第六十九章 大事に決まっています
セシリー様って綺麗ですよね。
人によっては真紅の瞳に威圧感を覚えることもあるようですが、それがいいんです! こう、グサァッて突き刺してくるような視線だからこそ背筋がゾクゾクするんです。
肌の心地よい触り心地はまさしくのめり込むような依存性さえ誘発します。セシリー様さえ受け入れてくれるならば、いつまでだってぷにぷにしていたいほどです。
腰まで伸びた金髪はそれこそどんな黄金を山積みにしたって及ばないほどに価値があります。その輝きを目にすれば、釘付けになるに決まっています。
というかですね、そもそもプロポーションが完成しきっているんですよ! 奇跡とも呼ぶべきバランスのもとに構築されている数多の芸術品でさえも到達不可能な領域なんです。
それに、それにです。セシリー様のお言葉はいつだってアタシを惑わせ、虜にします。他の何事であっても何を感じないというのに、セシリー様のお言葉一つで様々な感情が吹き荒れるんです。
ああ、止まりません。外見は当然のこととして、内面こそが最高なんです! アタシなんかの貧弱な語彙力ではその内面の甘美さを表現しきることはできません!!
近いです、近ければ近いだけのめり込んでいきます。はふっ、はっ、ふう! 頭がクラクラして、熱が吹き出してきて、これ、きそうです、むしゃぶりつきたくな──
ズッッッン!!!! と。
隠れ家の外から猛烈な力の波動が炸裂しました。
「み、みーなぁ……その、えっと、わたくし、ええっとぉ」
「セシリー様」
「ひゃっ、ひゃい!」
鼻と鼻とが触れ合うほどの至近にセシリー様の真っ赤なお顔があります。惹かれるのが当然で、いつまでも見つめていたいものですが、あれを放っておくわけにもいきません。ここまであからさまなんです。無視するなら暴力でもって引きずり出すと言いたいのでしょう。
壊すのはともかく、セシリー様を巻き込まないよう守るのは難しそうですし、お望み通り出てやるしかないですよね。
「しばしお待ちを。本日は来客が多いようです」
「……うえ?」
セシリー様が何かおっしゃる前にアタシは両手を離して、踵を返します。無理矢理にでも振り切らないといけないと理解していましたから。
……もうぶち殺したっていいんじゃないですか?
ーーー☆ーーー
「なあロリペタ女。よく分かんねえが男爵令嬢は淫魔から解放されたんだよな?」
「みたいねぇ」
「だからといって全部解決ってわけじゃねえよな」
「まぁねぇ」
「うにゃ、なんでにゃ!?」
アリス=ピースセンス、パンチパーマ、ネコミミは森の外に出ていた。すでに『勇者』は姿を消している。
アリスは気絶した男爵令嬢を背中に乗せた状態で、
「イリュヘルナは好き勝手やったわよねぇ。国家中枢を狂わせ、巨人を解放したのよぉ。その辺の騒動の『原因』をヘグリア国がどう設定するかによってはぁ、一連の騒動の責任をアイラだけに背負わせるような流れになりかねないのよねぇ」
「にゃ!?」
「で、どうすんだ? 悪魔からは解放されたってことで『とりあえず』救いましたとして、後は勝手にやってくれと投げ捨てるのもアリとは思うが」
「きゃは☆ 最後まで面倒見るに決まっているよねぇ。そのために小細工用意しているわけだしぃ」
「ったく、お人好しめ」
ーーー☆ーーー
ミーナが外に出ると、バギバギバギッ!! と前方の空間が引き裂けていくところだった。
次元の壁への干渉、及び破壊。
『干渉』や『消去』と酷似した暴虐でもって『彼女』はディグリーの森の奥地に足を踏み入れる。
『魔の極致』第三席ネフィレンス。
踊り子が着るような露出が多いスカイブルーの衣を纏いし褐色の女である。
額からねじくれた赤いツノを伸ばし、白と黒が渦巻く瞳を持つネフィレンスはくすくすと笑みを浮かべながら、両開きの扉を開けるような気軽さでこじ開けた時空の亀裂から歩み出る。
「さっきぶりネ。お望み通りイリュヘルナぶち殺してきたわヨ」
「殺していいですか?」
「ハハッ、あのミーナがそんなことを言うなんて変わったものネ。前だったらそんなこと聞かずに『衝動』のままに殺しにきていたはずだもノ。アレ? 結局殺されるワケ? いやいやまさか冗談よネ? ネ!?」
「…………、」
「わお本気だよコレ! なんでそんなに怒っているのヨ!?」
「セシリー様との触れ合いを邪魔されたからに決まっています」
「触れ合いって……ミーナ、本当変わったよネ」
目を細め、くすりと表情を綻ばせるネフィレンス。まるで娘の成長を喜ぶ母親のような雰囲気であった。
……何とか良い話風に持っていけば許されるんじゃないかというだけなのだが。
「はぁ、殺すのにも無駄に時間を使うでしょうし、もういいです。で、『覗き』をやめて何しに来たんですか?」
「何しにって寂しいこと言わないでヨ。私チャンとミーナの仲じゃなイ。話したいから会いに来ただけヨ」
「……はぁ。そうやって本心を隠すのがネフィレンスですよね。まぁなんでもいいです。こうして話したことですし、目的は達しましたよね。それじゃ──」
「セシリーとやらはそんなに大事なものなワケ? それこそ『衝動』を投げ捨てるだけの価値があるとでモ?」
くすくすと変わらぬ笑みを浮かべながら、しかし瞳だけは不気味に螺旋を描き、ネフィレンスはじっとミーナを見つめる。奥の奥まで見据え、覆い隠されたものを引きずり出そうとしているように。
対してミーナはそもそも隠すつもりもなかった。問われれば、答えるのみである。
「大事に決まっています。だってセシリー様ですよ」
胸まで張っての答えであった。
相変わらずの無表情、相変わらずの平坦な声音だったが、それこそ声高らかに言い放っているような雰囲気さえ滲んでいるほどである。
「ええト、……そうなのネ」
こうして直に話してみて、ネフィレンスは確信を得ていた。かの『魔の極致』第一席が色ボケ女に変貌していることをだ!