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第六十七章 何をそんなにムキになっているのでしょう?

 

 何はともあれ、であった。

 危うく殺されるところだったアリスであったが、今代の『勇者』の肉体を借りた六百年前の『勇者』シェリフィーンのお陰で何とかなった。


 アリス=ピースセンスはスキル『運命変率』に導かれるがままに口を開く。可能性を引き寄せ、アイラ=ミルクフォトン男爵令嬢を救うために。


「落ち着いたところでぇ、お話いいかなぁ?」


「……、なんですか?」


 前提としてアイラ=ミルクフォトン男爵令嬢は淫魔イリュヘルナに肉体を差し出した。いつでもかの淫魔は男爵令嬢を支配して、この世界に進出できる。


 それを阻止して、妹が救われただけの話で終わらせるにはどうすればいいか。答えは一つ。イリュヘルナを『完全に』倒すしかない。


「ちょっとアイラを救うのに協力してほしくてねぇ。あぁ、アイラがイリュヘルナに憑依されているとかって話は理解しているよねぇ?」


「ええ。理解していなければ貴女に警告することもできないですしね」


「だよねぇ」


 ……最初っからテメェが動いていれば話は早かった気がしないでもないけどねぇ、という愚痴は飲み込むアリス=ピースセンス。『魔王』が何を考えて一度目にこの森に攻め込んだ彼女へと警告して、イリュヘルナとぶつけたのかは不明だが、今はどうでもいいと切り捨てる。


 淫魔イリュヘルナ。

 巨人のようにこの世界に干渉するための肉体を殺すことは可能だが、それでは『完全に』は殺せない。


 この世界とは別の位相。

 亜空間内に存在する悪魔には届かない。


 魂だけで存在し、条件さえ満たせばこの世界の肉体を支配することも可能な悪魔を殺すには、前提としてこの世界の『外側』に干渉するだけの力が必要なのだ。


 世界を超える力。そこまで規格外な力は早々存在しない。そもそも悪魔でさえも完全に世界を飛び越えているわけではない。あくまで亜空間内からこの世界に存在する肉体を操るような間接的な干渉でしかない。


 そう、イリュヘルナを『完全に』殺すには、かの悪魔でさえも持っていない世界を超えて干渉する力が必要なのだ。


 だからこそ、である。

『魔王』であれば、それが可能である。彼女であれば亜空間内に潜むイリュヘルナにだって届くとスキル『運命変率』が判断したのだから。


 ゆえにスキル『運命変率』は『魔王』を利用する可能性を引き寄せる。『魔王』と親しい(?)シェリフィーンを引きずり出したりと準備を整えた上で『魔王』が自発的に協力したくなる言葉を選択する。


「というわけでぇ──」


「ああ、何かに引っ張られている感じがすると思っていましたが、アタシを利用するつもりだったんですね」



 ぶぢっ!! と。

 何かが引き千切られ、可能性が消失した。



「……、あ?」


 アリスは呆然と声を漏らすしかなかった。

 先ほどまで存在していた可能性が消失した。『魔王』とイリュヘルナをぶつけてアイラ=ミルクフォトン男爵令嬢を救うことは『百パーセント』不可能だと断じられた。


 一瞬であった。

『魔王』が平坦に吐き捨てた瞬間に全ては終わった。


 そう、スキル『運命変率』は決して万能ではない。こうして『勇者』さえも利用する可能性を引き寄せることに成功しているが、決して万能というわけではない。


 あまりにも巨大な力の自由意志までは掌握できない。『百パーセント』を振りかざす強者には通用しないのだ。


 そのことは一度目にこの森に攻め込んだ時も思い知ったはずだ。


 だが、そうなるとアイラ=ミルクフォトン男爵令嬢は──


「テメェ何をしたのよぉ……ッ!!」


「貴女のスキルの干渉を力づくでねじ伏せました。どうやらアタシとイリュヘルナをぶつけるつもりだったようですが、アタシは()()()()()()()()()()()()()殺しはしないとそう決めているので」


「テメェの事情なんて知らないわよぉ! それだけの力があってぇ、どんな強敵も瞬殺できるだけの力があってぇ! たった一人の女を救うこともしないってぇ!?」


「力の大小は関係ありませんよ。壊すことと守ることは別物です。アタシは動きたくないけど、ちょっかい出されるかもしれないからとイリュヘルナの対処を貴女たちに丸投げした結果が全てを物語っています。正直な話、アイラ=ミルクフォトン男爵令嬢が救われるだなんて想定すらしていなかったです。殺して終わりにするために貴女に男爵令嬢のほうが厄介だと警告したんです。そう、そうです、そんなアタシが最初から動いていたら、最後には皆殺しで終わっていたはずです。現にアタシが動いた結果、イリュヘルナに支配されていた私兵や騎士は()()()()()()()()()()()()()死にましたしね。……この結果の違いが、アタシと貴女の違いなんでしょう」


