第六十四章 何とかなった、ということでいいんですよね?
世界のどこかで『魔の極致』第三席は頭を抱えていた。
「あれがあのミーナ? 無表情に淡々と死を撒き散らしていた最強だっテ? 私チャンのスキル『指定封殺』でもその力を封じ込めることができないほどに強大な戦士だったわよネ???」
『魔の極致』第一席。
第二席から第十席を纏めて相手にしたって軽々と突破するだけの力を持つ、まさしく史上最強の魔族が人間の女にデレデレしていた。
『衝動』をねじ伏せるほどの価値あるもの、それがあの人間の女ということは予想がついていた。いたのだが、ここまでとは考えていなかったのだ。
「……これからどうすればいいのヨ」
ーーー☆ーーー
いっぱいです。
溢れて止まりません!
だってセシリー様はこんなにも素晴らしくて魅力的で最強なんです! こうして吐き出している間にも次から次に言いたいことが生まれてくるんです!!
吐き出した想いよりも、新たに生まれる想いのほうが多いんです。あれ? だとすると永久にセシリー様について語り続けることができるような???
まあ当然ですね! だってセシリー様ですもの!!
「あ、あの……ミーナ。その、もう、その辺りでやめてほしいでございます……」
いつのまにかアタシはセシリー様の両肩に手を置き、鼻と鼻とが触れ合うほど至近まで近づいていたみたいです。セシリー様綺麗です。
「しかし、アタシの想いを伝えるには全然足りていないのですが」
「つたっ、伝わりましたでございます! ですから、その、もう大丈夫でございます!!」
「そうですか」
顔が真っ赤です。
……、人は怒った時に顔を赤くすると聞いたことがあります。やはり質があまりにもお粗末だったから、もう十分だと見限られたんですか!?
「申し訳ありません。アタシが力不足だったばかりにセシリー様に不快な思いをさせてしまったようですね」
「え……?」
せめてもう一度チャンスをっ、アタシの中にある想いでよろしければいくらでも語ってみせますので、どうか!!
「いや、あのっ、不快なんて思ってないでございますよ!?」
「そう、なんですか?」
「そうでございます! その、ミーナがあれだけわたくしのことを褒めてくれたのはとっても嬉しかったのでございます。ですから変な風に気にしないでいいでございます」
「……、そうですか」
良かったです。
アタシの想いがセシリー様にとって嬉しいものであったのならば、それ以上望むものはありません。
……その着物を使った試練は合格ってことでいいんですよね? ここから嫌いだなんだそんな話が出てきたりはしないですよね!?
ーーー☆ーーー
古龍のアギトが大きく開かれる。直後、ゴッバァ!! と紅蓮の猛火が森を埋め尽くさんばかりの勢いで放射された。
ドラゴンブレス。
龍種を象徴する、高濃度魔力から形成される超高温波が大きく横に広がるように地上を舐める。
「死ぬ死ぬこれ絶対死ぬってえ!!」
「うにゃあーっ!!」
「ったく何やってんのよぉ!!」
キロ単位を埋め尽くす濁流のごとき紅蓮であった。完全に気圧され、身動きがとれなくなっているパンチパーマとネコミミ女兵士へとアリスが突っ込む。パンチパーマを右拳で下から顎を打ち抜くように殴り飛ばし、ネコミミの首根っこを掴み、地面を蹴る。地面を穿つほどの蹴り足でもって真上に飛ぶ。
キロ単位を埋め尽くす紅蓮のブレスだが、横に広がっている分、縦方向の厚みはあまりなかった。ゆえに数百メートルほど飛び上がるだけで回避することができる。
ジリビリと肌が赤く染まる。余波だけで全身に火傷が走る。『勇者』と一体化していなければ、炭化したっておかしくなかっただろう。
「がぶべぶっ!? おま、お前なあ!! 殴るか普通!?」
ブンブン縦回転しながら宙を舞うパンチパーマを一瞥して、『死んでないんだからぁ、別にいいでしょぉ』と吐き捨てるアリス。
「にゃあにゃあ! ここからどうするにゃ!?」
「そうねぇ」
男爵令嬢を背負い、ネコミミの首根っこを掴んだアリスが下に視線を向ける。地上ではあえて前に踏み込み、古龍の真下に潜り込むことでブレスを回避した『勇者』が右拳を振り上げていた。
ゴッ!! と黄金の閃光が走る。
胴体を抉るように炸裂した黄金であったが、微かに鮮血が舞うだけだった。軽傷しか与えられない。決定打がない。
ここから古龍を攻略する手は残っているのか。残っていなければ、待っているのは死だけだ。
「アリスっ。いい加減スキル『運命変率』を生き残るために使えよ! 勝利の可能性引き寄せねえと、男爵令嬢救う前に全滅だぞ全滅っ!!」
「…………、」
古龍を攻略することを優先すべきなのだろう。それがアリスたちが生き残る最善手なのだろう。
そのためにも今は男爵令嬢を救うという目的を投げ捨てるべきだ。古龍を攻略してから、改めて男爵令嬢を救うという目的を設定すればいい。
そんなことは分かっている。
だけど、その空白が、せっかく引き寄せている可能性をゼロに落とすこともあるのではないか? 何せキーとなっているのはあのメイドである。スキル『運命変率』をもってしても逃亡も迎撃も『百パーセント』不可能と断じられた怪物なのだ。
ほんの一瞬、僅かな空白の中で引き寄せていた可能性をゼロに落とし、男爵令嬢を救うことは『百パーセント』不可能だと断じられる展開になってもおかしくはない。運命を引っ掻き回すだけの力があのメイドには備わっているのだから。
と。
その時だった。
「うにゃ? あれなんにゃ???」
ネコミミ女兵士の視線の先にはブレスで焼き払われた森が広がっていた。超高温波を受ければ、木々が燃え盛るのは当然のことだろう。
だというのに、一箇所だけ紅蓮が避けていた。まるで何かに守られているように。
「あれはぁ……」
そこには建物があった。
その建物を守るように半透明の結界が展開されていたのだ。
六百年前の『勇者』が討伐ではなく『封印』を選ばざるを得なかったほどに強大な力を持つ古龍のブレスである。その一撃を凌ぐほどの結界を展開できる者といえば限られているだろう。
そう、例えば、
「まさかぁ、あそこに『魔王』がいるわけぇ?」