとりあえずくっついている程度にしか治っていない。その他の損傷についても似たような感じである。そんな状態でも『魔王』にケンカを売るくらいには頭のネジがぶっ飛んだ女であった。あるいはそれくらい普通とはかけ離れていないと『クリムゾンアイス』を束ねることなどできないのか。
アリスは気絶したままのアイラ=ミルクフォトン男爵令嬢を家の前に置いて、どんどんと扉を叩く。中から女の子が出てきた時にはクソッタレどもはその場から立ち去っていた。
と。
扉を開けた小さな女の子は『姉』と一緒に置いてあった紙に気づく。
そこにはこう書いてあった。
『アイラと王家との関係なんかなかったことにしてやるわ。だから、あのクソ売女がやったことなんか全部忘れて、学園なんかやめちゃって、田舎町で妹とありきたりな一生を過ごすこと。それが木っ端貴族にはお似合いよ』、と。
そんな風に平穏に人生を終えられるようにしてやるというどこかの誰かのひねくれた意思が、そこには記されていたのだった。
ーーー☆ーーー
「ひ、ひふっ、好き、好きです。だいっ好きですう!!」
……ちなみにどこぞの『魔王』は初めての衝撃を処理しきれず、未だに地面で痙攣していた。