 だから、と。

『魔王』はこう続けた。


「アタシ『は』男爵令嬢を救いません」


「ごちゃごちゃとヘタレやがってぇ。ならぁ、せめてその力を寄越しなさいよぉ! ネコミミのスキルを使えばテメェの力を──」


「スキル『人命集約』ですよね。やめておいたほうがいいですよ。そのスキルは記憶や能力等、生命を構築する全てを一体化するものです。アタシの『衝動』を生身の人間が味わったらどうなるか、予測はできません。良くて廃人、悪くて死亡。どちらにしても満足に力を振るうことはできないでしょう」


「そんなのやってみないとわかんないでしょうがぁ!!」


「いいえわかります。わざわざ結果のわかりきった挑戦をして、無駄に傷つくこともないでしょう」


「勝手に決めつけやがってぇ……ッ!! 自身の身の安全を優先しろとでもぉ? 諦めてぇ、見捨ててぇ、逃げ出してぇ、わっちだけがぬくぬくと生きるなんてできないのよぉ! そんなのわっち自身が許せるわけないんだからぁ!! だから寄越せよぉ。わっちに挑戦させろよぉ!!」


「無意味な犠牲が出てはセシリー様が悲しみます。ですから、拒否します」


「テメェ……ッッッ!!!!」


「ばっ、待て待て待てって!!」


 今にも剣を手に『魔王』へと襲いかかりそうなアリスを見て、パンチパーマが目をひん剥く。慌てて飛び出して、剣に不可視のエネルギーを纏い始めた自殺志願者を羽交い締めにする。


「何するのよぉ!!」


「お前こそ何してんだよ相手は『魔王』だぞ洒落にならねえっつーの!!」


「関ッ係ないわよぉ!!」


「関係あるんだって! ああもういつにも増して突っ走ってやがるな!!」


 そんな彼女たちを眺め、『魔王』は小首さえ傾げて、こう告げた。


「何をそんなにムキになっているんですか?」


「……ッッッ!! ぶッッッ殺す!!!!」


「うわあああ! なんで煽るんだよもおーっ!!」


「うにゃあーっ! 落ち着くにゃーっ!!」


 ついにはネコミミまで飛びかかり、パンチパーマと二人掛かりでアリスを押さえつける。恐れを怒りでねじ伏せた今のアリスであれば、『魔王』が相手でも真っ向から挑むに決まっている。そんな自殺行為を止めるのは当然のことだろう。


 と、その時だ。

 蚊帳の外だった『勇者』シェリフィーンが口を開く。


「で、ミーナはこれからどうするんだわ?」


「もちろんそこの男爵令嬢が救われるよう調整します」


 …………。

 …………。

 …………。


「んぅ? 今なんてぇ???」


「ですから、そこの男爵令嬢が救われるよう調整します」


「はぁ!? どういうことよぉ!? 『アタシは男爵令嬢を救いません』って言ったわよねぇ!?」


 二人がかりで押さえつけられている状態でアリスが素っ頓狂な声をあげた。が、『魔王』はといえば無表情に見つめ返して、


「ええ、アタシ『は』男爵令嬢を救いません。男爵令嬢を救うには()()()()()()()()()()()()()()殺しを持ち出す必要がありそうですしね。そうなってくると、アタシには手の出しようがないんですよ」


「だったらぁ!!」


()()()()()()()()()()()()()()()()()?」


「はぁ? 今ので何がわかるってのよぉ???」


 その。

 直後のことだった。



 バッギィン!! と何かが壊れる音が響いた。

 加えてスキル『運命変率』が目的は達成されたとの判断を下した。



 そう、淫魔イリュヘルナの支配からアイラ=ミルクフォトン男爵令嬢が解放されたのだ。


「ちょっちょっとぉ! 今何をしたわけぇ!?」


「アタシ『は』何もしていません」


「アタシはってぇ……はぁ、まぁいいわぁ。アイラが解放されてぇ、妹が救われたってだけの話で終わるならねぇ」


 なんだかどっと疲れたアリスは気がつけば投げやりにそう吐き捨てていた。何とかなるなら先に言ってもらいたいものである。

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